232 アイトスの島へ 03
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テオがプルポの足に火の矢を放つとプルポはそれが刺さる前に足を海中に引っ込めた。
プルポは火属性の魔法が近づくと瞬時に反応して海の中に逃げてしまうのだ。
それだけ火属性の魔法が苦手なのだろうが、攻撃が当たらなければ討伐はできない。
プルポが逃げられない速度での攻撃を放つためには風属性の補助が必要だが、攻撃に風属性の魔法を使おうとすると、飛行魔術の方が弱まるようでバランスを崩して海に落ちそうになる。
水属性の生徒たちも同じ理由でなかなか攻撃ができない。
水属性の生徒たちも何度か攻撃を仕掛けようとしたのだが、自分の体を支えている水圧が弱まり、海中に沈みそうになっていた。
私はそんな彼らを見てかなりハラハラした。
この世界では夏などにわざわざ海水浴に行くというような文化はない。
泳ぐ必要のない多くの王子王女たちはおそらく泳げないはずだ。
「私がプルポを討伐してしまった方がいいのではないですか?」
いつ溺れる者が出てしまうのかと落ち着かない私がそう言うと魔塔主に反対された。
「リヒト様がプルポを瞬殺してしまっては彼らの特訓になりません。今の状況は二属性の魔法を使ういい訓練になりますから」
「それに」と魔塔主は飛行魔導具を使っている生徒たちに視線を向ける。
「彼らも頑張っていることですし」
意外にもここで一番活躍しているのが飛行魔導具を使用して飛んでいた生徒たちだ。
自由自在に飛ぶにはまだまだ訓練が必要だが、浮いている分にはそれほど魔力も集中力も必要はなく、彼らは攻撃に魔力も意識も集中することができているようだった。
さらに、ランツは剣を常に携えていて物理攻撃も可能だった。
いつもならばランツは得意の火属性の魔法を剣に纏わせているが、火属性の魔法だとプルポはすぐに反応して逃げてしまうため、光属性の魔法を剣に纏わせて戦っていた。
ちなみに、魔法を纏わせないただの剣の場合、切れ味が悪いというか、効果が薄いというか、傷をつけることはできるものの、足を切り落とすことまではできないという感じだ。
カルロも影の中にしまっていた剣を取り出して、闇属性の魔法を剣に纏わせて戦っていた。
海上では海面に光が反射して濃い影ができないため、触手を出すことは難しいようだった。
「カルロは剣の稽古もしていたのでしょうか?」
カルロは常に私の側にいて、剣の稽古をしている姿など見たことはなかったけれど、プルポの足に切り掛かる姿はきちんと訓練を受けた者の動きに見えた。
「リヒト様から離れていた時期もありましたし、リヒト様が就寝した後に稽古していたのかもしれませんね」
私がカルロを怒ってしまってからしばらくの間にカルロは事務的なことだけでなく、剣技まで学んでいたということだろうか?
カルロは魔法に秀でているだけでなく身体能力も高いため、成長も早かっただろう。
ある程度、剣技が身につけば、一人でいる時に訓練することも可能なはずだ。
あの逞しい胸板はそうして作られたということだろう。
生徒たちが戦っている間、魔塔主と私は魔物から少し距離をとって、魔物と生徒たち全体の動きが見えるところから生徒たちに危険がないように見ていた。
魔塔主がふと上空を見上げた。
「騒ぎを聞きつけて島から出てきたようですね」
魔塔主の視線を追って上空を見れば、鳥が上空をゆっくりと旋回している。
それほど大きくは見えないが、それだけ高いところからこちらの様子を観察しているということだろう。
「アイトスは降りてくると思いますか?」
「お腹が満たされていればわざわざ近づいては来ないでしょう」
それならばおそらく大丈夫だろう。
「生徒たちだけならおもちゃにするつもりで来るかもしれませんが」
なんか不穏なことを言い出した。
「私とリヒト様がいれば大丈夫でしょう」
魔力量などで相手の力量を測っておもちゃにするかどうかを判断しているということだろうか?
私がじっと上空のアイトスの腹を見つめていると、鋭い悲鳴が上がった。
すぐに視線を生徒たちの方へと移すと、カルロがプルポの足に弾き飛ばされたところだった。
うまく翼を動かせないのか、なかなか体勢を整えられずに海に落ちていくカルロの姿に私は自分の血の気が引いたのがわかった。
その瞬間、私は冷静ではいられなかった。
「カルロ!!」
冷静に考えれば、風魔法や水魔法でカルロを掬い上げればよかったはずだ。
しかし、私は、カルロを追って海に飛び込んでしまった。
そして、深い海の底のように真っ暗な記憶に囚われた。