211 大会準備
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「何やら面白いことをするそうですね」
その夜、私の部屋に勝手に転移魔法で侵入してきた魔塔主が楽しそうに言った。
「何も面白くないですよ」
私は思わず憮然とした表情で魔塔主を睨んでしまう。
「どうにか止める方法を考えているところなんですから」
「リヒト様は止めたいのですか?」
「それはそうですよ。この学園に通う生徒たちはたいていが王子や王女、上級貴族なのですから、怪我をしては国際問題に発展するではないですか?」
「魔法を学ぶ学園で多少の怪我をすることなど皆覚悟の上でしょう?」
そうだと思いたいが、実際のところはそこまで想定せずに気軽に子供たちを行事に参加させて怪我をしたら引率者を責めるなどよくある話だろう。
もちろん、節度ある大人たちが子供たちの安全を確保することは大切だが、同時に想定外のことをするのが子供でもある。
そして、今回の想定外は決闘などという大袈裟で面倒な話が持ち上がり、それを止めるべき教師たちが盛り上げ、さらに自分の実力を十分に把握できていない一年生たちが嫌がらなかったことだ……
家臣たちから褒められて自己肯定感が高い王子王女たちが多いせいか、完全に自分達の実力を過大評価している。
魔塔の魔法使いたちから教わり、二属性の魔法の訓練をしている自分達はかなり優秀だと思っているようだが、ヨスクとフリッドから話を聞いたり、教師役の魔塔の魔法使いたちからの話を聞いた限り、今の二年生たちの昨年の今頃と比較しても今年の一年生の成長スピードはかなり遅い。
一年生は二年生と対等に戦うことさえもできないだろう。
元々魔法の才能があり、努力を惜しまないリリアネットは健闘するかもしれないが、それでも二年生の成績上位者に当たれば魔法のひとつも打てずに終わるだろう。
二年生と模擬戦をするには実力不足の一年生が怪我でもしたら、親である各国の国王が文句を言ってきてもおかしくない。
オーロ皇帝が一喝し、魔塔主がひと睨みすれば大人しくはなるだろうが、表面上大人しくなっても学園への不満は残るだろう。
「それほど心配ならば、学園の創設者も招待したらいいではないですか?」
魔塔主が実に気軽にそんなことを言う。
学園の創設者は、オーロ皇帝のことだ。
「生徒たちの模擬戦にですか?」
「やはり、リヒト様は模擬戦程度の戦いにする予定なのですね。生死をかけた戦いでも面白いと思いますが」
やはり、魔塔主はサイコパスなのだろう。
「オーロ皇帝も孫娘が提案した大会に喜んで来るでしょう」
確かに、ナタリアが提案した学年対抗という大きなイベントだと考えると、オーロ皇帝のことは呼んだ方がいいかもしれない。
招待しなければおそらく拗ねるだろう。
「一年生はともかくとして、二年生の魔法の実力を見せるにはいい機会でしょうから、彼らの両親も呼んで大々的な大会にしてしまってはどうですか?」
「人嫌いの魔塔主がそのような提案をするとは思いませんでした」
「人嫌いだから提案しているのですよ」
魔塔主の笑顔が深まる。
「今やリヒト様の親衛隊みたいになっている二年生が無法者の一年生を叩き潰すところを見れば、親たちも静かになるでしょうから」
そのように間接的に脅すような方法はどうかと思ったが、カルロが「それはいいですね!」とやる気を出し、生徒たちの保護者に招待状を送るための話し合いをヘンリックと始めてしまった。
シュライグは二人の話のメモを取り始め、翌朝にはこの話し合いにライオスとザハールハイドが加わるのだろう。
「いい助言ができたようでよかったです」
魔塔主がやけに爽やかに笑う。
助言ではなく、完全に余計なことを言ってくれたのだが?
「何やら面白いことをするそうだな!」
数日後、オーロ皇帝からの呼び出しに転移魔法で向かうと、数日前に聞いたセリフと同じセリフを言われた。
「魔塔主と同じことを言わないでください」
「当然、招待してもらえるのだろうな? 招待がなくても行くがな」
「オーロ皇帝が来るのならばそれなりの場にしなければいけないということではないですか」
私は頭痛を覚えた。
すでにカルロたちは招待状の準備をしているのだが、オーロ皇帝が模擬戦を観に来ることを決定したのならばいよいよ引き返すことができなくなった。
会場は屋外会場とし、来賓客に魔法での被害が出ないように結界を張る必要があるだろう。
「そういえば、今日、ラルスがナタリアに呼ばれて学園に行ったぞ」
「ラルス皇太子殿下がナタリア様に? どうしてですか?」
「ラルスは土属性の魔法使いだからな、屋外訓練場の改築には便利だろう」
一体、何をするつもりなのだろう?
「改築など、私はそのような話は聞いておりませんが?」
「私が許可を出した。ラルスも改築に関わるのだから、学園長として許可を出したも同然だろう」
私が急いで学園に戻ると、学園の屋外訓練場を囲むように客席ができており、まるでコロッセオのようになっていた。