236 危険人物への対応(ジムニ視点)
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リヒト様の許可の元、清掃員や調理補助として情報ギルドのメンバーを数名、魔法学園に忍ばせていた。
そんな奴らから校舎にダンジョンができてリヒト様が閉じ込められたと報告が来てからリヒト様がダンジョンから出てくるまでの二日間、俺もゲーツも気が気じゃなかった。
リヒト様は俺たちの恩人だ。
そんなリヒト様に危険が迫っているのならば命を投げ出してでも盾になるのは当たり前なのにも関わらず、ダンジョンの中ではそうはいかない。
もうあんな思いはごめんだと思っていたのに、今度はリヒト様が海に落ちて意識不明だと第一補佐官の使いの者から報告が届いた。
どうやら、海に落ちた直後に魔塔主に助けられて溺れたようではないのだが、意識が戻らないのだという。
魔塔主がポーションを飲ませているから食事ができなくて衰弱死するようなことはないそうだが、あまり長期間眠っていてはやはり体は徐々に弱っていくだろうということだった。
リヒト様がなかなかお目覚めにならないことに俺たちが気を揉んでる頃に、ルシエンテ帝国の皇帝の使者が来た。
ルシエンテ帝国の皇帝はかなり変わった人物で、子供たちを保護しているこの場所にもリヒト様と一緒にお忍びで来たことがあった。
やけにガタイのいいおっさんだなと思ったら、リヒト様に皇帝だと紹介されてかなり驚いた記憶がある。
そんな皇帝の使者が何しにきたのかと思ったら、ドレック・ルーヴとの顔つなぎをしてほしいという。
リヒト様の話によると今のドレック・ルーヴは本来のドレック・ルーヴではなく、別人格がドレック・ルーヴの中にいるのだという。
不思議な話ではあったが、リヒト様のことを信じる以外の選択肢はないため、俺はリヒト様の言葉をそのまま受け取った。
そんなドレック・ルーヴにはこことは異なる世界での記憶があり、その記憶を使っておもちゃを開発しているのだという。
商人のドレック・ルーヴとしては王侯貴族、それも皇帝に呼ばれれば断れる立場ではないし、むしろ喜んで会いに行くだろうと思う。
それなのに、情報ギルドにわざわざ依頼するということは、皇帝がドレック・ルーヴを呼んだということは秘密にしたいのだろう。
それも、リヒト様が意識を失われている間に呼ぶということは、もしかすると、リヒト様にさえも秘密にしておきたいのかもしれない。
そんな皇帝の意を汲んで、俺はドレック・ルーヴに商談があると言って呼び出した。
「リヒト様はおられないのですか?」
部屋の中に入ってきたドレック・ルーヴの最初の言葉はそれだった。
「リヒト様がお呼びだとは伝えてないはずですが?」
「私と商談したいというのですから、当然、リヒト様がおられるかと思ったのですが」
リヒト様の前では大人しくしているドレック・ルーヴだが、基本的に図々しい。
ルーヴ家は領地を預かる伯爵家だったために、栄華を極めていた頃の感覚が抜けないのだろうか?
しかし、中身は違うはずだが……元の世界でも貴族だったのだろうか?
ドレック・ルーヴの兄であるルーヴ家現当主は領地経営を怠り、嫡子であられたカルロ様のことを顧みずに愛人にうつつを抜かしていたために領地を取り上げられ、爵位剥奪寸前の状態が継続している貴族だ。
社交界ではすでに他の貴族には相手にはされておらず、栄華など遠い過去のことだ。
ドレック・ルーヴの商会は急成長しているようなので、ドレック・ルーヴには商売の才能はあるのだろうが、絶対に腹の中では商売相手を見下しているに違いない。
リヒト様以外と話しているところなど見たことはないが、俺の勘がそう言っている。
「それで、私と商談したいという方はどなたなのですか?」
「もうすぐ来ると思いますので、待っていてください」
私はとりあえず商談のためのソファー席を勧めようとしたが、その必要はなかったようだ。
「そう待たせるつもりはない」
転移魔法で部屋に入ってきたらしい皇帝の使者はドレック・ルーヴの後ろに現れ、そして、後ろからドレック・ルーヴの鼻と口を塞いで何かを嗅がせたようだ。
ドレック・ルーヴはその場で意識を失った。
これは、俺は見ていてもいいのだろうか? とは思ったが、目の前で起こっていることから視線を逸らすのも変な話だ。
「協力感謝する」
皇帝の使者は説明することも弁明することもなく、荷物のように脇にドレック・ルーヴを抱えて転移魔法で消えた。
口止めさえもされなかったが、それは他者に話してもいいという意味ではなく、話したところでいくらでもそれをなかったことにできるという意味だろう。
俺と、俺が話した相手を殺せば済むことだからだ。
この先、ドレック・ルーヴに何が起こるのかは知らないし、知りたくもない。
しかし、おそらく、今後、ドレック・ルーヴに会うことはないのだろう。
リヒト様の窓口になっている俺たちがドレック・ルーヴに会わないということは、リヒト様もドレック・ルーヴに会うことはないということだ。
そのことに、俺は心から安堵したのだった。