143 寵愛
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私が返事に迷っているとカルロが私の前に出た。
「ナタリア様、何度も申し上げておりますが、リヒト様は僕の婚約者なんです! 馴れ馴れしくしないでください!」
「わたくしはリヒト様のお友達ですよ? お昼に誘うくらい普通のことだと思いますけれど?」
「婚約者がいるのに友達と食事をとる必要はないと思います」
「束縛男は嫌われますわよ?」
私は最近、ほぼ同じ会話を繰り返し聞いている。
「まだお仕事があるというのでしたら、わたくしもリヒト様のお仕事をお手伝いしますわ。わたくしも生徒会の一員ですもの」
オーロ皇帝からナタリアにも生徒会の役職を与えてやってくれと言われ、ナタリアには副生徒会長になってもらっているが、もちろん、オーロ皇帝の孫娘に仕事をさせることなどできずに名前だけの在籍になっている。
ちなみに、カルロが会計でライオスは書記だ。
第一補佐官の元で仕事を学んでいたカルロは非常に優秀で、計算も正確で早いし、文章作成能力も高い。
「リヒト様のお仕事の手伝いは僕の役目ですから結構です。それに、オーロ皇帝の孫であるナタリア様に仕事を任せて放っておけるはずがないでしょう? そうしたことも考慮して遠慮されるべきではないですか?」
こうして言い合っている姿は昔は仲の良い姿だと思っていたが、カルロの告白を聞いた今となっては、全く別の姿に見える。
「ナタリア様、すみません。しばらくは生徒会以外の事務仕事で忙しいので、食堂で食事を摂る時間が取れません」
それは事実だ。
入学者の資料をまとめ、途中退場した生徒の資料も整理し、途中退場した生徒の国にはどのような事情で魔塔の魔法使いを怒らせたのかを知らせる書状を作成し、オーロ皇帝と魔塔が決めた規則に乗っ取り、授業料や寄付金は返還できない旨を伝える書状も作成し、場合によっては罰金を求め……
エトワール王国の城から文官を数名借りてきてはいるものの、彼らには想定内の日々の業務をお願いしている。
入学金、授業料、寄付金の管理と分配、さらに別でもらっている寮の費用から調理や掃除を行う使用人への指示や給金の計算など……
そうした想定内の業務以外、想定外の件を今は私が担当している。
要するに、私が忙しいのは忍耐力のない魔塔の魔法使いたちのせいだ。
私が歩き出すと、カルロとヘンリック、そしてライオスも私についてきた。
一国の王子としてゆっくりと優雅に歩くように気をつけてはいても、心なしか早歩きになってしまっている気がする。
「カルロはなんだか機嫌が良さそうだな?」
生徒会室に入ると、ヘンリックが言った。
ヘンリックは私の正式な護衛騎士となってからカルロのことを呼び捨てにするようになった。
同じ主に仕える者としてはこちらの方が自然だという。
「やっとリヒト様が僕とナタリア様の関係を誤解しなくなったので!」
「そ、それに関しては、申し訳なかった」
私は思わず謝った。
「リヒト様がカルロを婚約者にしてくださったことは私にも朗報でした」
ヘンリックがそんな不思議なことを言い、「そうですね」とライオスが頷いた。
「なぜですか?」
そう首を傾げれば、当然のようにヘンリックが言う。
「我々もやっと側室として立候補できますからね」
「……え?」
側室?
ヘンリックは一体、何を言っているのだろう?
「リヒト様がカルロを一番寵愛しているのは誰の目にも明らかでしたから、カルロのことが解決しなければ、側室のことなど考える余裕はないと思っておりました」
「リヒト様の寵愛を求めるのはカルロだけではないですから」
なんだか話がおかしな方向に向かっている気がする。
「私の寵愛……王子として利用価値があるということだろうか?」
利権が欲しいとか、地位が欲しいとか……つまり、ヘンリックもライオスももっと贔屓して欲しいということだろうか?
「確かに、そういう目的でリヒト様に近づく者もいるかもしれませんが、我々は違います」
「リヒト様に救われた者がリヒト様に惹かれるのは必然ではないですか?」
「それに、リヒト様は見目麗しいですから、そこに惹かれている者もおります」
確かに、リヒトの見た目は他国の王子王女と比べても整っていた。
入学試験の時にそのことに気づき、さすが攻略対象だと他人事のように感心したものだ。
「エトワール王国の全ての貴族令嬢がリヒト様のご寵愛を望んでいると言っても過言ではありませんし、リヒト様に憧れる令息だって多数います」
さすがにそれは過言ではないだろうか?
権力を手に入れたい者たちにとっては王族は利用価値があるからだと言われた方がまだ信じられる。
「他国の者も、今は魔塔の魔法使いたちの目があるので、積極的な行動は控えているだけです」
入学当初、内密に相談があると呼び出されて行ってみた結果、婚約の話を持ちかけられことが何度かあった。
そのうちの数回は同性の王子から襲われそうになり、次の瞬間には魔塔主が現れて王子たちは強制送還されていた。
そうして減った王子王女もいるため、私の忙しさの全てが魔塔の魔法使いたちの忍耐のなさの所為とも言えない。
「リヒト様、寵愛をお与えになるのは僕だけにしてくださいね?」
カルロがソファーに座っていた私の隣に座り、膝がくっつくほど近くに身を寄せると、上目遣いで見つめてきた。
私は子供の頃からこのカルロの上目遣いに弱かった。
この可愛い顔をされると全身全霊で守ってあげたくなる。
それは、父性だったはずだ。
それなのに、今は、同じ表情を見て、とてもドキドキしている。
果たしてこれは父性なのだろうか……