215 わたくしの好きな人 04(ナタリア視点)
お読みいただきありがとうございます。
144〜146話と同じサブタイトルにしたので、「04」としています。
「どうして、ライオス様たちはリヒト様の一番を目指さずに側室でいいなどと申し出たのですか?」
ある時、わたくしは立ち寄った図書館で一人自習に励んでいるライオス様を見つけて声をかけました。
彼は私の姿をチラリと確認した後、問題の解答をするのと同じ調子で答えました。
「リヒト様の一番にカルロ以外の誰もなることができないからです」
「そんなのわからないではないですか」
「ナタリア様は本当にそのようにお思いですか? リヒト様が目移りすると?」
いつかリヒト様がわたくしにもチャンスをくださればと思ってきましたが、リヒト様が目移りをするような方なのかと聞かれると、確かにそれは違うような気がしました。
「……ですが、カルロは男性です。リヒト様が次期エトワール王国の国王になるのでしたら、後を継ぐ者が必要になるでしょう」
「だとしても、リヒト様は自身が一番に愛する者以外と肌を重ねるようなことはされないでしょう」
ライオスの言葉はもっともでした。
わたくしはリヒト様ほど誠実な方を知りません。
きっと、リヒト様は永遠の誓いを立てた者としかそのような行為をされないでしょうし、そして、リヒト様が神の前で隣に立つことを許すのはカルロだけでしょう。
「ナタリア様はいつご自身のお気持ちを伝えるつもりなのですか?」
わたくしの気持ちはリヒト様以外の皆が知っています。
「できうることならば、リヒト様が傷つかないようにお伝えいただければと思います」
ライオスの言葉にわたくしの後ろに立っていた護衛の女騎士が不満を表しました。
「ナタリア様に対してなんと無礼な」
その言葉は帝国内において当然の主張でしたが、リヒト様をお慕いするわたくしにとってはわたくしの立場そのものが厄介なものでした。
「リヒト様がナタリア様のお気持ちに応えることはないでしょう」
ライオスがわたくしの護衛に怯むことはありません。
「ナタリア様は皇帝の孫娘ですから、リヒト様も無碍な扱いはできません。我々のように側室とすることができないのです」
「でも、ライオス様はまだリヒト様から側室の許可はいただいておりませんよね?」
まるで、すでにリヒト様の側室かのような言い方でしたが。
「私は元公国の公爵家の者で、権力を失った今となっては誰に立場を脅かされ、場合によっては命を狙われてもおかしくはありませんから、リヒト様にお縋りすれば保護する名目として側室にしてくださる可能性は十分にあります」
「そ、それは、卑怯ではなくて?」
「そうまでしてでも、私はリヒト様の元にいたいのです。それに、リヒト様の元には優秀な者たちがたくさんいますし、リヒト様も人を育てることに秀でておられますので、必死にならなければお側にいることは難しいでしょう」
ライオスは目を通していた書物のページをめくりました。
こうして話をしながらでも本が読めているのでしょうか?
器用なものです。
「必死にならなくてもリヒト様の側にいることが許されるのはカルロだけですよ」
ライオスの言葉にわたくしは悔しくなりました。
わたくしがカルロに勝てたことなど一度さえもありません。
わたくしはお祖父様の孫だから、どの子女よりもリヒト様と早く出会うことができ、関係性を築くことができました。
しかし、同時に、皇帝の孫娘だからこそ、特別で一番であることを周囲から求められ。
それに応えることができないリヒト様がわたくしに色良い返事をすることはないでしょう。
ここにきて、ライオスのように側室となれない皇帝の孫娘という立場が邪魔になります。
わたくしは、リヒト様の隣にいれるのであれば、側室でも構いませんのに……
いえ、もちろん、リヒト様の一番になれないことは悔しいですが。
それでも、皇帝の孫娘だから親切にしてくださっているという状況よりは、側室の方がずっといいです。
リヒト様を間近に見ることもなく、リヒト様の神々しさを知らずに、さらにわたくしの様子を見てわたくしに遠慮をすることもない一年生たちはリヒト様に婚約の打診をしたりアプローチをするようになりました。
特に、アイレーク王国の第一王子であるクリスティアン様のアプローチは毎日のように行われ、目にあまるものでした。
クリスティアン様はこれまでその美貌と第一王子という立場で随分とチヤホヤされてきたようで、その浮ついた能天気な性格はどうかと思いましたが、見た目だけは本当にいいのです。
そんなクリスティアン様にも、リリアネット様のような自信に溢れた女性にも、他の一年生たちにもリヒト様が揺らぐことはありません。
繰り返される一年生からのアプローチをリヒト様は軽く流されていました。
これまで、お祖父様がわたくしとの婚約打診をしても断ってきたのですから、リヒト様は強大な権力を得ることにも全く興味がないのでしょう。
誰からの言葉にも揺らぐことなく、カルロのことだけを大切にしています。
多くの一年生たちが直接リヒト様に婚約の打診をして見えてきたのは、婚約の打診があるたびに拗ねるカルロをリヒト様が愛しそうに宥める姿だけでした。
その様子に、わたくしはやっと、諦める覚悟ができました。
これまで何かを諦める必要のなかったわたくしは初めて、完全なる敗北を実感したのです。
カルロに対してというよりは、自分自身に対しての敗北のようでした。
もちろん、諦めないという選択もできたはずなのに、わたくしは諦めたのです。
決して振り向いてはもらえない恋から逃げ出したくなってしまったのです。
わたくしはそんな虚しさと悔しさで、クリスティアン様はじめ、一年生たちに盛大な八つ当たりをしてしまいました。
それが、今回の学年対抗の模擬戦です。