231 アイトスの島へ 02
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鳥のような翼に憧れていたフェリックスが作った飛行魔導具は大きな翼の形状をしていて、背中に取り付けるものだった。
ランツは鷹のような色合いのものを選んでいた。
私はフェリックスから魔導具を受け取った時から気に入っていた真っ白な翼をカルロに薦めようとカルロを振り返った。
純白な翼はきっとカルロによく似合うに違いない。
「カルロ。カルロにはこの翼が似合……」
振り向いたカルロは、コウモリのような形の真っ黒な翼をその背中に装着しようとしているところだった。
「……」
私と目が合ったカルロはその動きを止め、そして、私が手に持っている純白の翼に気づくと、天使のようににこりと微笑んだ。
「リヒト様が選んでくださった翼にします!」
「いえ、これの方が似合っていますよ」
魔塔主がカルロの背中にコウモリのような翼を装着させて、魔力を流し込んで飛行魔導具を起動させた。
「何をするのですか!? 魔塔主!!」
「自分のセンスに自信を持ってください。そちらの方がよく似合っていますから」
魔塔主が流し込んだ魔力によって飛行魔導具は起動して、カルロの体を宙に浮き上がらせている。
私は二人の言い合いを見ながら、手に持っていた真っ白な翼をそっと背に隠した。
天使のカルロも見たかったけれど、真っ黒なコウモリの翼をつけたカルロもヴァンパイアのようで格好良かった。
「……」
思わず、真っ暗な古城の中、窓から差し込む月明かりに照らされた赤い瞳のカルロを想像してしまう。
青白い肌に、今よりも少しくすんだ色の金髪がサラリと揺れ、赤黒い唇は緩やかに弧を描く。
しかし、赤い瞳は笑っておらず、冷たいままで……
それにもかかわらず……いや、だからこそ、カルロの美しさが引き立てられ、魅了されてしまう……
勝手な想像でドキドキして、頬が熱くなる。
熱くなった頬を覚まそうと、背に隠していた翼から片手を離して頬に持っていく。
ひやりと、自分の手のひらが心地よい。
私が密かに一息ついていると、背に隠していた翼が取り上げられた。
護衛として側に控えていたヘンリックだ。
「こちらはリヒト様がつけてはどうでしょうか?」
「いや、私は飛べるから」
「しかし、飛行魔導具の使い方を見せる者も必要でしょう」
「それならば」と、私はヘンリックの手から翼を取り上げてヘンリックの背中に装着した。
「私よりもフェリックスの実験に付き合っていたヘンリックが適任ですね」
私がフェリックスの様子を見に行く時には護衛としてヘンリックも一緒についてきていたが、フェリックスが私を実験に巻き込もうとするたびにヘンリックが間に入って代わりに飛行魔導具を作るための実験に付き合ってくれていた。
そのため、ヘンリックもフェリックス並みに飛行魔導具を使いこなすことができる。
そして、純白の翼はヘンリックによく似合っていた。
大天使の降臨だ。
「よく似合っていますね」
そう微笑めば、珍しくヘンリックがその頬を染めた。
この翼、少しコスプレ感があって恥ずかしいのかもしれない。
カルロとランツは元来の身体能力を活かして簡単に飛行魔導具を使いこなせるようになった。
他の生徒たちにはヘンリックと私で指導したが、使いこなせるようになるまではしばし時間がかかりそうだった。
あまり時間もないため、飛行魔導具をつけた生徒たちがよろよろしながらもなんとか飛べる段階まできたところでアイトスの島へ向かって出発することにした。
何かあった時には補助するために、私は彼らの側を飛行する。
風属性が得意な生徒も、水属性が得意な生徒もそれぞれの方法で順調に水上を進んでいた。
引率のハバルが先頭を進み、ナタリアやザハールハイド、そしてテオがそれに続いていた。
私と魔塔主は飛行魔導具を使用している生徒たちの様子を見ながら最後尾を進む。
先頭のハバルたちがもうすぐアイトスの島に着くというタイミングで、海上を進んでいた列の真ん中あたりの生徒たちから悲鳴が上がった。
「プルポだ!!」とノアが叫んだ。
海面が盛り上がり、吸盤のついた長い触手のようなものが海から出てきている。
銅のような赤褐色の色と特徴的な複数の足は魔物図鑑でも見た覚えがあった。
ノアの叫んだ通り、プルポという海中に住む巨大な魔物だろう。
前世のタコに似た魔物だ。
「リヒト様、どうされますか?」
魔塔主が笑顔で聞いてきた。
どうやら、私に討伐するのか保護するのか聞いているようだ。
確かに、海中生物の中にも前世のイルカやクジラに似た心惹かれる魔物もいるが、うねうねしているタコは違う。
むしろ、海の魔物の多くは食べたら美味しいのではないか? と思ってしまう魔物の方が多い。
「当然、討伐します」
私の返答を聞いた魔塔主が「討伐です」と呟くように言うと、前方にいたハバルの声が響いた。
「皆さん、リヒト様から許可が出ました! 討伐します!!」
どうやら、魔塔主とハバルは風属性の魔法か何かで小声でもやり取りできるようにしていたようだ。
もしかすると、小型の魔導具でもつけているのかもしれない。
「「「はい!」」」と生徒たちから気合の入った返事があった。
危険な時にまでわざわざ私に判断を求めるのはやめてほしい。
私だってクラスメイトが襲われているのに魔物を保護したいなんてことは言わない。
……たぶん、言わないはずだ。