144 わたくしの好きな人 01(ナタリア視点)
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リヒト様は初めて会った時から落ち着いた人でした。
わたくしと同い年のはずなのに、他の同じ年頃の少年たちとは全く違いました。
それまでは早くに亡くなったお父様のような落ち着いた大人の男性にばかり目がいき、同年代の男の子には興味が持てなかったのですけれど、リヒト様と初めてお会いした時にわたくしの心はときめきました。
わたくしのお父様はわたくしが4歳の頃に亡くなりました。
原因は叔父様を魔物から守ったことだったと聞いています。
お母様はわたくしを産む時に難産で亡くなったそうです。
わたくしはお母様の分までわたくしに愛情を注いでくれるお父様のことが大好きでした。
公務で忙しい日々の合間でも、お父様はわたくしのために時間を作ってくれて会いに来てくれました。
そんな父を突然亡くしたわたくしが祖父の元で教育され、溺愛されることになることは叔父様を推す貴族たちには予想外のことだったようで、皇太子の権利を無くした者の娘を贔屓にするのはいかがなものかという声も上がったようです。
しかし、そのような声に怒ったお祖父様はあまりにもうるさいようならば爵位を取り上げると貴族たちに公言したようです。
血を流さずに多くの国を帝国傘下に置いたとして名君などと国民に慕われているお祖父様ですが、たとえ血を流すことになっても躊躇うことはない怖い人です。
そんなお祖父様がエトワール王国という聞いたこともない小国の王子をお城に招待したと聞いた時には驚きました。
しかし、食堂でリヒト様の姿を一目見て、私はときめき、リヒト様ともっと親しくなりたいと思いました。
残念ながらリヒト様のそばには従者のカルロがベッタリとくっついていて、二人きりになることはできませんし、従者のカルロとの静かな攻防を見ていたリヒト様にはなぜか私がカルロを好きなのだと勘違いされてしまったようでした。
リヒト様は雰囲気だけでなく、考え方やわたくしへの接し方も本当に大人の男性のようでした。
けれど、驚くほどに鈍かったのです。
わたくしの気持ちだけではなく、常にそばにいるカルロの気持ちにさえ気づいていませんでした。
最初はカルロの気持ちに気づかない鈍さに先を越される心配はないのだと安心していましたが、あれだけそばにいてアピールされているにも関わらず気づかないということは、つまり、わたくしの気持ちに気づいてくれることはないということです。
だから、わたくしはお祖父様にお願いしました。
リヒト様の婚約者になりたいと。
けれど、わたくしの言葉にお祖父様は困った表情を見せました。
実は、お祖父様はすでに何度もリヒト様にわたくしの婚約者になってくれるように伝えていたそうです。
お祖父様でさえも気づいていたわたくしの気持ちに気づかないリヒト様の鈍さは本当にすごいと変な感心の仕方をしてしまいました。
お祖父様に何度もわたくしとの婚約話を持ちかけられているリヒト様はその度に「ナタリア嬢にはもっと相応しい人がいますから」と微笑むのだそうです。
時には、チラリとカルロを見て満足そうにされるとのことで、リヒト様の鈍感力をお祖父様と再確認してしまいました。
あまりしつこく言うとリヒト様がルシエンテ帝国に寄り付かなくなってしまう可能性があるため無理も言えないとお祖父様がおっしゃっていたため、わたくしも我慢していました。
しかし、リヒト様の7歳の誕生日で訪れたエトワール王国で、リヒト様とカルロの仲の良さそうな様子に焦って勉強部屋へと押しかけてしまったわたくしはリヒト様に怒られてしまいました。
怒られたことはショックでしたが、それ以上に、わたくしは自分自身が恥ずかしくなりました。
リヒト様に振り向いて欲しい、リヒト様の婚約者になりたいと思っていましたが、大人なリヒト様と比べるとあまりにもわたくしは子供でした。
わたくしはリヒト様のお怒りはごもっともであり、わたくしがあまりにも彼に相応しくない子供だったのだと理解しましたが、乳母は納得いかなかったのか、悔しかったのか、お祖父様にわたくしがリヒト様にひどい仕打ちを受けたと訴えたようです。
そのため、わたくしの愚かな行動はお祖父様の知るところとなり、乳母共々お祖父様からお叱りを受けることになりました。
お祖父様は一代で周辺の国々を帝国傘下に納めて帝国を大きくした方ですから、誇り高く、非常に厳しいお方です。
しかし、小国だからと相手の国をバカにすることはありません。
もちろん、エトワール王国の前王のことは嫌っていましたし、その前王を諌めることをしなかったエトワール王国の貴族のことは相手にする価値なしと見下しているようでしたが、そのような自国を変えるために動き、魔塔主も認める魔法の才覚があるリヒト様を小国の王子だからとバカにすることはなかったのです。
むしろ、感心さえもしていました。
そのリヒト様に対して失礼をしたのはわたくしと乳母であり、さらにはわたくしを諌める役目の乳母が間違った認識をわたくしに持たせようとしていたことに非常にお怒りになり、両親が亡くなってからずっとわたくしと一緒にいてくれた乳母を辞めさせようとさえしました。
わたくしは慌ててお祖父様に頭を下げて、わたくしの教養のない行動をお詫びし、乳母の処罰を撤回してくださるようにお願いしました。
結論としては、もうしばらく様子を見るということで落ち着きましたが、その後、乳母は心から反省していました。
わたくしと乳母は二人で改めて淑女としての教育を受けることになったのです。
そうして迎えたわたくしの誕生日にはリヒト様にエスコートしていただきました。
わたくしの所作が変わったことに気づいたのか、リヒト様は感心したようにわたくしを見つめてくださいましたが、それでもやはりリヒト様のお心を惹きつけるには足りなかったようで、わたくしが壇上の席に座るとリヒト様は他の令嬢たちのところに行ってしまいました。
リヒト様から令嬢たちの元へと行くなど思っていなかったため、わたくしは驚きました。
それはカルロも同じだったようで、彼の少し焦ったような表情をはじめて見ました。
後日、お友達の令嬢たちに話を聞く限り、リヒト様は別段特定の令嬢に興味を持って令嬢たちの元へと向かったわけではなかったようです。
その後もリヒト様がお祖父様に会いに来た時にはわたくしも呼んでもらってお茶をしたりして何度かお会いしましたが、年々忙しくなるリヒト様とはなかなか会うことができませんでした。




