239 想定外
お読みいただきありがとうございます。
「魔塔主にもご迷惑をおかけしてすみませんでした」
私の謝罪の言葉に魔塔主が不満そうな表情をした。
「迷惑などとは思っていませんから、そのように言うのはやめてください」
「……魔塔主も心配してくれていたのですか?」
不満そうな魔塔主の様子にそのように聞けば、魔塔主は視線を逸らした。
「……リヒト様は貴重な研究対象ですからね」
いつも通りの失礼な言葉ではあったが、拗ねたようなその言い方が魔塔主の本心を語るようだった。
そんな魔塔主の様子に私は少し笑ってしまった。
魔塔主が私を心配してくれていたのは意外だったけれど、そんな自分の考えを私はすぐに否定した。
魔塔主はなんだかんだ言って、いつも私を助けてくれていた。
それも、嫌な顔ひとつせずに。
「魔塔主、いつもありがとうございます」
私は先ほどの謝罪の言葉をお礼の言葉に訂正した。
魔塔主は少し驚いた表情を見せたけれど、それから少し得意げにニンマリと笑った。
「それじゃ、今度、魔塔の魔石に魔力をください」
「またですか?」
「リヒト様のポーションを作るのに魔塔の森の薬草を結構使ってしまったので」
魔塔の森の魔力元はあの巨大な魔石だ。
仕方ないと私は了承した。
「数日間分のポーションでもそんなに薬草を使ってしまうのですね」
「数日間?」
魔塔主は父上と母上、それからカルロとヘンリックにも視線を向けた。
みんな神妙な顔で軽く首を横に振った。
「どうしたのですか? みんながこんなに心配しているということは、3、4日くらい眠ったままだったのかと思ったのですが……でも、この体の異常なだるさからすると、もしかして一週間くらい眠ってしまっていたのでしょうか?」
魔塔主は少し考える素振りを見せてからこくりと深く頷いた。
「まぁ、そんなところです」
なんてことだろう。
一週間も眠ってしまっていたなんて……
「一週間も……」
私は少し唖然とし、それから魔法学園のことが心配になった。
「私が意識を失っている間、学園の授業は通常通りに行ってくれていますか?」
流石にアイトスのことは進展がないかもしれないけれど、通常の座学や実技は行ってくれていたのだろうか?
授業料をもらっている以上、どのような状況でも授業は計画通りに進めなければいけないのだが、まとまりのない魔塔の魔法使いたちはその辺りをきちんと理解してくれていたのだろうか?
「そういえば、オーロ皇帝の言っていた魔物討伐はどうなりましたか?」
この一週間の内に私もいないのに王子王女たちに行ってこいなどと無茶振りをしていないといいのだが……
学園の様子が知りたくて色々と魔塔主に聞いたのだが、魔塔主はただにこりと微笑んで、再び一本のポーションを差し出してきた。
「リヒト様、そのようなことを気にするのは体がきちんと回復されてからでいいと思いますよ。まずは軽い食事を取って、胃腸などの臓器を目覚めさせる必要があるでしょう」
魔塔主の言葉に周囲が慌ただしく動き始める。
魔塔主は数種類のポーションを置いて、魔塔に帰ってしまった。
「カルロ、魔法学園の様子を聞きたいんだけど……」
「リヒト様が今気にしなければいけないのはご自身のお体のことです」
そうにこりと笑ったカルロの笑顔は、なんだか先ほどの魔塔主の笑顔に似ているような気がした。
翌日、領地視察に両親の代わりに行ってくれていた乳母と第一補佐官、そして、他の仕事に追われていた宰相が見舞いに来てくれた。
朝の早いうちに魔塔主が持ってきてくれた魔導具によって上体を支えることができるようになった私は、ベッドの上に座って3人を迎えることができた。
「リヒト様! 心配いたしました」
「乳母、心配をかけてしまってすみません。いつもありがとう」
両親はもちろんのこと、いつも一緒にいてくれた乳母も私にとっては大切な家族だ。
乳母が両手で私の手を握ってくれるのを、私もそっと握り返した。
「第一補佐官と宰相もありがとうございます。忙しい時にご迷惑を……」
迷惑をかけたことを謝罪しかけて、昨日の魔塔主の姿を思い出した私は言葉を変えた。
「心配をかけてしまってすみません」
「いえ、とんでもございません」
「それよりもお体は大丈夫ですか?」
「まだだるいですが、数日間寝ていた影響もすぐに治ることでしょう」
私の言葉に乳母たち3人が一瞬その動きを止めた。
それから、信じられないという表情で父上と母上に視線を向ける。
父上と母上はそっと3人の視線から逃げるように視線を逸らしている。
「どうしましたか?」
「リヒト様、落ち着いて聞いていただきたいのですが……」
宰相は少し緊張感を漂わせて言った。
「リヒト様が意識を失っておられた期間は、ふた月です」
私は宰相の言葉がすぐに理解できなくてフリーズした。