216 わたくしの好きな人 05(ナタリア視点)
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他の二年生たちの積極的な協力もあり、わたくしたちは一年生に圧勝しました。
これで、一年生たちはこれまでのように無闇にリヒト様に近づかないはずです。
そして、わたくしの恋も、終止符を打たなければなりません。
一年生にあれだけしっかりと釘を刺したのですから。
わたくし自身もそれに従うべきでしょう。
『健全たる場を結婚相手を探す場だと勘違いしている方々たちにこの学園にいる資格はありませんわ』
わたくしはクリスティアン様に言った言葉を思い出して、情けなさに両手で顔を覆いました。
「完全なブーメランですわね……」
わたくしはリヒト様が作った学園だからこの学園に来たのです。
そして、リヒト様の隣に立つために魔法の訓練を頑張りました。
本来ならば、一年生を不純だと叱れる立場ではないのです。
それに、リヒト様とカルロを間近で見ていれば嫌でもわかります。
リヒト様が特別に大切にしているのはカルロだけで、わたくしを含めて、その他の生徒たちのことはただの導くべき子供にしか見えていないのです。
リヒト様は初めてお会いした時の印象のままに、そのお心も考え方も、他者との接し方も大人でした。
それは多くの同年代の子供たちの中にいればより一層顕著で、教師役の魔塔の魔法使いたちよりも教師らしい振る舞いで生徒たちを導いていました。
そんなリヒト様が大人びた教師の顔を崩すのは、カルロの前だけなのです。
わたくしは顔から手を外して呼吸を整えると、目の前の扉を見つめました。
そこは、生徒会室です。
副生徒会長でありながら、わたくしはこの生徒会室に一度も来たことがありませんでした。
それはただの名誉職であり、リヒト様は遠慮してわたくしに一度も仕事を任せたことがありませんでした。
それでも、自主的にここに通ってリヒト様に仕事を強請ればよかったのでしょう。
けれど、幼い頃にリヒト様の勉強部屋を勝手に訪れて怒られたことを思い出すと、わがままを言うこともできませんでした。
それに、リヒト様とカルロの仲睦まじい姿を間近で見るのも嫌でしたから、無意識に生徒会室から足が遠のいておりました。
わたくしは一緒についてきた護衛騎士や従者に扉の前で待つように伝えて、これまで避けてきた扉をノックして生徒会室の中に入りました。
初めて中に入った生徒会室は、飾り気のない、それでいて品性の漂う部屋でした。
紅茶を淹れてくれたのは、カルロの従者として学園に来ているシュライグです。
帝国にも来ていた従者ですので知ってはいますが、言葉を交わしたことはありません。
「ナタリア様、それで、私にお話というのはなんでしょうか?」
「わたくし、リヒト様のことが好きです」
唐突なわたくしの告白にリヒト様がものすごく驚いたお顔をされています。
本当に、一ミリもわたくしの気持ちに気づいていなかったようです。
「リヒト様がわたくしのことを皇帝の孫娘として大切にしてくださり、それ以上の感情がないことはわかっていますので、婚約者になってほしいなどということは求めておりませんし、色良いお返事がいただけないこともわかっておりますので、お返事はいただかなくても結構ですわ」
リヒト様を諦める覚悟はできても、リヒト様に直接拒否される覚悟はできておりません。
先手を打って、リヒト様の言葉を防ぎます。
リヒト様を見る限り、呆然としているので、まだわたくしの告白を理解できていないのかもしれませんが。
「わたくし、これまでは名誉職で生徒会の副会長でしたが、これからはカルロが副会長になってください」
リヒト様がぼんやりしている間に、わたくしは事務的なお話を進めます。
「わたくしはクラスをまとめるクラス長にでもなりますわ」
皇帝の孫娘に何も役職がないというのも帝国内の王侯貴族がうるさそうですから、適当に何か見繕っておいた方がいいでしょう。
「これまでなかった役職ですけれど、よろしいですか?」
「大丈夫だと思います」
そう答えたのはカルロでした。
「リヒト様のお気持ちが落ち着いたら、僕からリヒト様にお伝えしておきます」
まだ呆然としているリヒト様に代わり、カルロが答えてくれます。
わたくしは長年のライバルだったカルロに優雅に微笑みました。
最後の女の意地です。
「よろしくお願いしますわね」
わたくしは初めて訪れた生徒会室を後にし、扉をしっかりと閉めてから護衛と従者と一緒に歩き出しました。
「寮にお戻りになられますか?」
何かを察しているのか、護衛騎士の声がいつもよりも優しい気がしました。
わたくしの護衛騎士はわたくしよりも5つほど年上です。
本来ならばもう結婚して騎士など辞めている年齢ですが、彼女はわたくしが魔法学園を卒業するまでは護衛を続けてくれるそうです。
彼女の婚約者もそれで良いと言っているようで、優しい婚約者なのだと想像できます。
「そうね……少し、庭を歩きたいわ」
「承知しました」
「ここから庭に行くには、こちらの廊下でしょうか?」
従者の少女は真っ直ぐ続く廊下の方ではなく、左に折れる廊下を示しました。
初めて生徒会室まで来たわたくしたちは知らなかったのです。
本来、その場所に曲がれるような廊下などないということを。