198 平穏な入学式
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昨年は残念な王子がいたせいで微妙な空気になった入学式も、ある意味昨年のおかげで今年は実に静かな入学式となった。
誰もが魔塔主とオーロ皇帝の存在を気にして、入学式では悪目立ちしないように大人しくしている感じだった。
入学式がスムーズに進んで非常にありがたかった。
今年は平民枠で一人だけ入学した者がいた。
それはエトワール王国の下町でカルロから魔法を学んだテオだ。
私が生徒会長として挨拶する際に壇上からテオの姿を探すと、一際美しい髪色の少年に目が止まった。
その少年と目が合うと彼は親しげに微笑んでくれて、私は驚いた。
美しい水色の髪色をしたテオを見て、私はテオがゲームの攻略対象であることに気づいた。
下町に来た頃のテオは茶色の髪で、顔にはそばかすがあったが、髪は美しい水色に、そして顔のそばかすはきれいに消えていた。
「テオ、入学おめでとう」
入学式後に行われるパーティーで私はテオに声をかけた。
この場でテオの知り合いは私とカルロだけだ。
他の入学生には両親のどちらかが来ていたり、兄弟姉妹が来ていたりする。
王族がそんな簡単に他国に来ていて大丈夫かと心配になるが、オーロ皇帝や魔塔主と話せる機会などそうあることではないので、この機会を逃すまいと多くの国が王族の代表を送り込んできているのだ。
魔法学園に入学させる年齢の子供がいない国からも、入学生に祝いの品を贈りたいからパーティーへの出席をさせてほしいという申し出がくるほどだ。
それほどオーロ皇帝と……それ以上に、魔塔主と言葉を交わせる機会は貴重なのだ。
もちろん、王侯貴族の来訪者が増えるなど面倒が増えるだけなので、そうした申し出は全て断っている。
ちなみに、傍若無人の魔塔主が興味のない人間と言葉を交わすはずもなく、王侯貴族から話しかけられても全無視でスイーツを頬張っている。
「リヒト様、カルロ様、ありがとうございます」
私たちの姿を見たテオはあからさまにほっとしている。
テオだって元は貴族なのだが、親から他の貴族に売られるというひどい裏切りに遭い、さらにテオを囲っていた貴族も裕福な家ではなかったし、テオに教育も作法も教えてはくれなかったため、このような場での立ち居振る舞いをテオは知らなかった。
だから、テオは一人、壁際に立っていた。
しかし、壁の花とはよく言ったもので、壁際にいようとも花は花。
テオは人目を引いていた。
以前の茶色の髪色の時にも愛らしい顔をしていたテオだったが、そばかすが消えて水色の髪色になったテオは美少年になっていた。
目立たぬように壁際にいても、その姿をこっそりと見る令嬢や奥方がいるほどに。
「テオ、飲み物をもらっていないのですか?」
もうすぐ学園長であるルシエンテ帝国の皇太子が壇上に現れて乾杯するはずだ。
給仕の者もそれをわかっていて、漏れがないように飲み物を配っているはずで、これだけ人目を引く容姿のテオを見落とすはずもないと思うのだが?
「僕も飲んでよかったのですか?」
どうやら、テオの方から断ってしまったようだ。
「もちろん。今日の主役はテオだからね?」
「僕がもらってきます」
カルロが給仕の者の元へと向かう。
「カルロ様のお手を煩わせるわけには……」
そう言って動こうとするテオを、私はその手を握って止める。
「今日はテオが主役でしょう? 私たちに任せてパーティーを楽しんでください」
「あ、ありがとうございます」
テオの頬が染まり、私の手をそっと握り返してきた。
王侯貴族の間に一人でいたのがよほど心細かったのだろう。
「学園に慣れるまでは辛いかもしれませんが、何かあればすぐに私に言ってください」
「はい!」と笑ったテオの笑顔は明るかったから、私は安心した。
しかし、私の考えは甘かったのだ。
いくら魔法学園の中では皆平等で身分は関係ないとは言えど、王侯貴族にとって平民とは、自分たちとは全く違う異物のようなものだったようだ……
「これじゃキリがないぞ!!」
炎の魔法を纏わせた剣を振るって魔虫を斬っていたランツが叫んだ。
新入生の入学式が終わった翌日の授業から、2年生に進級した私たちはさっそく魔虫討伐のためにプタン王国に来ていた。
プタン王国の王子であるローナン・プタンの案内で訪れた広大な牧草に大量の魔虫が発生していた。
魔力のせいなのか、この世界の虫は前世で私が住んでいた日本にいた虫より基本的に大きい。
小さいものでも、前世の世界の亜熱帯に生息する虫くらいのサイズはある。
そして、目の前にいるバッタのような形状の魔虫は、前世の中型犬くらいのサイズだった。
そんなのがわしゃわしゃいる。
つまり、ものすごく気持ち悪い。
この気持ち悪い光景を見た生徒たちは、青い顔をしながらも皆、私に視線を向けた。
その目は一様に、さすがにこれは倒してもいいよね? と訴えかけていた。
前世から動物が好きだった私は魔獣討伐には抵抗はあったものの、もともと虫は得意ではない。
無害な虫はできるだけ殺さないようにしていたが、害のあるものならば別だ。
私はみんなに頷きを返した。
「害虫を一掃しましょう!」
そう言った私の顔も青かったに違いない。




