205 王女の努力
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皆が模擬戦を終えて休憩している時だったために、リリアネットのその呟きは生徒たちの目を引いた。
「姉上?」
テオと対等に模擬戦をしてくれていたザハールハイドがリリアネットを呼んだ。
「どうして」と再び繰り返されたその声は少し震えていた。
「どうして、皆さん、わたくしより実力があるのですか? この学園には、魔法に興味があって来たわけではないですよね?」
リリアネットの言葉に2年生のほとんどの生徒がその瞳を揺らした。
それだけで、リリアネットの言葉を肯定しているようだった。
「皆さん、情報収集のためにそれぞれの国の王から送り込まれたはずです。それなのに、必死に、これまで魔法を学んできたわたくしよりもどうして実力があるのですか?」
決して声を荒げたりはしないが、その声は悔しそうで、ひどく苦しそうだった。
リリアネットに正面から答えられる者はいなかった。
情報収集を主な目的として国王から入学するように言われてきたのは、みんな、その通りだったからだろう。
「リリアネット様、それはこの学園が魔法学園だからです」
私の回答にリリアネットはどういうことかと問うように私の顔を凝視した。
当たり前のこともすぐには受け入れられないくらいに悔しさが募っているのだろう。
「この学園は魔法に特化した学園なのですから、ほぼ独学のような状況で魔法を学んだ者よりも上達が早いのは当然のことですし、それができなければ学園の意味はないでしょう」
「独学ではありません! 魔塔から家庭教師を雇って基礎を学んだのですから!」
魔塔から家庭教師を雇ったという言葉にその場にいた生徒たちは微妙な空気になった。
この場には上級貴族もいるが、ほとんどが王子や王女なのだ。
そのため、私もそうだが、魔塔から家庭教師を雇って魔法を学んだ生徒は多い。
しかし、魔塔の魔法使いたちは魔塔主がそうであったようによほど興味を持った相手でなければ長いこと面倒を見てくれることはない。
王子や王女がしっかりと基礎を理解して、初級魔法が身につくまで面倒を見てくれる者はいないのだ。
授業はしてくれるが、その授業を元に基礎を理解して魔力量を把握し、初級魔法の魔法陣を覚えるのは王宮魔導士との二人三脚になるか、個々の努力によるものだ。
それでも、高額な報酬を支払って魔塔の魔法使いを家庭教師に雇うのは、彼らが最高位にいる魔法使いであり、そうした存在は学ぶ者の道標になるし、初級魔法を使って自身の属性を探す時に万が一危険な状況になっても魔塔の魔法使いならば確実にその事故を防げるからだ。
だから、魔塔の魔法使いを家庭教師につける王族は多いものの、彼らに学んだから独学ではないと言えるかというと……そこに、リリアネット自身の多大なる努力があったことは確かだった。
私は杖を握るリリアネットの手を見つめる。
詠唱での補助か、杖での補助、そのどちらか自分に合った補助で魔法を行使するのが一般的だが、リリアネットは詠唱も杖も使っていた。
それは、きっと、彼女が誰よりも早く魔法陣を構築しようとした努力の証だろう。
「私は、リリアネット様の努力に敬意を表します」
リリアネットの悔しい気持ちが少しでも落ち着くことを願って私は微笑んだ。
「膨大な本を読み、一緒に学ぶ仲間もいないなかで一人で魔法の鍛錬を重ねてきたリリアネット様がこの学園で学べば、魔塔に入る実力になることも夢ではないかもしれませんね。あなたはすでに努力をすることを知っているのですから」
悔しそうにしていたリリアネットの表情が崩れ、ポカンッと少し間の抜けた可愛らしいものになった。
それから、リリアネットは私から顔を背けて弟のザハールハイドを見た。
「ザハール!」
「はい、姉上」
「これ、素なのよね?」
姉からの不思議な質問を即座に理解して、ザハールハイドは神妙な表情で「はい」と頷いた。
さすが姉弟だ。
私には二人の会話の内容がわからないが、リリアネットの耳が赤い。
悔しいという強い思いが肌を赤くしたのだろうか?
「全く、リヒト様は!」
なぜかカルロが拗ねたような声を出して、私の腕に腕を絡めてきた。
急に甘えたが発動したのだろうか?
非常に可愛いが、みんなの前なので少し恥ずかしい。
リリアネットは胸に手を当てて、少し息を吐いて自身を落ち着かせてから2年生に向き直った。
「皆様のお力を羨み、失礼なことを言ってしまいました。申し訳ございません。けれど、どうして皆様がこのように魔法の力をつけることができたのか分かりましたわ」
なぜかリリアネットは私をチラリと見て、すぐにみんなに視線を戻した。
「わたくしもこれまで以上に精進してまいりますので、今後ともご指導ください」
礼を尽くしたリリアネットに対して、代表としてナタリアが前に出て謝罪を受け入れた。
「わたくしたちもリリアネット様に追い抜かれないように今後とも精進いたしますわ。よろしくお願いいたしますわね」
リリアネットの魔法の才能は明白なので追い抜かれないのは無理かもしれないが、余計なことは言わないでおく。
「わたくし、2年生の皆さんとお昼をご一緒してもよろしいですか?」
リリアネットの申し出をナタリアを始め、他の2年生も受け入れてくれたようだった。
仲良くなれそうでよかったと私が彼女たちから離れようとすると、リリアネットが急に私の腕に腕を絡めた。
反対側の私の腕にくっついていたカルロがあからさまにムッとした表情を見せる。
「どちらに行かれますの? わたくし、リヒト様ともお昼をご一緒したいのですけれど?」
「姉上!!」
リリアネットが上目遣いで見てきて、ザハールハイドが慌てて私からリリアネットを引き剥がそうとする。
「申し訳ございませんが、私はこれから魔塔主とハバル先生と相談がありますので」
私はそっとリリアネットの手を腕から外した。
その途端、ナタリアが満面の笑顔でリリアネットの手を握って、訓練場の扉へ向かって歩いて行った。
この学園の中では生徒は皆平等としているけれど、本来ならば一番身分が高いのは皇帝の孫であるナタリアだ。
しかし、ナタリアはそうしたことは気にせずに誰とでも仲良くなろうと自ら歩み寄ってくれる。
さすがヒロイン。優しくていい子に育っている。
訓練場の出入り口に近づくと、扉のすぐ脇に立っていたヘンリックが困ったように笑って言った。
「できれば、ノーマークだった人物を急にたらし込むのはやめていただきたいです」
ヘンリックは一体なんのことを言っているのだろうか?
私はヘンリックの言葉の意味がわからずに首を傾げたが、カルロが「全くです!!」と改めて頬を膨らませた。
アルファポリスのキャラ文芸大賞エントリー中。
『化け猫拾いました。』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/135536470/153930155
ちょっとオレ様気質な化け猫 & JKうようよコンビのハートフルコメディ。
迷子イタチを探したり、稲荷神社のお狐様とお話ししたり、化け猫を拾ったうようよの不思議な日常を描いています。
切りのいいところまで書いて、ひとまず完結としてあります。
文字数も少なく、一気読みに最適です!
一月末までキャラ文芸大賞の投票が行えますので、ひとまず読んでみていただけますと嬉しいです!
面白ければ、続きを書くチャンスをいただけるかもなので、投票よろしくお願いします☆