こいつが義理の妹であることを、俺だけが知っている!
“春は出会いの季節”
手垢に塗れたこの表現に、俺は今更胸が打たれたりしない。
そして、俺は今更出会いに胸が躍ったりしない。
なぜなら、そういう運命的な出会いは現実では滅多に起こらないから。
なぜなら、運命的な出会いよりも心躍るシチュエーションが、我が家にはあるから。
つまり、だ。
「義理の妹 is 最高おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!」
俺は誰もいない家のキッチンで叫ぶ。
「ウッヒョ〜〜〜〜〜!義理の妹との一つ屋根の下での生活、タマンネェ〜〜〜〜〜!全身の穴から喜汁が噴出する〜〜〜〜〜〜!!!!」
俺は包丁を片手に、長ネギをみじん切りにする。
「サイコウゥッ!サイコウゥッ!サイコウゥッ!」
俺は溶いた卵を、ごま油を熱した鉄フライパンに流し込み、一気にかき混ぜる。
「その肩で整えられた美しい銀髪とぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?!?」
俺は火が通った卵に長ネギを加え、香りが出てきたら白飯を加えてすぐに塩を振る。
「その青く鋭い瞳がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?」」
俺は醤油を鍋肌から加える。
「俺を狂わせる」
あとは仕上げにごま油を軽く加えて炒めると
「田代春人特製チャーハン、おあがりよ...」
完成した。具材は長ネギと卵とご飯だけという、超シンプルなチャーハンだ。
だが、このシンプルさが長ネギの風味と焦がした醤油の香ばしさをより一層引き立たせる。
俺は食器棚から自分用の皿と、妹の皿を出して盛り付ける。
「うーん...我ながら惚れ惚れする形になったな。次の万博のモニュメントになるかもしれん。国民には令和の岡本太郎と呼んでいただくしかなくなったな...」
綺麗な半円型に整えられたチャーハンを見て、一息で呟く。そろそろ妹が帰ってくる時間帯かもしれない。俺は鼻歌を歌いながら、ダイニングテーブルに妹の分のチャーハンを運び、二人分のスプーンとお茶を用意する。自分の分のチャーハンはまだ運ばない。いや、正確には運ぶことを”完了”させない。
「そろそろ仕掛けるか...」
俺はキッチンの戸棚に置いてあった団扇を右手に、自分のチャーハンの皿を左手に持つ。
そして、ダイニングから玄関までを繋ぐ廊下の入り口に立ち、チャーハンから香り立つ匂いが玄関まで届くように団扇を全力で煽ぐ!煽ぐ!!喘ぐ!!!
「お゛お゛ぉ゛ん!!!!」
右手に疲労感がたまり額が汗ばんできた頃合いに、玄関の鍵がガチャと開く音がした。俺は団扇にシュート回転をかけてキッチンへ放り込み、玄関から姿が見えない位置へと姿を隠す。
「ただいま〜!」
桜の樹が風で揺れる音と共に、繊細ながらも密度の濃い、澄んだ声が聞こえる。
「わ、いい匂いがする!」
玄関から小走りに走ってくる音が聞こえる。計画通りだ。1秒たりとも早くその姿を見せてほしいため、ワンマンエース甲子園投手のように酷使しすぎた右腕は、今日の夜に国葬しよう。
「やった、今日はお兄ちゃんのチャーハンだ」
ダイニングに姿を現した天使はその青い瞳で俺を捉えると、大きな目を嬉しそうに細めてこてんと首を左に傾げる。とても細く絹のような質感を持つその銀髪が、かけられた耳からさらりと垂れる。そのふとした仕草が、まるで映画のワンシーンのようで心が奪われる。
「ただいま、お兄ちゃん!」
「おかえり、アイヴィ。遅かったな。」
ああ、アイヴィ。我が愛しの義理の妹よ。
気持ち悪がられるかもしれないが、俺はお前のことを。
ゴリゴリに一人の女性として見ている。
その守りたくなるような性格、日本人離れしたそのプロポーション、世界中の誰よりも可愛いその顔。
その全てが俺のストライクゾーンのど真ん中である。いや、誰にとってもど真ん中ではあろう。
だが、外では少し気を張っているアイヴィが兄の俺にだけ見せる、その柔らかな表情と雰囲気。
それが何よりもこの気持ちを昂らせる。
だが、この気持ちはアイヴィに悟られてはいけない。
俺たちが義理でも兄妹だから?そんな些細なことではない。
俺たちが実の兄妹だと、アイヴィが思い込んでいるからだ。
状況証拠を集めると、だ。
兄、田代春人。この国では当たり前な黒髪。彫りも深くない顔のパーツ。一重の挙句細い目。いわゆる塩顔。
妹、田代アイヴィ。この国では珍しい銀髪。彫りが深く神に愛された顔のパーツと配置。二重でぱっちりとした大きな目。いわゆるハーフ顔。
ということになるのだ。こんなもん、誰がどう見ても血は繋がっていないのである。極め付けに、うちの母親の名前は「ミリー」だ。ゴリゴリの英国人だ。英国人母と日本人父の間に純ジャパ顔は爆誕しないのである。爆誕って言葉、ル◯アにしか使わないよね。
だが、アイヴィは俺と血が繋がっていると思っているのだ。なぜそう思っているかって?答えは簡単だ。
アイヴィは、超クソアホだからだ。
自分の母親の顔と俺の顔を見比べ、「本当にそっくり!ドッペルゲンガーみたい」とか言うやつだ。親子が似ていることを示すときにあんまその名詞登場しないぞ。
実の兄と思っている男から、恋愛感情を向けられるほど気持ち悪いことがないことくらい、俺でもわかる。
例えそれが義理の兄妹と判明しても、アイヴィの中の15年間で俺は実の兄として認識されているのである。
そんな簡単に血が繋がっていないことを受け止めて、一人の男として視点を切り替えて、恋人になってくれなんて口が裂けても言えない。
もちろん、周りの奴にも言えるわけがない。こんな時代、どこから情報が漏れて妹の耳に入るかなんてわからない。
だから、俺たちが義理の兄妹であることは、誰にもバレてはいけないんだ。
アイヴィが俺のことを異性として好きなんて、天と地がひっくり返ってもあり得ないのだから。
気分が乗るか、反響があったら続きを書きます。
続きを書く必要条件として、泥酔が挙げられます。
ちなみに、チャーハンのレシピは”ガチ”です。