225 怪しい隣国 02(第四補佐官視点)
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「なぜ、私にそのような話を?」
「元ティニ公国の横暴を見事に抑えた王子がいる国だ。調査くらいする」
老人はそう笑った。
つまり、老人は私がエトワール王の補佐官で、王に報告ができる立場だと知っていたのだろう。
「お名前をお伺いできますか?」
「レイアントだ」
普通は爵位も名乗るものだが、もう貴族ではないという考えゆえかと、私も追求しないでおいた。
ヴィア王国のレイアント様という情報であとはこちらで調べることができるはずだ。
城に戻って第一補佐官に報告すると、第一補佐官は老人の名前を知っていたようだった。
他国の貴族の名前にすぐに第一補佐官が反応したということは、やはり上級貴族だったのだろうと思ったのだが、どうやら違うらしい。
「レイアント様はヴィア王国では子爵だ」
「子爵だったのですか? 立ち居振る舞いから上級貴族の方だと思いました」
「そうでしょうね。元は公爵でしたから」
公爵が子爵に降格したというのは余程のことがなければ起きないことだが、そのようなヘマをするような人物には見えなかった。
「レイアント子爵はヴィア王国の英雄ですよ」と第一補佐官が教えてくれる。
「オーロ皇帝が帝国の領土を広げていく中で、当時のヴィア王国の国王は農民たちまで集めてオーロ皇帝の軍勢と戦おうとしました。けれど、オーロ皇帝の軍勢は全て職業兵士です。ヴィア王国の多少の騎士たちと農民の集まりではどれほどの血が流れるかわかりきっていました。そんな中、レイアント様はヴィア国王を一旦軟禁して、無血開城することで多くの国民を救ったのです」
「その結果、公爵から子爵に位を落とされてしまったのですか?」
「そういうことです」と第一補佐官が頷く。
「爵位を降格されただけではなく、王城のある中心地から魔物の多く出る辺境の地に追いやられました。ヴィア王は自身が王位を保てているのがレイアント様のおかげだと理解できていないのです。それでも、レイアント様は魔物が出る辺境を守り、国のために尽くしていたのですが……レイアント様がおっしゃるきな臭いヴィア王の行動により見限ったのでしょう」
国民のためにこれまで王族の行いにも目を瞑ってきたのだろうが、自分たちの年齢も若くはなく、王を諌める立場としての爵位は奪われている。
もう帝国傘下には入っているため、王がバカなことをしても国民にそれほど多くの被害は出ないだろうという計算の上、エトワール王国に亡命してきたのかもしれない。
優秀な臣下が必要なバカな王ほど、そうした臣下を自ら手放してしまうものなのだろう。
その点、リヒト様は私のことを適切に評価し、使ってくださっていると思う。
さすがです!
私が一人納得していると第三補佐官が書類を持ってきて第一補佐官に渡した。
「そのヴィア王のきな臭い行動に気づいている貴族や商人は他にもいるみたいです」
それはヴィア王国からエトワール王国への移住者の書類のようだった。
「ここ数ヶ月で、ヴィア王国からの移住者が増えています。エトワールの中心部に家を構えることがないように調整していますが、元々は隣国だったティニ領地への流入が激しいです」
「旅商人や平民の動きだけならば、それだけエトワールが魅力的な国になってきたということだと思えますが、貴族や店舗を構える商人まで動いてきているということは、逃げてきているようですね」
「ヴィア王は、どこかに戦争でも仕掛けるつもりですか?」
「十中八九、オルニスでしょう」
「ああ……」
私はすぐにあの光輝く天空都市を思い出した。
天空にそびえる都市は美しいクリスタルでできており、太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。
さらに、その都市に住むというエルフたちも見目麗しく、その魔力の豊富さゆえか我々人間とは違う空気を纏っていた。
リヒト様を見慣れていなければ、彼らを目の前にしただけで怯んでしまっていたかもしれない。
しかし、そんな彼らさえもかしずくのが我らがリヒト様!
さすがです!!
「……ですが、ヴィア王国がオルニス国を狙っているとして、現在オルニス国があるエトワールに逃げてくるのはあまりいい選択ではないように思うのですが?」
私の疑問に第一補佐官が説明してくれる。
「オルニス国はエラーレ王国から逃げるようにして我が国に来ましたが、武力で負けて逃げてきたわけではありません。エラーレ王国がしばらくは再度攻撃してこれないくらいにはエラーレ王国の自慢の魔導具を破壊しています。それでも、また数十年後、百年後に懲りもせずに人間の国家に狙われることが面倒で、リヒト様がおり、魔塔があるエトワールに来たのです」
数十年後はともかく、百年後を見越してリヒト様がいるエトワール王国に来るというのは、リヒト様が人間であるということを彼らは理解しているのだろうか?
もしや、リヒト様が美しすぎて自分たちと同じエルフだと勘違いしているのではないだろうか?
……いや、すでに大魔法使いと呼べるほどの実力のリヒト様ならば、二百年くらいは余裕で生きることができるのだろうか?
「つまり、リヒト様が最強ということですか?」
「間違ってはいませんが、今の回答としては不正解でしょう」
想像の中のイケおじリヒト様にすこし動悸が激しくなり、正解を導き出せなかった私に第一補佐官が冷静に言った。




