194 自由 01(ニカン視点)
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「ニカン! 聞いてください!」
文官見習いの仕事から帰ってきたルイスが不機嫌そうに言った。
「どうしたのですか?」
前王がいた頃には何もせずとも食べ物や衣服、豪華な装飾品が与えられるという贅沢な暮らしをしていた前王の愛妾たちは、前王がいなくなってから掃除、洗濯、調理場の手伝いなど、できることをなんでもやってきた。
読み書きや算学を教わり、10歳を過ぎた頃から文官の助手として城の中を動き回り、計算の手伝いなどを任せてもらえるようになると文官見習いと呼ばれるようになった。
「リヒト様の予算管理に関わっている文官に聞いたのですが、下町で保護されている子供たちには無償で勉強を教えているそうなんです! リヒト様は僕たちには働けって言ったのに! 差別だと思いませんか!?」
私は頭が痛くなった。
すこし考えればわかることを私は何度彼らに説明してきただろうか?
「それは差別ではありません。下町に保護された子供たちの生活費や勉強の費用も、我々の家庭教師の費用もリヒト様の予算から出されているそうです」
前王の元愛妾たちはだからどうした? という顔をしている。
「子供ひとりひとりに平等に費用を使っているということは、彼らに与えられるものと、私たちに与えることができるものは当然違います」
「……どういうこと?」
ルイスが首を傾げた。
「つまり、彼らと同じように無償で教育をして欲しければ、それだけ食費などの生活費を抑える必要があるということです。ふわふわのパンも柔らかい肉も食べられません。フルーツやケーキなどもってのほかです。硬いパンを齧り、肉の入っていないスープを飲むことになるのです。服は誰かが着古した中古のものを買うことになるでしょう。この別宮からも出る必要があるかもしれません」
貴族の親から前王に献上され、これまで贅沢しかしてこなかった彼らは青い顔をした。
「そ、そんなの無理です……」
「下町は地獄ではないか?」
「やはり、リヒト様はひどい人です!」
「他の子供たちがかわいそうだ」
本当の地獄を知らない者たちがそんな馬鹿らしいことを言って震えている。
なんとも滑稽だと思った。
前王の好みの姿で生まれた彼らは、貴族の両親から前王の献上品として大事に育てられたようだった。
そして、献上された後も、年齢の割にひどく若く見え、美しい前王に愛されることを誇りにさえ思っていたような者たちだ。
そんな元愛妾の彼らとは違い、私は親に捨てられてしばらく一人で貧民街の路地で過ごした後に孤児院に拾われた。
シュレガー領のシスターに拾われて孤児院に入った私にシスターたちも神父も優しく接してくれ、とてもよくしてくれた。
水は貴重なのに毎日のように風呂に入ることができ、食事も十分に食べさせてくれた。
そして、ガリガリでみすぼらしかった私の体に程よく肉がつき、貧相な見た目ではなくなったある日、いつもよりも綺麗な服を着せられ、孤児院に多大な寄付をしてくれる領主様の出迎えをさせられた。
シュレガー伯爵は私を見下ろし、どこか満足そうに頷いた。
「いいですね。すごくいいです」
私の頭を撫でてくれた伯爵様の手は優しくて、私は自分の心が何かを期待してワクワクしたのを覚えている。
伯爵様は孤児院に多額のお金を払い、私を引き取った。
そして、様々な家庭教師をつけてくれた。
基本的な読み書きに算学、それから礼儀作法を教えられ、私は一生懸命に学んだ。
また親に捨てられるようなことにならないように、伯爵様が喜んでくださるように、必死に努力した。
そんな私の姿に、シュレガー伯爵も満足そうだった。
そして、私を引き取ってから一年ほどが経った頃、シュレガー伯爵は豪勢な食事を用意して私を労ってくれた。
「思ったよりもずっと早く授業を終えることができましたね。君は本当に素晴らしい」
美味しい食事以上に、私はシュレガー伯爵から褒められたことがとても嬉しかった。
その翌日、私はシュレガー伯爵と王城へと行き……
シュレガー伯爵が孤児院に払った何倍もの金貨といくつかの利権と交換に売られた。
その時、私はやっと理解したのだ。
シュレガー領の孤児院もシュレガー伯爵のお屋敷も養豚場のようなものだったのだと。
ただ、彼らは前王へ売るものを育てていただけなのだ。
前王に会って、私が前王の好みの見た目をしていることを知った。
前王の周りには常に金髪碧眼の美しい少年たちがいた。
しかし、彼らは成長するにつれて寵愛を受けることはなくなり、そのうち、他の貴族に下げ渡されたり、優秀な者は別宮から出されて文官教育をされているようだった。
これ以上、大人の好きにされるのが嫌だった私は、前王の従者であるランシェント様に自分を売り込むことにした。
シュレガー伯爵に感謝することがあるとするならば、私に読み書きと算学の家庭教師をつけてくれたことだろうか?
他の愛妾たちは前王の元に来る以前から贅沢放題、我儘放題だったのか、まともに読み書きも算学もできない者たちだった。
私はランシェント様の仕事を手伝うようになり、計算能力を認められ、帳簿を任されるようになった。
そして、前王の寵愛がなくなった後も、ランシェント様の助手として別宮においてもらえたのだ。