190 欲望 04 (第四補佐官視点)
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「ヴェアトブラウの花畑の近くに氷のダンジョンをひとつ用意しました」
ジト目のカルロに呼ばれて、リヒト様の婚約者になったカルロから長年の恨みを返されるのかと思ってついていくと、カルロが向かったのは王の執務室の隣、つまりリヒト様の勉強部屋 兼 執務室だった。
困惑している私にリヒト様は笑顔でソファー席をすすめてくださり、唐突に言われたのがそんな言葉だった。
敬愛するリヒト様から私に直接向けられた貴重な言葉にも関わらず、私は単純に喜びに浸ることはできなかった。
むしろ、お言葉の意味がわからずに未来の主に対して不敬にも首を傾げた。
「ダンジョンを用意……ですか?」
ダンジョンとは、意図的に用意できるものではない。
しかし、リヒト様は言葉を訂正することもなく頷いた。
「はい。観光名所として用意しましたので、第四補佐官にはダンジョンの管理をお願いしたいのです」
念願のリヒト様からのご命令に舞い上がりたい気持ちを抑えて、私は不敬にも再び確認する。
「あ、あの、リヒト様にお尋ねしたいのですが」
「はい」と微笑まれたお姿はあの日奥庭で見た美しい姿と変わらない。
むしろ、年々美しさが増しているような気さえする。
「ダンジョンを用意したということは、ダンジョンをお作りになられたということでしょうか?」
そんなまさかと思いながらも、リヒト様ならばあり得るのではないかという期待もある。
そして、そんな私の期待にリヒト様はあっさりと頷かれた。
「魔塔主の指導の元、魔法学園の男子生徒たちで作ったのですが、みんなには口外しないための魔法契約を結んでもらっています」
「ですから」とリヒト様は人差し指をご自身の口元へと持っていかれた。
「第四補佐官もダンジョンが生徒たちによって作られたものだということは秘密にしてくださいね」
「はひっ!」
あまりの愛らしさに噛んでしまった。
美しい上に愛らしいとか、私のお仕えする方は素晴らしすぎないだろうか?
ついに、私もリヒト様から直接お仕事をいただくことができたのだから、私はリヒト様のしもべとなったと考えていいだろう。
そんな私の主のご尊顔の前に、スッとよく手入れされた白い手が差し入れられた。
見れば、リヒト様の後ろに控えていたカルロがリヒト様のお顔を隠していた。
「リヒト様、サービス過剰です」
敬愛する方の美しいお顔を隠されて私は思わず眉間に皺を寄せてカルロを睨んだ。
リヒト様の従者という立場だけでも羨ましかったのに、カルロはリヒト様の婚約者という立場まで手に入れた。
「カルロ、第四補佐官と仲良くしてくださいね」
カルロの手を掴んで目の前から退かせながらリヒト様はおっしゃった。
私はすぐに眉間の皺を消して、表情を取り繕う。
「二人にはこれから協力して観光名所を盛り立ててもらわなければならないのですから」
リヒト様のお言葉に衝撃を受けたのは私だけではなかったようで、カルロもその目を見開た。
「リヒト様、それはどういう意味でしょうか?」
「どうして、第四補佐官と協力など……」
くすりと笑ったリヒト様も可憐だ。
「カルロにはヴェアトブラウの花畑の管理を任せているでしょう? ダンジョンもこれからヴィント侯爵領の観光名所になりますから、お互いの協力が必須になると思いますよ?」
確かに、近くにある観光名所なのだから、お互いに旅行客を誘導することは大切だし、協力した方がお互いにメリットが大きいのは間違いない。
だが、しかし、カルロと協力?
私がカルロに視線を向ければ、憮然とした様子でカルロもこちらへ視線を向けた。
「第一補佐官から、二人はよきライバルだと聞いています」
私が一方的に羨んでいるだけなので、それをよきライバルとは言わないような気がする。
しかし、ライバルだと思われているのならば、協力させようとするのもおかしな話ではないだろうか?
「あ、あの、ライバルとの協力というのは難しいと思うのですが……」
恐る恐るそう言ってみたものの、リヒト様は「そうでしょうか?」と首を傾げた。
「たとえば、カルロがヴェアトブラウの花畑でイベントを開催するとします。第四補佐官はどうしますか? 黙って見ているだけですか?」
「それはもちろん、より魅力的なイベントを企画しますよ!」
私の即答にリヒト様はにこりと微笑まれた。
「そういうことです」
私は納得するしかなかった。
「どうして、ダンジョンの管理を引き受けたんですか?」
リヒト様の勉強部屋 兼 執務室から出ると、カルロがあからさまに睨みつけてきた。
「私がリヒト様の元で働きたいと思っていたことは知っていただろう?」
「私への八つ当たりの理由は知っていましたよ。第二補佐官からも、第三補佐官からも教えてもらいました」
あの二人は余計なことを……
「それなら、私がリヒト様から命じられた仕事を断るわけがないことはわかるだろう?」
カルロの仏頂面が酷くなる。
「私はこの日のために仕事を頑張ってきたのだから」
あの美しい方の元で働きたいという欲望を叶えるためにこれまで頑張ってきたのだ。
「リヒト様の隣に立つのは僕ですからね!」
カルロが眉尻を上げて睨んでくる。
きっと、カルロよりもリヒト様のお近くに立つことはできないだろう。
けれど、リヒト様の望む仕事……いや、それ以上の結果を出して、リヒト様に認めていただくことはできるはずだ。
私はカルロを挑発するようにニッと笑った。
「リヒト様に抱く欲望は尽きそうにないけどな」
次の瞬間、私はカルロの影から出てきた闇色の触手にぐるぐる巻きにされ、目の前が真っ暗になったかと思ったら、第一補佐官の足元、王の執務室に放り出された。
「……第四補佐官。あなた、またカルロに余計なことを言ったのですか?」
第一補佐官にはため息をつかれた。
リヒト様のすごさをより理解するために私は魔法に関する本を読み漁っていた。
しかし、闇属性についての本は本当に少なく、カルロのように影の触手を自在に操ったり、影の中に物を収納できるようなことは書いていなかった。
あまり研究の進んでいない闇属性の魔法だが、それでも人を自身の作った亜空間に入れて取り出すなんてことが容易くないことだけはわかる。
私はまたカルロに叶わないことを見つけて、悔しくなるのだった。