218 小さなカルロ
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私は精霊が作ったのであろう廊下の先を見つめながら魔塔主に聞いた。
「どうしてこのような場所にダンジョンがあるのですか?」
「精霊たちが作り出したからでしょうね」
もちろん、私はそのようなことを聞いているのではない。
「魔物もおらず、瘴気もない場所ですよ?」
「瘴気がなくてもダンジョンを作れることをリヒト様は証明したではないですか?」
魔塔主が呆れたように言う。
「それに、このダンジョンは、リヒト様のせいでできたと言っても過言ではないでしょう」
「私のせいで?」
私は瘴気を撒き散らしたつもりなどないのだが?
「最近、精霊たちはどうしていたのですか?」
「……そういえば、私の周りを飛んでいる精霊たちが随分と減った気がします」
「リヒト様が構ってくれないために拗ねたのでしょうね」
「拗ねた結果、どうしてダンジョンを作ることに結びつくのですか?」
「暇だったのではないですか?」
今、魔塔主は絶対にテキトーに答えている。
「暇だからって、生徒たちがいる校舎にダンジョンを作られては困りますよ」
「精霊としては気に入らない状況を気に入る状況にするということはとても大切なことでしょう。瘴気を消し去る行動だって瘴気が気に入らなくてしているのでしょうから」
確かに、それはそうかもしれない。
精霊とは無邪気な子供のようなものだとラズリが話していたことがある。
純粋ではあるが、善悪はなく、人間の常識や理性には当てはまらない。
自分たちの感覚のみを優先するという。
私と魔塔主がそんな話をしていると精霊が作り出した廊下の先から人影が出てきた。
それは見るからに機嫌のいいラズリだった。
「リヒト君! このダンジョンはすごいよ!! これまでは自然の中に大木や洞窟に模したダンジョンを作っていた精霊たちが人工物である建物を模してダンジョンを作ってるなんて!」
ラズリはものすごく楽しそうだ。
この緊急事態にちょっと腹が立つほどに能天気な満面の笑顔だ。
「楽しそうにしているところ申し訳ないのですが、このダンジョンはすぐに消滅させます」
「消滅!? なんで!?」
「どうやら、ナタリア様がこの中に入ってしまわれたようなのです。ダンジョンの中に誰かいませんでしたか?」
「いなかったよ」と、ラズリはさらりと答えた。
ラズリならダンジョンの中で迷子になっている人間がいても無視して自分だけ出てきそうだと思ったが、どうやら見かけなかったらしい。
「でも、普通のダンジョンとは違って瘴気からできたダンジョンじゃないよ? 魔素を修復したら瘴気が消えて、ダンジョンも自然消滅していたこれまでのダンジョンとは違うけど、どうやって消滅させるの?」
確かに、これまで消滅させてきたダンジョンは瘴気から発生したもので、瘴気は魔素の歪みが原因だったために魔素を修復することでダンジョンを消滅させていた。
しかし、今回は違う。
私はしばらく考えてみたが、瘴気が関係しない精霊の気まぐれのみで作られたダンジョンの消し方は思いつかなかった。
「とりあえずは中に入って、ナタリア様の捜索とダンジョンの調査を行いましょう」
ひとまずはナタリアを見つけることができれば、ダンジョンを消す方法はじっくりと考えたらいいだろう。
そうして、私たちは精霊たちが作った廊下の先へと足を踏み入れた。
そこは、美しい花畑だった。
私の勉強部屋から見えていた奥庭のようだ。
そして、青い空の下、その花畑の中に小さなカルロがいた。
「リヒト様!」
カルロは私の顔を見るととても嬉しそうに微笑んで駆け寄ってきた。
「これ、リヒト様にあげます!」
花冠を私に差し出してくれたカルロが愛おしくて、私はそのサラサラヘアな金髪を撫でた。
同じ年頃の少年たちよりも発育のいい私は、本来は半年ほど歳の離れているカルロよりもずっと背が高くて、カルロの頭の位置はとても撫でやすいところにあった。
私に撫でられるとカルロは少し恥ずかしそうにはにかんで微笑んだ。
「カルロ、大好きだよ」
カルロはその大きなアメジストの瞳を大きく見開いて、それはそれは嬉しそうに、花が綻ぶように笑った。
「ぼくたちもです!」
カルロの小さな手が届くところまで頭を下げると、カルロが花冠を頭に乗せてくれた。
「どう? 似合うかな?」
花冠に触れてそう聞けば、カルロはふふふっと嬉しそうに笑って私に抱きついてきた。
「とってもお似合いです!」
カルロの頭は私の胸の辺りにあり、その華奢な体は私の腕の中にすっぽりとおさまってしまう。
それはとてもとても愛しい存在で、私はカルロを抱きしめた。
私の胸の中は幸せで満たされる。
けれど、幸せで満たされた胸のうちに少しの違和感があった。
カルロはこんなに小さく、か弱い存在だっただろうか?
ただ、私に守られるだけの、私の腕の中にすっぽりと包まれてしまう存在だっただろうか?
「リヒト様? どうされたのですか?」
美しいアメジストの瞳が私を見上げてくる。
「いや、なんでもない……」
美しい瞳が私を探る。
その瞳の奥にいつだってあった、私を好きだと伝えていた温かさを感じることはできなかった。
「カルロ、どうして……」
「リヒト様は大きなカルロの方がお好きでしたか?」
カルロが明るくにこりと笑う。
無邪気な笑顔なのに、なんとも妙な感覚がする笑顔だった。