187 欲望 01 (第四補佐官視点)
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私は器用な方で、親の期待にはそれほど苦労せずに応えてきた。
だからと言って、特別親に可愛がられたということでもないし、親の期待に応えたいという気持ちがあったわけでもない。
見栄っ張りで、自分に飛び抜けた才能がないために子供に口うるさく言うというよくいるタイプの親で、たまたま器用だった私はそんな親の口を素早く塞ぐために彼らが望む結果を最短で出していただけにすぎない。
その結果、成人してすぐに城の文官となることができ、さらにその年の補佐官試験を受けることを許されて補佐官試験にも合格したために17歳という若さで補佐官になることができた。
補佐官の試験は優秀な文官しか受けることができず、試験を受けるためには上司の推薦がいる。
そのため、文官になって一年目で受験できたこと自体が異例であり、合格したことは奇跡とさえ言われた。
しかし、別に私の上司は私が優秀だから試験を受けさせてくれたわけではない。
むしろ、私の受験は厄介払いの意味合いが強いことを私は知っている。
私は客観的に見て仕事ができるタイプだ。
しかし、やる気はない。
納期までには納めるが、早く多くの仕事をこなすということはしない。
文官の仕事は多いため、怠けるタイプの人間はいらない。
そういうタイプは地方に飛ばすのが通例なのだが、私はその年の文官試験首席合格者だったから左遷させるにはそれなりの理由が必要だった。
しかし、のらりくらりとしつつも仕事はできているために文官をまとめる大臣に印を押させるほどの理由がない。
困り果てた私の上司は、左遷させることができないなら出世させてしまおうと思ったようだった。
そして、私は異例の若さで補佐官となった。
子爵家にとっては出世できる最高の地位とも言えるため、見栄を張ることしか生きがいのない両親は喜んだ。
祝賀パーティーを開くから休暇をもらって帰ってこいと言っていたが、仕事があると断った。
文官の仕事もそれなりに忙しかったが、多岐に渡る王様の執務の補佐をする仕事はその何倍も忙しかった。
大臣や領主を招集しての会議があれば、その前後は寝る暇もないほどだった。
しかも、これまでは貴族の子女が通う学園でも、職場でも優秀の部類に入り、手を抜いていてもなんとなく許されてきたのに、補佐官というのは飛び抜けて優秀な人間の集まりのために手抜きなどしているとすぐに指摘が入る。
さらに、全員、異常なほど真面目。
正直、私は王の執務室という職場で、初めて生き難さを感じた。
心身ともに逃げ場がないという環境で、さらに泊まり込みの仕事。
発狂しかけた私は、他の補佐官が黙々と書類と向き合っている深夜、一人抜け出して奥庭にサボりに行ったことがあった。
奥庭には許可がなければ入ってはいけないのだが、廊下の窓から出て端っこの植え込みの影にいる分には叱られない。
もちろん、誰にも見つからないこと前提だ。
そうして、私が奥庭の隅でひっそりと休憩していると、王族の寝室などがある辺りのバルコニーに人影が出てきた。
深夜に一体誰が出てきたのかと目を凝らしていると、バルコニーの柵の上に現れたのは小さな影だった。
その小さな影はふよふよと浮遊して、ゆっくりと庭へと降りてきた。
私はあまりの驚きに声もなく、ただじっとその影を見ていた。
そのうち、雲間に隠された月が出てきて、小さな影の人物を照らした。
金髪の美しい小さな幼児は王子だろう。
私はまだ王子とは面識がなかったが、両殿下には実はお子様がおられること、そのお子様が魔塔主も気に入る天才だということは補佐官になってから聞いた。
もちろん、親にも友達にも決して漏らしてはいけない秘密だと繰り返し注意された。
しかし、人の口に戸は立てられないもので、両殿下にはすでにお子様がいるらしいという噂は上位貴族の中でひっそりと流れている噂だった。
だから、私はお子様がいるという話はすんなりと信じたが、天才だという話には懐疑的だった。
どうせ、あのお人好しな王様が親バカなだけだろうと。
しかし、目の前の幼児は3歳になったばかりのはずなのに、浮遊魔法だけでなく、目の前でさまざまな魔法の練習をしている。
風属性の魔法で自由に空を飛んだり、水属性の魔法で空気中の水分を集めて水を束にして操ったり、土属性の魔法で植物の成長を促したり……
それに、王子の周囲がやけにキラキラして見えるのは、光魔法だろうか?
私も一応は魔法の基礎を学び、土属性の基礎魔法が使えるが、騎士になるのが嫌で文官になったから土魔法で防壁を作る必要はなく、ただ地味で使い道のない魔法が使えるだけだ。
土属性の魔法であのように花々を美しく咲かせて、草木の成長を促すことができるとは知らなかった。
しかも、リヒト様は成長を促した植物を元の状態に戻して、完全に魔法の痕跡を無くしてから部屋に戻られていた。
植物を成長させたのは土属性の魔法だったのだろうが、成長させた植物をまた戻すなど、それは土属性の魔法だったのだろうか?
もしかすると、光属性の魔法で植物の時を巻き戻すようなことができるのだろうか?
王子には寝ずの番がついているはずなのにあのように窓から出てきたということは、おそらく人を眠らせる魔法も使えるのではないだろうか?
それは光属性の魔法だろうか?
それともまた別の属性の魔法によるものなのだろうか?
こんなことなら、魔法ももっときちんと勉強しておくべきだった。
そうすれば、王子のすごさをちゃんと理解することができたのに……
ただ、これだけはわかる。
王子は、まさに稀代の天才だ。




