107 星鏡のレイラ 後編
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「まさか、リヒトがレイラのことを知っているとは」
そうワインを燻らせたのはオーロ皇帝だった。
『星鏡のレイラ』のことを魔塔主から詳しく聞く前に、魔塔主は場所を移した。
魔塔主はすぐにでも転移魔法を使おうとしたが、個室を使わせてくれた食事処の店主を困らせるわけにもいかないので、会計を済ませて馬車でジムニを情報ギルドに送り届けてから転移魔法でオーロ皇帝の城まで転移したのだ。
誰にも気など遣わない魔塔主はオーロ皇帝の執務室へと転移した。
執務中だったオーロ皇帝だったが、私と魔塔主の姿にすぐに執務を止め、ネグロにワインとつまみを用意させた。
昼間からワインを飲むのはどうかと思ったが、「いいワインが手に入ってな」と嬉しそうにしていた。
我々の姿に執務を中断したのは重要な話があると察したわけではなく、単にワインを飲むための休憩時間の口実にされただけのようだ。
私たちには紅茶が用意され、魔塔主は早速あの病気になりそうなほど甘いお菓子を食べている。
「レイラが現れたのは今から百年以上も前のことで、異世界から来た者がルシエンテ王国時代の危機を救ってくれたと伝え聞いている」
そう言って、オーロ皇帝はちらりと魔塔主に視線を向けた。
百年以上前であっても、きっと魔塔主は今の姿だっただろう。
しかし、魔塔主がレイラという人に会ったことがあるのかどうかよりも気になることが私にはあった。
「レイラとは神獣ではなく、人だったのですか?」
「其方が見ていたものでは神獣と言われていたのか?」
「はい」
「そうか。レイラもこちらに来る前には本でこちらの世界を一部分だけ切り取ったような話を読んでいたそうだ。そこにもレイラの前に訪れた異世界の者の名前があり、天の子とあったそうだ」
つまり、この世界には定期的に異世界から誰かが訪れ、訪れる人物は自分の世界でこの世界のことを前もって知っているということのようだ。
「一度に二人も来たという記録はないけれどな」
「これまでの人たちが転移者ならば、転生者の私と憑依者のドレック・ルーヴはそれとは関係のない存在ではないのですか?」
「そうかもしれませんし……両方とも星鏡の可能性も、片方だけが星鏡である可能性もあるでしょう」
魔塔主の言葉に私は首を傾げた。
「星鏡というのはなんですか?」
「星を映す鏡。つまり、運命を知る存在だ」
私の疑問にはオーロ皇帝が答えてくれた。
この世界では、星と運命は同義だ。
「つまり、前の世界でこの世界を覗き見てきた者のことなのですね?」
「はい」と魔塔主が頷いた。
それならば、魔塔主が言うように、私とドレック・ルーヴが二人とも星鏡という可能性もあるのだろうか……
「さらに、これまでの星鏡は前の世界で知ったこの世界の運命を変えている」
オーロ皇帝の言葉に私は嫌な予感を覚える。
「リヒト様は、すでに従者君の運命を変えていますよね?」
魔塔主の微笑みがやけに恐ろしいものに見えた。
これまで星鏡だった者は神の具現化のように讃えられてきたそうだ。
オーロ皇帝が面白そうに「公表するか?」と言ってきたが、私は全力で首を横に振った。
確かに、転生者である自分が星鏡なのかもしれないし、ドレック・ルーヴかもしれない。
けれど、これまでとは違う形でこちらに来てしまっているわけだから、星鏡ではないのかもしれない。
ただの偶然……そんなことがあるかどうかはわからないが、あるかもしれない……
ということにして、公表は断固拒否した。
オーロ皇帝も魔塔主も完全に面白がっている。
全く、神が具現化したような特別な存在を迎えている人々の様子ではない。
揶揄われて悔しい気持ちもあるものの、重々しくされなくて気が楽だったのも確かだ。
「もしかして、魔法学園を作ろうとしているのも前世のそのゲームが原因ですか?」
「はい。本来、カルロとナタリアが出会って恋をするのは魔法学園でしたから、舞台を整えようとしたのです。前世の記憶からすればあるはずの魔法学園がないので、それならば作ってしまおうと……」
私の説明にオーロ皇帝は顎鬚を撫でた。
「あまり舞台にこだわる必要はないかもしれんぞ」
「どういうことですか?」
「おそらくだが、大事なのは舞台ではなく、登場人物ではないか? すでに、そなたはそのゲームとやらの登場人物と何人も会っているのだろう?」
「そうですね……」
カルロ、ナタリア、ライオス、ヘンリック、それから、ジムニとゲーツ・グレデン。
セリフはないが、グレデン卿とドレック・ルーヴだ。
「その後もそなたは登場人物と出会うだろうし、何らかの運命を変えることだろう」
前世ではカルロのことを幸せにしてあげたくてゲームをしていたので、正直、他の登場人物の背景事情など気にしたことがなかった。
「カルロ以外の子供たちが何らかの問題を抱えていたとしても、私は気づいてあげられないかもしれないです」
「それでもだ」とオーロ皇帝は言った。
「お前はきっと、他の者の運命を変えるだろうし、すでにエトワール王国という国を大きく変えているではないか」
「それに伴って、未来が変わった者たちは沢山いるでしょうね」
「それはそれとして」と魔塔主が言葉を続けた。
「舞台は重要ではないかもしれないですが、魔法学園は作ってください」
私は魔塔主は魔法学園創設に積極的ではないと思っていたのでそれは意外な言葉だった。
「いいのですか? 魔塔の魔法使いたちの負担が増えますよ?」
「その、魔塔の魔法使いたちの中に楽しみにしている者たちがいるのです。リヒト様がどんな魔法学園を作るのか」
「そうなのですか?」
「あ、もちろん、彼らは嫌になったら教師の仕事とかさっさと辞めちゃうので、そこのところはご了承ください」
「何とも無責任ですね。まぁ、その方が気楽に仕事の依頼ができますが」
ワインを味わいながら思案していたオーロ皇帝も言った。
「帝国としても魔法学園で帝国傘下の国の王子王女の情報が得られた方がいい。それに、学園内で複数の国の王子王女が親しくなれば、その分御しやすくもなる」
これまでは各国の王室が個別に魔塔に依頼して魔法使いを家庭教師として雇っていたのだ。
そうなると、才能のある子供や帝国にとって危険要素のある子供の情報を得るためにはオーロ皇帝が部下に命令を下して調査を行う必要があったが、魔法学園に子供たちを集めるのならば、わざわざ国ごとに調査員を差し向ける必要はない。
魔法学園に報告書を命じるなり、調査員を少人数、学園に忍び込ませるだけで簡単に情報を得ることができるのだ。
もちろん、魔法学園への入学を希望しない国はそれの限りではないが、それでも調査員と調査費用の大幅な削減が期待できるだろう。
「オーロ皇帝のために魔法学園を作るのではないのですが?」
「学園の建築はこれからだろう? 出資してやろう」
私は素直にお礼を言っておいた。
「ついでなので、理事長に名前を使ってもいいですか?」
「それは嫌だ。行事のたびに呼び出されては面倒だからな」
目立つことが好きそうだからいいかと思ったのだが、それは断られてしまった。
面倒な役職者選びが一つ減るかと思ったが、そう簡単にはいかぬようで残念だ。
続きはアルファポリスにて先行公開となります。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/135536470/135910722