212 密かな覚悟
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ラルスだけでこのようなことができるのだろうかとラルスの周辺に目をやれば、二年生の土属性の生徒たちもいるし、魔塔の魔法使いたちまで手伝っていた。
皆、学年対抗の模擬戦に燃えすぎではないだろうか?
「あら、リヒト様、おいでになりましたのね?」
何やら設計図のようなものを見ていたナタリアがこちらに気づいて微笑んだ。
「ナタリア様、なぜ改築などされようと思ったのですか?」
「生徒たちの両親が来るのに立ち見というわけにはいきませんでしょう?」
「それはそうですが……」
「改築の許可なら学園創設者のお祖父様と学園長の叔父様にちゃんと得ていますわ」
私は訓練場から闘技場へと生まれ変わってしまった場所を見渡す。
できるだけ小規模に収めようと思っていた模擬戦という突発的なイベントがどんどん大きくなっていることに、私の頭痛はひどくなった。
「リヒト様、大丈夫ですか」
額に手を当てて頭痛に耐えるとカルロが私の顔を心配そうに覗き込んできた。
「カルロ、生徒たちの親に送る招待状を率先して用意して、模擬戦を学内だけのことに収まらなくしたのに、自分だけいい子のふりをしないでくださる?」
ナタリアの指摘にカルロはにこりと余裕の笑みを見せた。
「リヒト様の婚約者である僕がリヒト様への求婚者を排除しようとするのは当然のことではありませんか? でも、ナタリア様たちは関係ないですよね?」
「わたくしだってこれ以上ライバルが増えるのは嫌ですもの」
カルロもナタリアも開き直っている。
「一年生の中にナタリア様のライバルがいるのですか?」
ナタリアのライバルとは、一体何に対してのライバルなのだろうか?
皇帝の孫娘のライバルというと……同じ水属性という意味で、リリアネットだろうか?
一体、誰がナタリアのライバルなのだろうかと考えていると、ナタリアの目がどんどん呆れたものになっていった。
「リヒト様は相変わらずですわね。わたくしのライバルは恋のライバルですわ」
「それはつまり……」
私は緊張してナタリアに聞いた。
「ナタリア様はカルロのことが好きだということですか?」
やはり、ナタリアはカルロのことが好きだったのだ。
つまり、今回の一年生と二年生の模擬戦大会をきっかけに、私との決闘を望んでいるということだろうか?
自分が決闘に勝ったら、カルロを譲って欲しいと言われるのかもしれない。
「リヒト様、まだその段階にいるのですか? わたくし、全然リヒト様に近づくことができていなかったことがショックです」
私の魔法の実力に近づき、カルロを奪還したいと考えていたのだろう。
もしや、ナタリアは私とカルロの婚約がカルロからの申し出だということを知らないのだろうか?
これは謝るべきなのだろうか?
しかし、カルロに好きになってもらった結果、私が婚約したことを謝ることはかえってナタリアに失礼ではないだろうか?
さて、どうしたものかと考えていると、微笑みを湛えていたナタリアの眼差しが真剣なものに変わった。
「今回の模擬戦で一年生に勝ちましたら、リヒト様に聞いていただきたいお話がございます」
「あの、カルロとの婚約解消のお願いとかでしたら、できかねる相談ですので……」
あまり期待を持たせてはいけないと思って前もってそのように伝えたのだが、「そのようなお話ではございませんのでご安心を」と、ナタリアは苦笑した。
一体何の話があるのだろうと、離れていくナタリアの背中を見つめていると、ぎゅっとカルロに抱きしめられた。
「どうしたの? カルロ?」
「リヒト様が、僕との婚約は解消しないって……」
カルロの瞳は嬉しそうにキラキラしている。
私の婚約者は本当にすごく可愛い。
カルロの頭を撫でながら土属性の魔法で作り上げられていく観客席を見ていると、ラルスがこちらに気づいて明るい表情を見せた。
「リヒト王子! 面白いことをすると聞いたよ」
ラルスはなんだかこれまで見たこともないくらいにご機嫌だ。
「どういうわけか学年対抗模擬戦をすることになってしまいました」
「私も学園長として見学させてもらうよ」
「オーロ皇帝も来るとおっしゃっておりましたから特別席を作る必要がありそうですね」
「そうだね」とラルスは頷き、オーロ皇帝や魔塔主に相応しい席を作るために他の土属性の魔法使いたちの元へと戻っていった。
皇太子として人形のように座っている時よりも、随分と楽しそうだ。
「リヒト様、一年生と二年生の模擬戦ですが、我々にもお手伝いできることはありませんか?」
食堂で一緒に昼食を摂っている際にヨスクがそう聞いてきた。
私は少し考えて、一年生のヨスクとフリッドにも仕事を与えることにした。
「それでは、君たちには一年生への伝達役をしてもらおうかな」
生徒会長とは言えど、私が直接行くよりはいいだろう。
「なるほど」とヨスクが頷いた。
「一年生の教室に来るとリヒト様はすぐに多くの生徒たちに囲まれてしまいますからね」
「私たちが盾になるのがいいでしょう」
いや、別にそういう意味でお願いしたわけではないのだが。
しかし、何やらヨスクとフリッドは重要な使命を与えられたかのように頷いている。
「私たちはリヒト様の婚約者などという恐れ多いことは望んでおりませんので!」
「リヒト様の元で仕事はしたいと思っていますが、将来的に臣下になれればそれで十分ですので!」
私を見ながらの発言だったが、眉間に皺を寄せるカルロへの言葉だろう。
「カルロ、後輩を育てることも大切なことだよ」
私はカルロの眉間を優しくさすって皺を伸ばした。