21 旅立ち、そして、到着
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金髪白皙碧眼の美幼児であるリヒトには前世の記憶がある。
前世、52歳で亡くなるまでの記憶があるリヒトは中身が”おじさん”であることを隠しながら、前世の推しであるカルロを不憫な未来から守るべく国の改革を目指す!
しばらくBL要素はなく、ブロマンス要素の方が強いと思いますが、徐々にBL要素が強めになる予定です。
翌朝、ルシエンテ帝国に向けて出発するために馬車に乗った。
もちろん、城の本宮の前に用意することはできずに、後宮に一番近い場所に馬車は用意され、護衛として王宮近衛騎士団員が十数名ついてきてくれることになっていた。
ルシエンテ帝国までの道程はだいたいひと月と半月というところだ。
一人で出発するつもりだったから、同乗する者に気を遣うこともなく進行方向向きの座席の真ん中に座る。
しかし、予想に反して私の後からカルロと乳母が乗ってきて、私の前の座席に二人並んで座った。
「二人とも何をしているのですか!?」
「やはり」と、乳母は少し怒っているようなジト目で私を見てきた。
「リヒト様はお一人で行く予定だったのですね。わたくしとカルロに旅の準備について何もおっしゃられなかったのでそうだろうとは思いましたが、王子の付き人が護衛騎士だけなどありえません」
「私は場合によっては人質になるのですよ? そんなところに二人を連れて行くわけには行きません」
「そんなところだからこそ、護衛以外の従者をつけずに行くなどありえません。人質になったとして、魔塔主のお気に入りであるリヒト様を牢に入れるようなことはしないでしょう。せいぜい、軟禁です。それならば、世話をする者が絶対に必要です」
確かに、そう言われればそうなのだが、それでも危険なところに二人を連れて行きたくはない。
私は馬車から顔を出して両親になんとかならないか聞いてみたが、両親は苦笑して顔を左右に振った。
「リヒト様、プレゼントしてくださった真っ白な衣装を着て一緒にお出かけしてくださるとのお約束です! 僕をお供に連れていってくださらないと、せっかくの衣装が小さくなっちゃいます!」
確かに、私もカルロも成長期だから、ほんの数ヶ月であの衣装は着れなくなってしまうかもしれない。
「リヒト様、そろそろ出発してもよろしいでしょうか?」
護衛のために馬に乗ったグレデン卿に声をかけられた。
護衛としてついてきてくれる王宮近衛騎士団員たちには私が人質となる可能性も伝えて、有志を募ったのだが、王宮近衛騎士団の全員が私の護衛を志願してくれたそうだ。
私は乳母とカルロを説得することを諦めて、グレデン卿に「お願いします」と出発の指示を出した。
万が一の時には乳母とカルロを逃そう。
グレデン卿が他の騎士たちに向かって出発を合図した時、馬車の下に魔法陣が現れて光った。
「それでは出発しましょう」
「魔塔主!?」
私は突然馬車の近くに現れた魔塔主に驚いた。
「私が帝国までお運びいたします」
「勝手なことをされては困ります! 皇帝には到着はひと月以上後だと伝えてあるはずです!」
「到着が早まる分には問題ないでしょう」
客人として出迎えてくれるにしろ、人質として軟禁するにしろ、準備というものがあるはずだ。
急に来られたら確実に困るだろう。
……いや、人質としてどこかに閉じ込める予定なら、あちらの準備ができていない方がいいのだろうか?
「魔塔主、リヒトのことをよろしくお願いします」
父上がそんなことを言う。
おそらく、馬車での旅はトラブルも多く、盗賊などの危険もあるためだろう。
旅をする日数が少なければそれだけ危険に遭う確率が下がる。
転移魔法で一瞬で向こうに着くならば、ルシエンテ帝国の人質になるとしても盗賊などの旅の途中の危険は排除できる。
父上の言葉を合図に魔塔主は魔法陣に魔力を流して私たちを転移させた。
そして、私たちはあっという間にルシエンテ帝国に着いてしまった。
案の定、出迎えの準備などできているはずもなく、我が国の城よりも巨大な城のおそらく正面扉だと思われるが、見張りの騎士が二人立っているだけの場所に出てしまった。
「……リヒト様、どうしましょうか?」
馬車のすぐ横についたまま転移して、そのままの位置にいる馬に跨ったグレデン卿に聞かれて、私は少し考える。
扉の前にいる騎士たちも突然出現した馬車に驚いて固まっている。
魔塔主がいるため、転移魔法で現れたことはおそらく理解しているだろうし、多分きっと敵ではないと思ってくれているはずだ。
しかし、たとえ我々が敵対勢力だったとしても、騎士二人では絶対に魔塔主には勝てないため、そのための動揺かもしれない。
一応、馬車にはエトワール王国の紋章がついてはいるが、彼らが帝国傘下に入ってもいない小国の紋章を知っている可能性は極めて低いだろう。
「とりあえず、騎士に到着を伝えて、中に取り次いでもらうしか……」
そんなことを話していると城の扉が開いて、中からかなり年配の男性が飛び出してきた。
「魔塔主様! どういうことですか!? これは!」
おそらく執事だと思われる男性は馬車がここに現れた瞬間は見ていないものの、どうやら犯人が魔塔主だということは説明するまでもなく理解してくれているようだ。ありがたい。
「エトワール王国のリヒト王子を連れてきました。皇帝はどこですか?」
老執事は「リヒト王子ですか!?」と叫んで、急いで馬車に近づいてきた。
「これはこれは、魔塔主に巻き込まれて大変でしたね! どうぞ馬車から降りてこちらへお越しください」
老執事は馬車の扉を開けて、私を迎え入れてくれる。
「お泊まりいただくお部屋はまだ準備中ですので、客間で待っていてくださいますか?」
この感じは、執事は私が人質になるとは説明されていないということだろうか?
それとも、単に子供には親切な老人なのかもしれない。
皇帝は人質として王子を寄越せなどとは明言していないが、私は十中八九、人質として呼ばれたと思っていた。
でなければ、悍ましい慣習を嫌って帝国傘下に加えなかった国の王子をわざわざ呼んだりはしないだろう。
「迷惑をかけますが、よろしくお願いします」
私は馬車から降りて親切な執事に言った。
その時に馬車の周囲をチラリと確認する。
どうやら、一緒に転移された護衛騎士はグレデン卿だけのようだ。
つまり、魔塔主が転移させたのは、馬車内にいた私と乳母とカルロ、そしてグレデン卿の4名だ。
どうせなら、乳母とカルロもエトワール王国に残してくれればよかったのに……
「迷惑などとそのようなことはございません。全ては魔塔主様が悪いのですから」
どうやらこの執事さんはすごく人がいいようだ。
「執事! すぐに皇帝に会わせてリヒト王子の用事を済ませたいのですが? その後は魔塔に案内します」
魔塔へ案内ってそんな予定は聞いていないし、たとえ人質ではなかったとしても、そんな勝手な行動は許されないだろう。
一体、魔塔で何をするつもりだろう?
嫌な予感しかしない。
「魔塔主様、勝手なことはおやめください。魔塔主様のお好きな茶菓子も用意いたしますから、リヒト王子と一緒に客間へどうぞ」
執事は魔塔主の扱いが手慣れているようだ。
魔塔主が我が国に引っ越してきたら、我が国の執事たちもちょっとは魔塔主の扱いが上手くなるのだろうか?
大きな扉を潜って巨大な城に入り、広い廊下を歩くこと十数分。
客間に通されてソファーに座る。
執事長が「すぐにお茶の用意をいたします」と客間を後にした。
「魔塔主! どうしてくれるのですか!?」
私は苛立ちで声が大きくなりそうになるのを自制して魔塔主を責める。
「何がですか?」
「このように転移魔法で一気に移動するのなら最初から言ってください! 私たちも受け入れる側の方々も事が急激に展開して困るだけなんです!」
「むしろ、どうして転移魔法で移動することを考えなかったのですか? リヒト様だって使えるじゃないですか?」
「他国の王子が転移魔法で越境してくることをよしとする国があるわけがないでしょ!?」
魔塔主は深いため息をついた。
「人間って面倒くさいですね」
「魔塔主はいつから人間をやめたのですか!?」
苛立った私が思わず少し大きな声を出してしまった時、客間の扉がノックされて先ほどの執事が入ってきた。
「失礼いたします」
執事の後ろから茶器やお菓子などが乗ったカートを押したメイドが入ってきて、続いて給仕のためのメイドが数名部屋に入ってくる。
おそらく、私の声が聞こえていただろうに、彼女たちは冷静な表情のままだ。
さすが、よく教育されている。
「リヒト王子は本当に魔塔主様と仲がよろしいようですね」
執事の頬が緩んでいる。
「いえ、そのようなことはありません……」
「そうでしょう? リヒト王子の中身は絶対6歳じゃないと思うんですよね」
私がせっかく作り笑いで否定しているのに、魔塔主は無神経に肯定し、さらに核心をついてくる。
魔塔主は見た目通りの年齢じゃないのは知っているけれど、普段は他人に全く興味を示さないくせに急に老獪な鋭さを披露するのをやめてほしい。
メイドが次々とお菓子をテーブルの上に並べていく。
ケーキやクッキーなど見慣れたお菓子もあるが、見慣れないお菓子も複数ある。
私の前に最初にお茶が置かれ、続いて、人数分のお茶が並べられる。
私は私の後ろに控えているカルロと乳母に声をかけてソファーに座ってもらった。
護衛騎士であるグレデン卿にはメイドたちがさがった後で席を勧めることにしよう。
魔塔主の前にはお茶と一緒にひと口大のドーナツがたっぷりの蜜につけられたようなお菓子がおかれた。
魔塔主はそれを小さなフォークで刺すとひと口で口に入れた。
ひと口大のお菓子ではあるが、甘い蜜に漬け込まれていた様子のそれはひと口で食べていいものではないと思うが、魔塔主はその後に急いでお茶を飲むというわけでもなく、何食わぬ顔でまた同じお菓子を口に入れた。
もしかして、見た目ほど甘くはないのだろうか? と思ったが、私の疑問を読んだように執事が言った。
「あのお菓子は南国の暑い地域で食べられているものですが、地元の者でもあのように一口で食べたりはしませんし、必ずたっぷりの冷たいお茶をたくさん飲むのです」
「そうですか……」
「リヒト王子とカルロ様はまだ6歳だとお聞きしております。あのように極度に甘いものはお体によろしくないと思いますので、他のお菓子がおすすめです」
「ありがとうございます」
興味を持って「食べてみたい」と言う前に教えてもらってよかった。
テーブルに並ぶ見慣れないお菓子に関しても執事は一つ一つ丁寧に教えてくれた。
どうやら、帝国傘下にあるさまざまな王国のお菓子のようだ。
「カルロ、半分ずつ食べてみないか?」
私がそう提案するとそれまで大人しく黙っていたカルロが嬉しそうに「はい! リヒト様!」と返事をしてくれた。
やはりカルロはとても可愛い。
私たちの様子を見た執事が王国ごとにお菓子を取り分けて半分に分けて私たちの前に置いてくれた。
私がお礼を言うと老執事はニコニコと嬉しそうだ。
「執事、お菓子のおかわりをください」
「魔塔主様、今でも十分にお体に悪いと思いますのでお控えください」
「治癒魔法も使えるし、上級ポーションを持っているので問題ないです」
「そういう問題ではございません」
執事の厳しい言葉に魔塔主は不満そうな表情を見せた。
「魔塔主は甘いものが好きだったのですね」
「糖分は脳への栄養……」
この世界にも栄養の概念があったのか?
健康維持は治癒魔術に頼っているようだったから栄養学など存在しないものと思っていたが?
「……昔、そう言っていた人がいたんですよ」
魔塔主が少しだけ微笑んだ。
嘘くさくない穏やかな笑顔は初めて見た。
捻くれ者の魔塔主にそんな顔をさせた人の存在に少し興味があったが、その時、文官のような男がノックをして部屋に入ってきた。
「エトワール王国 リヒト王子、オーロ皇帝がお会いになるそうです」
緩みかけていた緊張感が一気に戻ってきた。
次の更新は8月31日 午前8時です。
よろしくお願いします。