178 罪深き公爵 02
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グレデン公爵の妾とその子供の情報は自分の父親がまた愚かなことをしないかと見張っていたゲーツが集めたものだ。
「カルロ、ランツ様は無事だった?」
グレデン公爵と子息が酸欠で気絶したことを確認して、私はカルロに聞いた。
「はい。近衛騎士団の者たちと城に戻ったところでした。大きな怪我はありませんが、擦り傷などがありましたので、これから医師に診てもらうようです」
「報告ありがとう。念の為、城でランツや生徒たちの様子に気を配ってください。何かあればすぐに報告を」
カルロは再び影に潜り、城へと戻った。
「グレデン卿、ラズリさんを起こしに行きます。一緒に来てください」
私がグレデン公爵を処罰すると言っているのだから私の命に背くことはしないと思うが、それでも何かの拍子にカッときてグレデン卿が再び彼らを直接殺そうとするかもしれない。
人によっては身内に対してどうしても甘くなってしまう人もいるが、グレデン卿はそうではなさそうだ。
身内だからこそ許せず、公爵家そのものを消してしまいたいと思っているようだった。
「皆さん、ラズリさんを連れてくるので、少し待っててください」
王宮近衛騎士団は王宮へと戻す必要があるため、ラズリにもう一度、みんなを転移魔法で移動させてもらう。
私では一人ずつしか移動させられないので、眠っていてもラズリのことを起こそうと思っていた。
私はラズリを思い浮かべてラズリの元へと転移した。
マルクに「寝る」と言っていたラズリは宣言通りに魔塔の部屋で寝ていた。
「ラズリさん、起きてください」
ベッドの上のラズリに声をかけるが起きる様子はない。
数度声をかけたが熟睡している。
そうこうしているうちに魔塔主が転移魔法で部屋に入ってきた。
おそらく、魔塔内に侵入した私の魔力を探知してきたのだろう。
「リヒト様、このようなむさ苦しいところで何をしているのですか?」
「ちょっと色々ありまして、ラズリさんが王宮近衛騎士団をグレデン公爵領へと連れて行ってしまったのでこちらに戻して欲しいのです」
「リヒト様はまだ複数人の転移魔法を使っていなかったのですか?」
魔塔主は不思議そうに首を傾げたが、失敗するかもしれないし、失敗した時にどのような結果になるのかわからないのに怖くて使えない。
「理論は分かりましたが、失敗のリスクがある以上、そう簡単には使えません」
「今は手を握っている相手ならば一緒に転移することは可能でしたよね?」
「はい」
頑張れば二人まで一緒に転移可能だったが、一人の方が確実に安全なので、一緒に転移するのはまだ一人に止めている。
「それなら、少人数から少しずつ人数を増やしてみましょう」
「いえ。複数人の転移魔法はそれほど修得したいとも思っていないのですが?」
一気に多くの人を運ぶ場面などそうないだろうし、魔塔主に並ぶような魔法使いになりたいとも特に思っていない。
しかし、私の考えなどお構いなしに魔塔主は話を進める。
「まずは私とラズリを公爵領まで転移させてみてください。護衛は手を繋いで転移するので問題ないでしょう。手を繋いでいない私とラズリのことも意識して転移してください。我々の魔力なら感じやすいでしょうし、万が一何かあっても私なら自分でどうとでもできます」
「……ラズリさんは?」
いくら魔塔の魔法使いでも熟睡中のトラブルはどうにもできないのではないだろうか?
「ラズリは時空のはざまで何か起こっても特に問題ないでしょう。妖精の肉体など半分あってないようなものですから」
それはつまり、半分が人間の肉体よりもエネルギー体に近い者だと言いたいのかもしれないが、半分は人と同じ肉体ということだ。
だがしかし、いま、複数での転移魔法の練習を断ったところで魔塔主のことだから、今後もしつこく私に複数人の転移魔法を修得させようとするだろう。
それならば、魔法学園で他の生徒を巻き込んでとかよりは、ラズリを巻き込む方がだいぶマシに思えた。
「わかりました。やってみます」
私はグレデン卿と再び手を握り、そして意識を集中する。
転移させる相手の存在を把握する。
魔塔主はそれを魔力を認識することでやっていると以前に言っていた。
魔法を使えない者でも、魔力が少ないだけで魔力が全くないわけではない。
その少ない魔力までも認識して、見えない範囲にいる者までも転移させることができるのが魔塔主だ。
魔法学園の教師役をしてくれた光属性の魔塔の魔法使いは、目で見てはっきりと認識できる範囲のものしか転移できないと言っていた。
現在の私は手を握ることによって相手の全体を認識して転移させる感じだ。
魔塔主のように魔力を把握して転移させることができれば最も多くの人間を一度に転移させることができるだろうが、急にそれを行うのは難しいだろう。
私は魔塔主とラズリを視界に入れ、感覚を研ぎ澄まして二人の魔力を感じるようにしてみた。
もちろん、同時に手を繋いでいるグレデン卿のこともきちんと認識する。
集中力を高め、魔法陣を思い浮かべて魔力を魔法陣の形に形成していく。
そして、魔力で魔法陣が出来上がった次の瞬間にはグレデン公爵領の地下室へと転移していた。
グレデン卿はもちろんのこと、魔塔主もラズリもいる。
転移魔法は成功だ。
ラズリはまだ起きずに床に横になる形で寝ている。
熟睡しているにしても、眠りが深すぎないだろうか?
「皆さん、お待たせしました」
その場には王宮騎士団が私の言いつけ通りに大人しく待ってくれていた。
「手を繋いでいない対象の転移も成功しましたね。それでは、次は誰で練習しましょうか?」
魔塔主の言葉に王宮近衛騎士団の騎士たちの表情が明るくなった。
「一人で転移するだけでもすごいのに!」
「複数人の転移を成功させるなんて……」
「さらに多人数でもできるのか!?」
「リヒト様ならば魔塔主にも勝てるのではないか!?」
とんでもないことを言い出した者がいて、私は慌てて皆を静かにさせた。




