221 告白
お読みいたただきありがとうございます。
寮の部屋に入ると、改めてカルロに抱きしめられた。
「リヒト様、この二日間、カルロは一睡もしていません」
「ヘンリック! 余計なことを言わないでください!」
「私やライオスには休むように促したのに、カルロはダンジョンの前から絶対に動かなかったじゃないですか」
年長者のヘンリックが叱るようにカルロを見る。
「私は廊下にいますから、二人でしっかり休んでください」
そう言って、入ってきたばかりの扉から出て行こうとしたヘンリックだが、じとりとカルロを見ながら私に言った。
「リヒト様、私は廊下にいますので、カルロに襲われそうになったら呼んでください!」
「いいですね? 絶対に呼んでください!」と、ヘンリックは繰り返し注意してから扉を閉めた。
「カルロ、心配させてごめん」
「心配はしました。でも、僕よりもリヒト様の方が大変だったんですから、早く休んでください」
カルロは私の手を引いて、ベッドに座らせる。
それから、私の着替えを用意してくれた。
「ダンジョン内にいたせいか、そんなに疲れは感じていないよ」
ダンジョンの影響というよりは、おそらく精霊たちの影響なのだろうが。
しかし、精霊たちが私を意図的にダンジョンに閉じ込めたと知れば、おそらくカルロは精霊を排除しようとするだろう。
「カルロの方が疲れただろう?」
不安感というのはかなり精神を疲労させるものだ。
「……それなら、一緒に寝てくれますか?」
子供の頃とは違い、今はヘンリックが厳しく見張っているためにカルロはなかなか私に甘えることができずにいた。
けれど、今日に限ってはヘンリックは私たちが一緒に眠ることも目を瞑ってくれるということだろう。
「久しぶりにそうしようか」
着替えを終えた私がベッドに横になると、カルロも私の隣に入ってきた。
昔は私がカルロを抱きしめて寝たのに、今やカルロが私を抱きしめてくれて、しかも、私はそれに完全に慣れきっている。
だからこそ、ダンジョンの中のカルロがカルロではないことに気がついた。
そして、私は気づいてしまった。
私はカルロの腕に閉じ込められ、その胸板に頬をつけて、彼の心臓の音を聞くのが好きなのだ。
カルロの爽やかな香りに包まれていると安心するし、少しドキドキするし、そのドキドキも好きなのだ。
それはつまり、私は、私が思っていたのとは違う意味で、カルロのことを好きになってしまっているようだ。
そんなことに、精霊たちに閉じ込められて私は初めて気づいたのだ。
恋愛経験がなかったゆえに気づくのが遅れたのかもしれないが、それにしても、自分の気持ちに気づくことさえもできないなんて大人として情けない限りだ。
「カルロ」
カルロの温かい腕の中で少し緊張しながらも私はカルロの名前を呼んだ。
カルロやナタリアが自分の気持ちを伝えてくれたように、私も自分の気持ちに向き合い、カルロに伝えなければいけないことがある。
「眠れませんか?」
覗き込まれたアメジストの瞳に心配の色が見える。
きっとカルロだって疲れているだろうに、それでも心から私を心配してくれているのだ。
そんな気持ちが見えて、私はますますカルロのことが愛しくなる。
「数日前に言った言葉、撤回してもいいかな?」
「数日前に、リヒト様がおっしゃっていた言葉ですか?」
私は一度目を閉じて、カルロの胸に顔を寄せる。
カルロが愛用しているシルクのパジャマが鼻に触れる。
ドクドクとカルロの安定した心臓の音が心地いい。
カルロの落ち着いた心臓の音が、私の高揚した気持ちを落ち着かせてくれる。
「カルロが私のことを嫌になっても、カルロのことを簡単に解放してあげることはできないかもしれない」
カルロの胸に額を押し付けるようにして言うと、カルロがしばしの間黙っていた。
そして、しばらくすると、カルロの長く白い指が私の頬を撫でた。
「リヒト様」
「……うん?」
「キスしてもいいですか?」
「……」
恥ずかしくて返事を返せずにいたけれど、カルロの指が私の顎に添えられて、目が合った瞬間にはもうキスをされていた。
重なった唇が冷たくて、カルロが私を待ってくれていた時間の長さを教えてくるようだった。
いつもより長いキスに私が少し身動ぐと、いつの間にか私の腰に回されていたカルロの腕に力が入る。
そして、さらに深く、カルロの唇が押しつけられた次の瞬間、寮の部屋の扉がスッと静かに開いた。
私はその気配に慌ててカルロから離れ、ブランケットを頭まで被る。
「おや、カルロはまだ起きていたのですか?」
ヘンリックのやけに爽やかな小声がした。
「やっぱり睡眠不足は良くないですね。すごい顔ですよ。今にも全世界に呪いをかけてやるみたいな顔してますよ? そんな顔でリヒト様にお仕えなんてできませんから、さっさと寝てください」
おそらく私が寝ている態での小声なのだろうが、小声なのにすごくすごく爽やかだ。
きっと、その表情も爽やかな笑顔に違いない。
扉の外にいたはずなのに、私とカルロが何をしていたのかを全て知られているようで、ものすごく恥ずかしい。
しばらく、ヘンリックに合わせる顔がないので、私はブランケットに閉じこもったまま、無理矢理にでも眠ることにした。