112 再度の失敗(カルロ視点)
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オルニス国でまたしてもお酒を飲んでしまった僕が起きた時にはもうリヒト様は部屋にいなかった。
二日酔いというやつで頭は痛いし、体はだるい。
なんとか体を起こして、部屋の中を見回すと、ソファーにグレデン卿が寝ているのが見えた。
おそらくグレデン卿もまたお酒を飲んでしまったのだということはわかったけれど、グレデン卿がここにいるのにリヒト様がいないということは、魔塔主がリヒト様についているのだろうと察した。
リヒト様はお一人でも行動できるくらいに強いけれど、一人で行動することはヴィント侯爵に止められているし、リヒト様はヴィント侯爵の言いつけを守っていた。
僕は急いで身支度を整えると、影の中に入ってリヒト様の後を追った。
リヒト様の魔力を追って影の中を移動して、リヒト様の影に僕の影を重ねて、影の中からリヒト様のことを見上げる。
リヒト様はどうやらエルフの女性たちと話しているようだった。
「ただ、リヒト様の子種が欲しいだけです」
そんな言葉が聞こえてきて驚いた。
「数百年ぶりの発情期ですもの。たくさんいただかなくては」
なんてことを言うのかと僕は思わず影の中から飛び出そうになったけれど、魔塔主の言葉に落ち着いた。
「9歳の人間にとっては君たちはただの老女です。9歳に迫る老女など恐怖の対象でしかないでしょう」
そうだ! その通りだ! 麗しいリヒト様に年増の女性など似合うはずがない!
「君たち含め、すべての女性たちにはリヒト様への接近を禁止します」
この国においては強い魔法使いが全てなので、魔塔主の言うことは絶対だろう。
「私たちはただ強い魔力が欲しいだけなのにひどいです!」
そうエルフは文句を言ったけれど、僕から言わせれば酷いのはエルフたちの方だ。
僕の神様を穢そうとするなんてとんでもない話だ。
「では、精通したらまたこの国にお越しください!!」
この国にとっては絶対なる支配者であるはずの魔塔主の言葉にリヒト様のことは諦めるだろうと思っていたのに、エルフたちはまだそんなことを言う。
未来のリヒト様まで脅かそうとするなど、なんて浅ましい者たちなのだ!
「しかし、その頃には発情期も終わっていますよね?」
「大丈夫です! 発情期でなければ子が孕めないというわけではございません!」
発情期じゃなくてもリヒト様とそうした行為がしたいなど欲張りすぎではないだろうか?
「あの……私は生涯一人の女性しか愛するつもりはないので、諦めていただけますか?」
リヒト様の言葉に僕は目眩を覚えた。
『一人の女性しか愛するつもりはない』ということは、やはり、リヒト様にとって僕はそういう対象にはなり得ないということだろうか?
あんなにいつも『可愛い』って言ってくれているのに。
でも、そういう対象にならないのなら、魔塔主が言ったように僕がリヒト様にキスをしたことがバレたら嫌われてしまうのだろう。
絶対にバレないようにしないと。
魔塔主に感謝なんてしたくないけれど、今回ばかりはありがたく思わなければいけないのかもしれない。
「そのように素晴らしい魔力を持っていながらどうしてそんな勿体無いことをしますの?」
エルフの言葉に思わず、確かにリヒト様ほどの人が一人だけに縛られるなど勿体無いと思ってしまった。
リヒト様が妾を取るのならば、末席でいいので僕も置いて欲しい。
リヒト様が愛している人間だと公表する中に僕の居場所も欲しい。
「人間の男性はよく自慰をすると聞きましたわ! その無駄になる子種をくれればいいのです!」
僕だって欲しい!
リヒト様がくれるものならなんだって、全部、欲しい。
だけど、リヒト様はそんなこと望んでいない。
リヒト様は神様で、人間など及ばなぬほどに高潔で、リヒト様が愛する者はたった一人だと言うのならばきっとそれは必ずそうなるだろう。
いつだってリヒト様は正しくて、まっすぐで綺麗なのだ。
だから、僕の穢れた心を知れば、リヒト様はもう僕を可愛いとは思ってくれないかもしれない。
「もういい加減にしてください!! リヒト様が困っているでしょう!!」
とにかく、今はリヒト様をこの穢れたエルフたちから守って差し上げなければと思って、僕は影から飛び出した。
「リヒト様がこの国に来ることは二度とありません!」
僕はエルフたちの前に仁王立ちになり、両腕を広げてリヒト様にそれ以上エルフたちが近づけないようにした。
すると、エルフたちは僕のことをじっと見て、それから妖艶に微笑んだ。
「リヒト様がダメなら従者様でも構いませんよ」
舐めるように見てくるエルフたちからそんな言葉が飛び出した。
エルフたちはリヒト様じゃなくて僕でも構わないと言う。
僕がリヒト様の代わりになんてなれるわけもないのに、そんなことを言うエルフたちにリヒト様は似合わない。
だけど、僕が相手をすることでリヒト様のことを諦めて近づかないというのならば、それもいいかも知れない。
エルフたちは魔法が得意だ。
魔塔主がいるからリヒト様のことは守ってもらえると思うけど、魔塔主の隙をついて、束でリヒト様に襲いかかったら、リヒト様の唇を奪うくらいできるかもしれない。
……僕だってできてしまったのだから、そのくらいのこと、エルフたちならば可能なのではないかと思う。
それが、僕が相手をするだけでリヒト様のことを諦めてくれるというのならば、悪い話ではないような気がした。
「カルロ! ちゃんと断らないとダメだよ!」
「リヒト様が犠牲になるくらいなら僕が……」
思わずそんなふうに答えた僕に対して、リヒト様の身にまとう空気が変わった。
「……カルロ、何を言っているのだ?」
これまで聞いたこともないような冷たい声に、ぞくりとした。
声だけでなく、リヒト様の目が酷く冷たいものになった。
僕の口からは戸惑いが声になって出ていた。
「あ……」
怖い。
初めて、リヒト様のことをそう思った。
「僕が代わりになることで、リヒト様にもう付き纏わないというのなら、その方が……」
僕は必死に言い訳をした。
でも、リヒト様の瞳は虚ろになっていた。
「……リヒト様?」
「……でない」
「え?」
「そ、んなの……望んで、ない……」
リヒト様の瞳には僕は映っていないようだった。
僕だけじゃない。
リヒト様は、その瞬間、誰のことも見ていなかった。
神様がこの世界を、僕を、見捨ててしまったようで、僕は全身から血の気が引くのを感じた。
「……おにいちゃん」
リヒト様はそう呟くと、次の瞬間に意識を失った。
倒れるリヒト様の体を魔塔主が支える。
僕は、リヒト様の瞳に僕の姿が映らなくなったのがショックで、倒れるリヒト様に手を伸ばすことさえもできなかった。
「君は、思った以上に愚か者ですね」
リヒト様を客室に運び、ベッドに寝かせた魔塔主は僕を見下ろしてそう言った。
「リヒト様はどうしてお倒れになったのですか!? どこか悪いのですか!?」
「お身体に異常は見られませんから、精神的なものでしょう」
「精神的な? あの、エルフたちのせいですか?」
「彼女たちと話している時のリヒト様は戸惑っていましたが、倒れるほどの精神的圧迫感は受けていませんでした」
それは、つまり……
「君のせいです。従者君」
僕はその事実に体の震えを止めることができなかった。
「……リヒト様はなぜ急にあのようにお怒りになったのでしょうか?」
「まさか、わからないのですか?」
僕はリヒト様を守りたかっただけだ。
これまで、リヒト様を守ろうとした僕をあのようにリヒト様が怒ったことはない。
「想像してみてください」
魔塔主が冷たい目のまま言った。
「私が従者君のために彼女たちの相手をすると言ったらどう感じますか?」
僕は瞬時に自分の眉間に深い皺が刻まれるのを感じた。
「ものすごく気持ち悪いです。女性と関係を持つ言い訳に僕をダシに使わないで欲しいです」
「そう捉えられることもあるでしょうね」
返された魔塔主の言葉の意味をすぐに理解することはできなかった。
僕はしばらく考え、そして、ゾッとした。
「僕が彼女たちと関係を持ちたいがための言い訳にリヒト様を利用したと、リヒト様に思われたのですか!?」
慌てる僕に、魔塔主は「いえ」と首を横に振る。
「リヒト様のことですから、そんな捻くれた考え方はしないでしょう。ただ、望んでもいない自己犠牲を押し付けられた不快さはあるでしょうね」
望まない自己犠牲……確かに、リヒト様は「望んでいない」とおっしゃられた。
僕は、リヒト様の望んでいないことを行い、倒れてしまうほどに不快な思いをさせてしまったということなのだろうか?
「……僕は一体、どうしたらいいのでしょう?」
魔塔主に相談なんてしたくないけれど、いま目の前には魔塔主しかいない。
「しばらくは距離を置いた方がいいでしょう。リヒト様もしばらくは従者君と顔を合わせずらいでしょうから」
「距離を置いて大人しくしていれば、リヒト様は僕を許してくれるでしょうか?」
魔塔主は肩をすくめて答えた。
「それはどうでしょうか? 一度気持ち悪いと思ってしまったものを受け入れるのは、リヒト様でも難しいかもしれません。私なら絶対に嫌ですし」
やはり、魔塔主に相談したのは間違っていたのかもしれない。
魔塔主の言葉には救いがない。
僕がリヒト様に許していただくための助言とか、そういうのが全くない。
「ただ、リヒト様は本当に神様のように心が広いですからね」
僕はまたその広いお心に縋るしかないのだろう。
「君が希望を抱いてきた神様を信じるしかないのではないですか? もちろん、君自身が成長することが大前提でしょうが」
その後、魔塔主にエトワール王国のリヒト様のお部屋へと連れていかれ、僕はリヒト様と引き離された。
リヒト様のお部屋にはヴィント侯爵と数名のメイドがいて、僕たちの姿に何かを察したヴィント侯爵はすぐにメイドたちを下がらせた。
そして、魔塔主はヴィント侯爵に事情を説明して、すぐにリヒト様の元に戻っていった。
「カルロ、あなたへの教育が足りなかったようです。しばらくはリヒト様につけることができません」
ヴィント侯爵の冷たい眼差しと声に、僕は「はい」と素直に返事を返した。
僕はその日から、ヴィント侯爵の再教育を受けることになった。
リヒト様は気を失う瞬間、とても小さな声で何かを呟いた。
はっきりとは聞こえなかったけれど、その声は「おにいちゃん」と言ったような気がする。
けれど、リヒト様に兄弟はいない。
兄と呼べるような年上の従者もいない。
だからきっと、「おにいちゃん」と聞こえたのは僕の聞き間違いで、別の言葉を呟いたのだろう……
あの何も映さなくなった瞳で、リヒト様は一体何を思い、何を言ったのだろう?
いつか、聞くことが許されるだろうか?
続きはアルファポリスにて先行公開となります。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/135536470/135910722
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