219 大きなカルロ
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カルロの体が急に成長する。
ぐんぐん背が伸びて、肩幅が広くなって、胸板が厚くなって、腕にも程よく筋肉がついて、まるで剣士みたいな体つきになった。
カルロは幼児から一気に青年と言えるような見た目に成長した。
その成長に合わせるように、色とりどりだった花は真っ青なヴェアトブラウに変化して、一面美しい青の花畑に変わる。
「リヒト様、ずっとぼくたちと一緒にいてくださいね」
カルロが私のことを抱きしめる。
先ほどとは違い、カルロの方が背が高いために私の頬が逞しい胸板に押し付けられる。
ゲームでの姿とは違い、随分と逞しく成長したカルロだ。
でも、やっぱり違和感は拭いきれない。
いつもの爽やかなカルロの香りがしない。
完全なる無臭だ。
「リヒト様? これならいいでしょ?」
カルロのアメジストの瞳が今度は見下ろしてくる。
だけど、やっぱりその瞳は私の心の内を探るようなもので、瞳の奥に私を好きすぎる危険な色はない。
「どうして、こんなことを?」
私はカルロの頬を両手で包み込む。
温かさはなく、ひんやりと冷たい。
「君たちは、私をダンジョンに閉じ込めて何がしたいの?」
「ただ、ずっと一緒にいたい」
「どうして?」
「リヒト様は綺麗で、温かくて、居心地がいいの」
「随分と高評価ですね」
「そうだよ。こんなにぼくたちに好かれる生物はなかなかいない。だから、ずっと一緒にいよう?」
私はカルロの端正な顔を形作るものから手を離して、謝罪した。
「ごめんなさい。私は、ここにずっといるわけには……」
言葉の途中、キンッと頭に響くような不思議な音がした。
青空とヴェアトブラウの花畑の空間にひびが入り、カケラが落ちていく。
そのカケラの間から、魔塔主の姿が現れた。
「リヒト様、迎えに来ましたよ」
魔塔主は精霊たちが作り出した空間を杖で破壊していく。
その様子は非常に雑で、もう確実にいらない建物をハンマーで容赦無く壊すかのようだった。
美しかった空間はまるで壁のように叩かれて呆気なく壊されていく。
「早かったですね」
「二日かかっていますけどね」
私は魔塔主の言葉に驚いた。
私の感覚では花畑で幼児姿のカルロと出会ってからそれほど経っていない。
「二日もですか!? ナタリア様は大丈夫ですか?」
「こんな時にまで他人の心配ですか?」
魔塔主が呆れた眼差しを向けてきた。
しかし、生徒たちの安全確認は大切だ。
ナタリアもそうだが、他の誰がいなくなっても国際問題に発展するのだから。
「帝国の姫ならリヒト様がダンジョンに取り込まれた瞬間にダンジョンから用無しとばかりに吐き出されていましたよ」
「吐き出されてって……言い方には注意してください」
思わず、巨大生物の口からペッと味のなくなったガムのように吐き出されるナタリアの姿を想像してしまった。
女性に対して失礼な想像に罪悪感を抱く。
しかし、無事なようでよかった。
私がダンジョンに入ってすぐにナタリアが出てきたということは、二日前、ナタリアが失踪したと騒ぎになったその日のうちに見つけることができたのだろう。
「……私が取り込まれたということは、他の者はダンジョンに入れなかったのですか?」
ナタリア捜索のために魔塔主やラズリ、カルロとヘンリックと一緒にダンジョン内に入ったつもりでいたのだが。
私の疑問に魔塔主は頷いた。
「リヒト様がダンジョンに足を踏み入れた瞬間、ラズリを含めて、皆、壁に弾かれるように入れなくなりました」
「そうですか。では、皆、無事なのですね?」
それならよかったと思っていると、魔塔主に大きなため息をつかれた。
「みんな、リヒト様のことを心配していますから早く戻りますよ」
「そうですね」
私だけダンジョンの中に入ってしまって二日も出てこなかったのなら、カルロもヘンリックも随分と心配していることだろう。
私は精霊を振り返った。
すでにカルロの姿はなく、小さな光が数えきれないくらい浮遊していた。
「あなたたちはここにいますか? ダンジョンの中が住みやすいのでしたら、この場は立ち入り禁止にした状態で残しますが」
「リヒト様はどこまでお人好しなのですか? このような迷惑なものは消滅させたらいいではないですか?」
「物騒なことを言わないでください」
精霊たちは怯えるように私の後ろに隠れた。
「どうやら、別段、ダンジョンが気に入っているというわけでもないようですよ」
魔塔主の前では、精霊たちはまるで蛇に睨まれたカエルのようだった。
ちなみに、どうして魔塔主だけダンジョンに入れたのかを聞くと、膨大な魔力に任せて、ダンジョンを作り上げていた精霊力を削るようにして無理やり入ってきたのだという。
おそらく、魔塔主に勝てるような人物はこの先何百年、何千年と出てくることはないのだろう。
それくらい、無茶苦茶なことだった。




