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きんだーがーでん

作者: Karyu

このサークルの理事長(お題出す人)がマジで鬼畜です……><


ジャンル:昼ドラ・ほのぼの調

キーワード:水連・印・国家試験


「おトイレ~~~」


 僕の右耳に入ってくるのは幼児のトーンが高くも柔らかい甘声。


「ちょっと待っててねー」


 必死に今対応している子にタオルを渡しながら、僕はいそいそとトイレに行かなければならない子のところへと向かう。


「ありがとぉー、せんせー」

「うん。ちゃんと手拭いて、かけといてね」

「はーい」


 僕はこのみかづき幼稚園で保育士をしている。


 なぜ保育士かは、僕にもわからない。とにかく職に就きたくて、手あたり次第に願書を出したのがいけなかったかな……?


 とりあえず保育士の資格を大学にいる間に取ってたのが幸いしたんだろうな……。大変だけど。でも、結構国家試験の割には簡単に受かっちゃったしな。


「せんせい、はやく!」

「あ、はいはい!」


 トトト、と廊下を急ぎ歩きでトイレの扉の前で待っている子のところへと向かう。


 ズボンを下げたり、便器の上に乗せてあげたり、まだまだ年中組みとは言っても手間はかかる。この幼稚園が幼児用の便器があまり導入されていないのも原因かもしれないけど。


()()先生、ちょっと良いですか?」


 そして隣のスイレン組みを請け負う沖野先生からお声がかかる。


「あ、はい。すぐ行きます!」


 トイレの手伝いを終えて、ちゃんと手を洗うように言った後、僕は沖野先生の元へと向かう。


「どうか、したんですか?」

「それがね……。また、なのよ……」

「また、ですか……」


 今、日本では深刻な問題が発生している。


 多子化だ。


 半世紀前までは少子化で騒がれていた日本だが、新しい総理大臣が行った大幅な産科対策により日本は多子化の傾向へと入っている。


 産婦人科の待遇を上げ、三人以上子供のいる家庭への扶助金制度、そして躍進した医療技術と仕事場における自由度が主な底上げの要因ってことは覚えている。


 家で働くことのできる権利を労働者に持たせるという、画期的な政策で大幅な赤字を出したがこの半世紀目でその効力が劇的な結果をもたらしているのだ。


 そして園児も多く、あまり保育士のいないこの都会の幼稚園ではてんやわんやだ。そしてこういう幼稚園が抱える問題……親からのクレームだ。


「また、美女(きれい)ちゃんのお母さんですか?」

「ええ……」


 困ったように、曇った表情を浮かべる沖野さん。


「ふぅ……。今回はどういったクレームなんですか?」

「なんでも美女ちゃんがピアノの角に足をぶつけたらしくて、それでピアノが置いてある位置がおかしいって」


 僕は天井を仰ぐ。


 うーん……。昔からモンスターペアレントっているけど、この人は悪いけど子供の名前の決め方からしておかしいよなー。


「先生、絵本読んでー」


 僕のかけてるエプロンの下を引っ張るのは僕が担当するタンポポ組みの(とも)ちゃん。


「ん? どれがいいのかな?」


 僕はしゃがんで朋ちゃんと同じ視線になって語りかける。


「これぇー」


 後ろに抱えていた本は太陽と風という洋話。太陽と風の印が表紙一面を大きく飾っていて、結構手の込んだポップアップ式の絵本だ。


「はい。じゃあ、あっちのお椅子で待っててね?」

「うん!」

「あ、ボクもききたーい」

「それじゃ、朋ちゃんと一緒に待っててね」

「はーい!」


 僕は再度立ち上がり、沖野さんとの会話に戻る。


「それにしても万千先生、慣れてきました?」

「え?」

「まだ一カ月だけど、様になってるわよ?」


 うふふ、と口元を指先で隠す沖野先生の笑いに、


「か、からかわないでくださいっ」


 と僕は若干顔を赤らめる。


「それじゃ絵本読んできてくださいね。この話はお昼にまたね」

「はい」


 僕達はそこで会話を終えて、僕は絵本を読むためにタンポポ組みへと戻る。


 朋ちゃんに待っていてと言っといた椅子の周りにはかなりの園児が群がっていた。


「はい、それじゃ読もっか。皆も聞く?」

「「うん!」」

「それじゃ、はじまり、はじまりー」


 僕は皆に見えるように右脇に本を開いて、ストーリーを読み始める。


 朝はまだ始まったばかりだ。






 保育園終了後、僕は職員室にて温かいお茶を他の先生達と飲む。


「そういえば、美女ちゃんの件はどうなったの?」


 年長のバラ組みを担当していて、先生達の中でリーダーある花城先生が僕と野村先生の方を見て尋ねてくる。


「あ、はい。今日の3時に美女(きれい)ちゃんをお迎えに上がる時にとおっしゃってました」


 幼稚園は昼の2時には終わる。しかし迎えに来れない親や関係者の為に延長保育を行っており、その担当者は近所に住む保育士免許の持つボランティアの方にやってもらっている。


「いいですか? ああいった親御さんにはちゃんとわかるように説明しなければ、図に乗りますよ」


 花城先生の経験論なのだろう。僕は乗り気はしないものの、仕事であるし頭にメモする。


「ごめんなさい、万千先生……。付き合ってもらって」

「いえ。それに美女ちゃんは僕の組みの子とも良く遊んでますし、隣通しの仲じゃないですか」


 このセリフに若干の期待感を込めてしまう僕はダメなんだろうな……。


 そうこうみなさんとお茶をしていると、3時になってしまう。


 僕と沖野先生は延長保育がされているクラスへと赴き、美女ちゃんのお母さんが迎えに来るのを待つ。


「あ、マッチーだー」

「なぁなぁ、マッチーぜったいこっちのほうがかっこいいだろ?」


 クラスに入った途端、子供達の要求攻めにあう。その中にははしゃいでいる美女ちゃんの姿もある。


 いわずもがな、マッチーとは僕の子供達の間で呼ばれている愛称だ。僕はしゃがんで美女ちゃんを呼び掛ける。


「美女ちゃん」

「なぁーにー?」

「足のけがは大丈夫?」

「うん! きのう、おかーさんがびょーいんにつれってってくれた」


 病院って……。美女ちゃんの母親の過保護ぶりにもびっくりするが、それほどまでに子供のことが心配なんだろうなと納得する。


「美女!」

「あ、ママだー」


 美女ちゃんがたたた、とお母さんの方へと駆け寄って胸の中へと飛び込んでいく。


 美女ちゃんのお母さんである久留見さんは美女ちゃんを抱きかかえて、きっと沖野先生と僕のことを睨んでくる。


「お話ししました通り、昨日の美女の治療費は幼稚園側で負担していただきますよ!」


 そう……問題はそこだった。


 沖野先生に話を伺ったところ、久留見さんは美女ちゃんの足の怪我(とはいっても軽い打撲で傷も何も残ってないんだけど)の治療費を幼稚園側に負担させようとしているのだ。


 勿論当の本人は痛かったろうが、そんなことはもう気にも留めてはいないだろう。


「久留見さん、ですから今朝申しました通り、治療費は幼稚園では負担いたしません」


 沖野さんはきちんと定められている通りに久留見さんに忠告する。


「あなたがクラスのあそこにピアノなんか置くから美女が怪我をしたのよ?!」


 ヒステリックな声がクラスで反響する。


 子供達も近寄りがたいのか、ボランティアの保母さん達のところへと避難している。


 はぁ……しょうがないな。


「それでは久留見さんは部屋からピアノをどけろとおっしゃりたいんですか?」


 なるべく丁寧な口調で俺は言葉を紡ぐ。


「ええ、そうよ!」


 僕は一歩美女ちゃんの方へと歩み寄って屈みこむ。


「美女ちゃん、ピアノ好き?」

「うん! みんなでおうたをうたうの、だいすき!」

「そっか」


 僕は優しく美女ちゃんに微笑みかけて、笑みをつくる。


「お部屋からピアノが無くなったら、寂しいね」

「え、無くなっちゃうの? ねえ、ママ、どうして?」


 美女ちゃんが久留見さんのビジネススーツのスカートを握る。


「でも美女、あなたあのピアノに足をぶつけたのよ。痛かったんでしょう?」

「うん。でもね、もうなんともないよ?」

「でもね美女、またぶつけちゃうかもしれないでしょ? 痛いの嫌でしょ?」

「……うん。でも、でもね、おうたのじかんがなくなっちゃうのはもっとイヤ」

「美女……」


 本当に子供想いなんだろうな……。でも、久留見さんの言い分だけじゃ通らない。


「わかったわ。今回の件は不問です。帰るわよ、美女」

「うん! さようなら、おきのせんせい、マッチー」

「はい。美女ちゃん、ばいばい」

「また明日ね」


 沖野先生と僕は美女ちゃんに手を振りながら、久留見さんが美女ちゃんと仲良く手を握って帰って行く姿を見送る。


「ありがとうございます万千先生」

「いえ。それに、ちょっと卑怯な手を使っちゃいました……」


 そう、あれは卑怯な手だ。


 子供を使って親を悟ってしまった。


 最悪だ。


「マッチー、なああそぼーぜー」

「マッチーせんせい、あそんでくれるの?!」


 徐々に僕のあしもとに子供達が群がりはじめて、僕はちょっと困った顔をしながら沖野先生を見上げる。


「うふふ。皆あんまり万千先生に迷惑かけないのよ?」

「「はーい!!」」

「それじゃ、マッチー先生よろしくおねがいしますね」


 何かを含むようなそんな笑みを浮かべて沖野先生は立ち去って行く。


「あ、ちょっ! え?」

「ほら、マッチー」

「ボール、ボール!」

「かたぐるま~」


 手一杯に好きなものを僕のもとへと運んでくる子供達。


「ああ、はいはい。一人一人だよ」


 この仕事は多忙だ。


 でも、やりがいはあるのかもしれない。


 愚痴っても、子供達の笑顔をたくさん見たくてがんばっている僕の姿がここにはあるから。


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