195 自由 02(ニカン視点)
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前王の寵愛がなくなってから一年ほどが経った12歳の春、前王の孫だという王子のお披露目が行われた。
前王は孫の話などしたことがなかったから、我々別宮で過ごす者たちにとっては寝耳に水の話だった。
それでも、愛妾たちにとって重要なのは前王の寵愛だ。
前王の寵愛さえあれば贅沢に暮らしていくことができるわけで、そして、自分たちに優しい前王の愛情がなくなることなど決してないと信じていた。
私自身、前王がボケたり亡くなったりしない限りはここでの生活に変化などないだろうと思っていた。
自分が追い出されるかどうかは別として。
しかし、私たちの予想に反して、王子のお披露目の日から愛妾たちの生活は一変した。
相変わらず、贅沢な食事を食べることはできていたし、衣服も豪華だったが、前王から名前を呼ばれることが一切なくなり、視線さえも向けられなくなったのだ。
前王にとって、愛妾たちはまるで城の装飾品の一部のような存在になったようだった。
見ているようで見ていない。
視界に入っていてもわざわざ注目することがない存在だ。
時に、自分から甘えに行く愛妾もいたが、前王が視線を向けることはなく、まるで虫でも払うように手を軽く振るだけだった。
前王は愛妾たちへの興味を完全に失い、この世でたった一人、王子だけに執着するようになった。
しかし、それが孫に向ける祖父の情愛でないことだけは私たちにもわかった。
前王はランシェント様相手にお披露目で初めてお会いしたという王子……リヒト様のお話ばかりするようになった。
「ランシェントよ。リヒトは幼い頃の私に瓜二つではないか?」
「もっと幼い頃に見ておけばよかった」
「あれをそばに置く手立てはないだろうか?」
「あれこそが私の理想だ」
「ランシェント、あれが欲しい。なんとかせよ」
「あれが手に入るのならば何を失っても構わん」
これまで、前王の望みならばなんでも叶えてこられたランシェント様だったが、今回の願いばかりは叶えるのが難しいご様子だった。
噂によると、リヒト様は魔塔主と帝国のオーロ皇帝のお気に入りだそうで、容易に手が出せる相手ではないそうだ。
そんなリヒト様に私がお会いしたのは、ランシェント様が前王と共にお姿を消してからのことです。
ランシェント様はいつも何を考えているのかわからないところのある不思議な方ではありましたが、最後にお会いした時には珍しくお優しい微笑みを浮かべていました。
「ニカンなら大丈夫でしょう。あとのことは任せました」
私にそうおっしゃった後、ランシェント様は前王がお昼寝をしている寝室に入り、その後姿を消しました。
初めてお会いしたリヒト様は私よりも5歳も年下のはずなのに、私よりもずっと大人のように感じる不思議な方だった。
前王の庇護がなくなれば、この国の慣習を嫌っている現王によって我々は城からすぐにでも追い出される可能性もあったのに、リヒト様は別宮を維持するための経費とご自身の予算で私たちの生活が最低限維持されることを考えてくださり、働いて学び、成長した後にも生きていくのに困らないようにしてくださった。
そうした王子の配慮がわからない元愛妾たちには繰り返し、これはリヒト様からの最大限の温情なのだと繰り返し伝えてきたのだが……
私は、リヒト様をひどいと文句を言う元愛妾たちに嫌気がさしてきた。
ランシェント様が前王と共に姿を消してからもう6年が経ち、私も18歳になった。
当時、前王の愛妾だった者たちは6歳から9歳の子供だったけれど、彼らも成長して前王が戻ってきたところで愛妾として可愛がられる年齢ではない。
むしろ、その年齢になっても城にいることが許されているのは前王がいないからだ。
元愛妾の中には試験に受かって文官になった者もいるし、城の中で出会った貴族に見初められて城を出た者もいる。
それほど勉学が得意ではなく、文官の試験に落ち、将来に不安を抱えている者がリヒト様への悪口を言っていることが多い。
自分の努力不足や能力の低さを他人のせいにしている者たちの相手は疲れる。
ランシェント様からあとは任せたと言われていたし、リヒト様への恩義もあって、これまで別宮に残って元愛妾たちの面倒を見てきたのだが、そろそろ私も城を出て、新しい人生を歩み出してもいいかもしれないと考えるようになった。
「ニカン、難しい顔をしてどうしたのですか?」
元愛妾たちの中でも最年少のダリアが私を見上げてきた。
もう12歳になるのだが、私が12歳だった頃よりも随分と小柄であどけなさが残る。
ダリアはまだ成人前で、最近やっと調理場での手伝いを許されたばかりだ。
そんなダリアを城に残していくのは気が引ける。
かといって、外での職を見つける前にダリアを連れて城から出る勇気はない。
生活できる保証もないのに連れ出すのは無責任だろう。
「ニカン?」
首を傾げて見上げてきたダリアの頭を撫でる。
その時、別宮に入ってきた者の姿があった。
「失礼しますよ」
第一補佐官だ。