196 自由 03(ニカン視点)
お読みいただきありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけますと幸いです。
いいねやブックマーク、評価や感想等もありがとうございます。
皆様の応援で元気をもらっています。
「私を魔法学園の文官にですか?」
別棟の客室に通してお茶を出すと、第一補佐官は私に会いにきた理由を話した。
「ニカンくんは文官の試験には受かっていましたよね? これまでは元愛妾の子たちのまとめ役として別棟の管理を主にやってもらっていましたが、彼らも自分のことは自分でできるようになりましたし、文官の試験に受かった子たちもいますから、ニカンくんに新しい仕事をしてもらうのもいいかと思いまして」
魔法学園と言えば、リヒト様がお作りになった学園で、管理も自ら行っていると聞いている。
つまり、魔法学園の文官になるということは、リヒト様の部下になることと等しい。
「あ、あの……前王の元愛妾である私がそのような場所で働くことをリヒト様はお許しになるのでしょうか?」
リヒト様はあの慣習を嫌って、エトワール王国を帝国に売り渡したのだという噂もある。
貴族たちに虐げられていた子供たちの保護施設には自ら勉強を教えに行っていたようだが、前王の庇護下にあり、前王を嫌悪するどころか前王に媚びて生きてきた元愛妾たちのことを嫌っていても不思議ではない。
その証拠に、リヒト様はあの日以来、私たちの様子を見にきたことはなかった。
「ニカンのことはリヒト様からお申し出があったのです。別棟で帳簿をつけていた少年がまだ別棟で燻っているようなら魔法学園に借りたいと」
「……借りたいということは、一時的に人員が必要ということでしょうか?」
正式に魔法学園専用の文官としてもらえるわけではないということだろうか?
「いいえ」と第一補佐官は首を横に振り、にこりと笑った。
「借りたいというのは、リヒト様のご命令の伝え方の癖のようなものです」
「癖、ですか?」
第一補佐官は私をまっすぐに見て説明してくれた。
「人生とは本人にこそ決定権があるものですから、命令に強制力を持たせるのはおかしいと考えているのです。ですから、ニカンの時間を貸して欲しいという意味です。リヒト様からのご命令を断るのも、一度だけ引き受けて辞めるのも、そのままその仕事を継続するのも、ニカンの選択次第です」
「……私の選択次第?」
第一補佐官は肯定を示して頷いた。
しかし、私のような者が王侯貴族に逆らうことが許されるのだろうか?
……それを、リヒト様は許してくださるというのだろうか?
選択の自由とは自分から掴み取らなければいけないと思っていたのに、それをリヒト様は与えてくれるというのだろうか?
「リヒト様は強要しません。この話を受けるかどうかはニカンが決めてください」
第一補佐官の言葉に私は困惑した。
下の者に強要しない権力者などこれまで見たことがなかったからだ。
「リヒト様が私に強要しないのは、リヒト様がまだ子供だからですか?」
そんな私の言葉に第一補佐官が不思議そうな顔をした。
それはそうだ。リヒト様はこの国の王子だ。
子供とか大人とかそんなことは関係のない権力者だ。
しかし、第一補佐官から帰ってきた答えは私が思ったものとは違っていた。
「リヒト様は大人なので、子供や若者の自由意志を尊重しているのです」
「大人……? リヒト様が?」
私はますます困惑して、不躾にも眉間に皺を寄せて怪訝な表情をしてしまった。
美しくない表情は前王の前では決して許されなかったというのに。
「見た目と精神年齢が同じとは限らないことは知っているでしょう? リヒト様は、悪い大人には容赦のない方ですよ」
容赦のないリヒト様のお姿など、全く想像ができなかった。
しかし、リヒト様のお心が実年齢よりも大人だというのはわかる気がする。
初めてお会いした時、私よりずっと小さな体なのに、その眼差しは私より、私の周りにいた大人たちよりもずっと大きな存在に思えた。
「あ、あの、ひとつお願いがあるのですが……」
18歳の私をご自身よりも子供だと見做してご配慮してくださるというのならば、すこし我儘を言っても許してもらえるだろうか?
ダリアも一緒に魔法学園に連れていくことができないか聞こうとした私に、第一補佐官は微笑んだ。
「ダリアくんのことでしたら、一緒に連れて行っても大丈夫ですよ」
私は驚いて、思わず第一補佐官を凝視してしまった。
「どうして、ダリアのことだとわかったのですか?」
「最年少のダリアくんのことをリヒト様も気にかけておられましたから」
その後、第一補佐官が話してくれたことによると、リヒト様は我々を嫌って別宮に寄り付かなかったわけではなく、元愛妾たちにあらぬ期待をさせないために足を運ばなかったのだという。
リヒト様は前王のことを嫌っていたようだが、自分がその前王によく似ていることも理解していたようで、元愛妾たちにその姿を見せては前王からの呪縛から解き放たれないだろうという配慮だったそうだ。
魔法学園への初出勤の日、リヒト様がおられる生徒会室へとご挨拶に伺った。
その際、リヒト様の後ろに立たれるリヒト様の従者と目が合った。
その従者の姿に、ランシェント様を思い出す。
別に彼がランシェント様に似ていたということではない。
別宮の庭で彼がランシェント様と会っていたことを思い出したのだ。
ランシェント様のお姿を見た最後の日、ランシェント様は珍しく優しく微笑まれたが、今思い返すとランシェント様の様子が変わられたのは彼と会ってからではなかっただろうか?
「ニカン? カルロと知り合いでしたか?」
リヒト様が不思議そうに首を傾げた。
「知り合いではありません」
私が口を開く前にカルロと呼ばれた従者がキッパリと否定した。
その目はとても冷たく、私は本能的に余計なことを話してはいけないと感じた。
彼はどうやら別宮に来ていたことをリヒト様に知られたくないようだ。
私は魔法学園で、リヒト様のお膝元で平穏に過ごすために、作り笑いをして見せた。
たとえ、彼のせいでランシェント様が消えたのだとしても関係はなかった。
ランシェント様と前王がいなくなった後の方が、私にとっては過ごしやすく平穏な日々だったのだから。
それは、リヒト様の配慮があったからだろう。
そして、これからはリヒト様にお仕えできるのだ。
ただの文官だから側近としてお顔を見ることができる毎日ではないだろうが、それでも、これから始まる日々に期待している自分がいる。
誰かに虐げられたり利用される日々ではなく、ただ自分の意思で決断できる毎日を過ごせるはずだ。




