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私を処刑したら、困るのは殿下ですが……本当によろしいのですか?【コミカライズ決定】


「ソフィア・シェルハント! 宮廷薬剤師であるお前を、王族殺害未遂で処刑する!!」


「……はい?」



 いつものように朝の薬湯を持ってアーサー王子の部屋を訪れたソフィアは、ベッドの上で半裸状態の王子にそう告げられた。


 シャツを羽織っただけの王子の隣には、薄着の男爵令嬢がクスクスと笑いながらこちらを見ている。


 男性の使用人や騎士の多くいるこの部屋の中で、よくそのような格好のまま堂々としていられるものだとソフィアは驚いた。


 しかし、そんなことに驚いている場合ではないだろう。

 今、自分は処刑すると言われてしまったのだから。



「アーサー殿下。失礼ですが、王族殺害未遂とはどういう……」


「はっ! 今その手に毒を持っておきながら、よくも知らないフリをしようと思ったな! なんて浅ましい女だ」


「毒?」



 そう言われ、ソフィアは自分が持っている薬湯を見た。

 緑色のドロドロとした液体。草の匂いがきつく、確かに見た目も味も毒薬にしか見えない。

 

 毎朝、王子はこれを飲み干すたびにその美しく整った顔をひどく歪ませていた。



薬湯(これ)を毒のようだと言いたいお気持ちはわかるけど、まさか本当に毒だと思っているわけではないわよね?)



 処刑を命じられた直後だとは思えないくらい落ち着いた様子のソフィアは、首を傾げながら王子に問いかけた。

 


「殿下。こちらは、殿下が3年も前からずっと飲まれている薬湯でございます」


「それがおかしいのだ! 俺の体はどこも悪くないというのに、なぜ毎日苦い薬を飲まなければいけない!? お前が故意に飲ませているのだろう!!」


「……お薬を飲まれているから、症状が出ていないだけでございます。それに、こちらは私の意思ではなく陛下からの……」


「もういい!! 全てエイリーンから聞いているのだ! お前が嫉妬からエイリーンを虐めていることまで全部な!」


「嫉妬? 虐め?」



 エイリーンとは、王子の隣にいる令嬢のことなのだろう。

 男爵令嬢であることは王宮内の噂で知っていたが、名前まで知らなかったソフィアは目を丸くして彼女を見た。


 ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていたエイリーンは、自分の名前が出た途端に態度を豹変させ、甘えるように王子の腕にしがみついた。

 目には涙が滲んでいて、気弱な女性を演じているように見える。



「怖くて黙っておりましたが、私が殿下の恋人になった頃からずっと……ひどいことを言われたり、押し倒されたり、ドレスを破られたこともありました」


「ああ……! なんて可哀想なエイリーン!」



 安物の舞台を観ているようで、ソフィアは抱き合う2人を見てゾゾッと鳥肌が立った。


 演技に見えるのは、彼女の言っていることが完全なる嘘だからである。

 エイリーンの名前すら知らなかったソフィアは、そもそも彼女と会ったことがなかったのだから。



(どうしましょう。彼女は虚言癖があるのかしら? それとも、幻覚が見えている病気?)



「あの、私はエイリーン様とはお会いしたことがありませんので、人違いではないでしょうか? それに、嫉妬とはなぜ……」


「ここまで言われても、まだ己の非を認めないとは! お前がこの俺に心を寄せていることなど、俺もエイリーンもすでに気づいているのだ!」


「ソフィア様! 王子の恋人になった私が羨ましくて、嫉妬したから私を虐めてきたのでしょう!?」



 王子と一緒になって、泣き叫ぶように抗議してくるエイリーン。周りにいる使用人や騎士達も、みんな軽蔑したような視線をソフィアに送っている。

 それでもソフィアは焦ることなく、冷静に2人の様子を観察していた。



(まぁ、大変! 幻覚だけではなく、妄想癖まであるみたいだわ。私が殿下に心を寄せているなど、ありえませんのに。でも、ここでそのようなことを言っては不敬罪になってしまうでしょうか? 困りましたね……)



 どんなに責めても動揺せずにポカンとしているソフィアを見て、王子は限界がきたらしい。

 バッと片手を前に出し、大きな声で叫んだ。



「その女を捕らえよ!!」



 その瞬間、ソフィアは近くにいた騎士に腕を押さえつけられてしまった。

 持っていた薬湯が床に落ちて、緑色の液体が飛び散る。

 微かに匂っていた苦草の香りが部屋全体に漂い、全員が「うっ」と顔を歪ませた。



「この匂いは、確かに人が飲めたものではない」

「これが毒というのも頷けるな」



 そんな声がソフィアの耳に届く。

 薬湯とは、そもそも苦いものなのですよ……と言いたいのを我慢して、ソフィアはおとなしく騎士に連行されて牢獄に入った。


 一応ソフィアが侯爵令嬢であることと毒の確認がされていないことから、貴族用の多少は綺麗な牢屋である。

 もしも本格的に王族殺害未遂として扱われたなら、ネズミや虫と一緒に泥に塗れた暮らしになっていたであろう。


 ソフィアは質素なベッドに腰をかけ、ふぅ……と小さくため息をついた。



「……さて。どうしましょう? 本日のお薬は飲まれなかったし、もしこのまま何日も監禁されてしまったら殿下は……」



 アーサー王子の抱える()は、実は王宮でも知っている者が少ない。

 なにせ本人ですら知らないのだ。


 陛下がこの事態を知ればすぐに対処してくれるだろうが、今は隣国の祝祭に出かけてしまっている。

 帰ってくる頃には、王子の()は発症しているだろう。



(事情を知っている室長から、あれは毒ではないという証明がされればいいのですが……。もしも結果までに3日以上経ってしまったら、発症は確実だわ。それに、突然数日間のお休みになってしまいそうですが、救護室のほうは大丈夫でしょうか……)



 自分の働いている救護室のことを考えていると、ふとソフィアの頭にある男の顔が浮かんできた。


 黒髪に綺麗な紫色の瞳の騎士。

 口数が少なく、いつも無表情で落ち着いているその騎士は、毎日どこかを怪我しては宮廷薬剤師であるソフィアの元を訪ねてくる。



(彼は、今日も怪我をしたのかしら? 手当てをしてあげられなくて申し訳ないわ)



 そんなことを考えていると、牢屋の前に立っていた兵士が慌てて何か話しているのが聞こえてきた。

 誰かがこの地下牢にやってきたようだ。

 


「いえ! そんな! 地下牢の見張り役など、テオドール卿にさせるわけには! ……いえ、しかし!」



 兵士の声は聞こえるが、相手の声はあまり聞こえない。

 けれど、テオドール卿という名前を聞いてソフィアは立ち上がった。

 まさに今考えていた騎士の名前だったからだ。



「テオドール卿?」



 牢の格子に手をかけ、外に向かって声をかけると黒髪の騎士と目が合った。

 走ってここに来たのか、めずらしく息を切らして汗をかいている。


 ソフィアの姿を見たテオドール卿は、兵士を再度説得し牢から離れさせていた。

 兵士がいなくなったのを確認し、テオドール卿がゆっくりと近づいてくる。


 顔はいつも通りどんな感情なのかが全く読めない無表情だ。

 


「……救護室にあなたがいなかった。ここにいると聞いて、驚いた」



 ボソッと呟いたテオドール卿の声には、どこか焦りの色が混ざっている。

 いつも落ち着いた声しか聞いたことのなかったソフィアは、少し驚きながらも彼に問いかけた。



「救護室に行かれたのですか? 今日もどこかお怪我を?」



 そう言いながらテオドール卿の顔や腕をジロジロと見て、手の甲に切り傷があるのに気づいた。

 救護室に行ったはずなのに、その傷は手当てをされたようには見えない。



「まあ。今日は手の甲を……。手当てはされなかったのですか? なぜこちらに……」


「あなたは、ご自分が捕まっているというのになぜ他人の心配を?」


「えっ?」



 ソフィアはキョトンとした顔でテオドール卿を見つめ返す。

 騎士というよりも王子のような繊細な顔。その涼しげな目元からは、どこか怒りのようなオーラが出ているような気がした。



「私は大丈夫です。室長に確認していただければ誤解はすぐに解けるでしょうし、特に問題はありませんわ。それより、菌が入る前に早く手当てをしなくては」


「これくらいの傷、放っておいても平気です」



 テオドール卿はそう言うなり、先ほどまで兵士が立っていた場所に同じように立った。

 そんな彼の言動は、ソフィアには不可解なものばかりである。



(侯爵家出身の騎士であるテオドール卿が、地下牢の見張りを? それに、いつもはもっと小さな傷でも救護室にいらっしゃる方なのに、傷を放っておく?)



 万が一化膿しては困ると、しっかりと手当てを受けていたテオドール卿の姿が浮かび、今の彼との矛盾にソフィアは首を傾げた。

 それでも本人が平気と言っているならば、強制させるものでもないだろう。



「わかりました。ですが、また怪我をされた際には救護室でしっかり手当てを受けてくださいね」


「あなたが地下牢(ここ)にいる限り、怪我をすることはないでしょう」


「……?」



 テオドール卿の言葉にソフィアは再度頭を悩ませたが、彼は地下牢の入口を睨みながら黙り込んでしまったので、そのまま何も聞かないことにした。




 投獄2日目。

 牢に入れられて丸1日が過ぎた昼に、アーサー王子と2人の宮廷薬剤師がソフィアの元を訪れた。

 王子の連れてきた薬剤師たちは、どちらもここ1年以内に入ってきた新人である。


 ソフィアはあまり関わりのない新人がなぜここに来たのかという疑問よりも、気になることがあった。


 それは、その新人が持っている小鍋である。

 使い古された丸い壺のような、薬剤を作る際に使う小鍋。それはまさしくソフィアの物であった。



「どうだ。ソフィア・シェルハント。己の罪を認める気になったか?」



 アーサー王子は腕を組み、半笑いの顔で問いかけてきた。

 王子からは見えない位置に立っているテオドール卿が、暗殺者のような怖い顔で王子を睨みつけている。



「罪も何も、私は毒など作っておりません。室長に確認はしていただけましたか?」


「ああ。もちろん室長(やつ)は否定した。お前と同じく、あれは薬だと言っていた」


「でしたら……」



 ソフィアがホッとして王子を見ると、なぜか王子の口元がさらに怪しい笑みに変わる。

 嬉しくてたまらないといった顔だ。



「だが、室長(あの男)はお前の共犯者だ。信じるわけにはいかない。実際にここにいる2人に聞いたが、お前の作っている薬がなんなのか知らないと言っているぞ!」



 王子が少し後ろに立つ新人薬剤師2人をバッと指差した。

 2人は困ったような怯えたような様子で、ソフィアと目を合わさずにモジモジと手を動かしている。



「そちらのおふたりは入ってきたばかりの新人でございます。アーサー殿下のお薬については、極秘事項として数人の薬剤師しか知らないのです」


「またそんな作り話を!! ……まぁ、いい。お前が今回認めないというのなら、まずはこれを壊してやろう」



 そう言うなり、王子は新人薬剤師の持っていたソフィアの小鍋を乱暴に持ち上げた。



「まぁ! 殿下、それはいけません。殿下のお薬は、なぜかその小鍋と私の魔力を合わせなければ作れない特殊なものなのです! それを壊されてしまっては、もう2度とあのお薬を作ることが……」



 めずらしく動揺したソフィアを見れて満足したのだろうか。

 王子は嬉しそうに高笑いをした。



「はははっ! これはよほど大事な物らしいな。舐めた態度を取った罰だ!」



 ガシャン!!


 王子はその小鍋を床に叩きつけて割ると、さらに靴で踏み潰して粉々にさせている。

 どう見ても修復不可能な状態を見て、ソフィアは小さなため息をついた。



(ああ……壊れてしまったわ。これでは、たとえ私がこの牢から出られたとしても、もう2度と殿下の薬を作ることはできないわね。陛下はさぞガッカリされることでしょう……)



「これで少しは反省したか!? 次に来るときまでには、謝罪の言葉を考えておくんだな! まぁ謝罪をしたからと、俺が許すとは限らないがな!」



 ははは……! と高笑いをしたまま、王子は地下牢から出て行った。

 新人薬剤師たちもすぐにその後を追い、その場にはソフィアとテオドール卿だけが残る。


 テオドール卿が割られた小鍋の破片を拾いだしたので、ソフィアは慌てて声をかけた。



「テオドール卿! 手を怪我してしまいますわ。箒など使ってくださいませ」


「……箒を使ったら、他のゴミと混ざってしまう」


「構いませんわ。もう直すこともできませんし、小鍋は他にも持っておりますから。それよりも、薬剤が残っているかもしれませんし、直接触るのは危険です……!」


「直せなくとも、これはあなたにとって大事な物なのでしょう?」


「え……?」



 ソフィアが驚いて動きを止めると、下を向いていたテオドール卿が顔を上げてソフィアを見つめた。

 真っ直ぐなその視線に、ソフィアは自分の心臓がドキッと大きく弾んだのがわかった。



「……なぜ、その鍋が私の大事な物だとご存知なのですか?」


「勘です」


「勘……」



 ただの直感だったと堂々と言うテオドール卿を見て、ソフィアはふふっと微笑んだ。

 その笑顔を見て、無表情のテオドール卿の頬が薄っすらと赤らんだことには気づいていない。



(不思議な方ね。気持ちが軽くなったわ)



「ありがとうございます。その小鍋は、私の先生から頂いた物なのです。……ですが、それで怪我をされては先生も喜びませんわ。手で触れるのはもう……」


「もう終わりました」


「!」



 そう言われて床を見ると、大きな破片は綺麗に片付けられていた。

 地下牢にあった空いた木箱に入れてくれたらしく、ソフィアの牢の近くに置かれている。

 いつの間に!? と驚くと共に、ソフィアはテオドール卿が毎日怪我をしていることを思い出した。



「テオドール卿! お怪我は? 手は無事ですか?」


「はい」



 証拠だとでも言うように、テオドール卿は手のひらを広げて見せてくる。

 そこには切り傷1つなかった。



(あら? あんなにすぐ傷を作る方なのに、これだけの破片を触って無傷だなんて……)



 キョトンとしたソフィアの様子に気づいたのか、テオドール卿は少し気まずそうにボソボソと話し出した。



「その……いつもの怪我は、自分で作ったものなのです」


「…………え?」



 理解不能なその言葉に、ソフィアはさらに眉をくねらせた。

 その間、頭の中にはいろいろな理由で救護室に通っていたテオドール卿の姿が思い出される。


 小さな切り傷、打撲のあと、頭痛や腹痛の日もあった。

 その中の怪我は、全て自分で作ったものだという。



「ご自分で作られたというのは……?」


「傷や打撲は自分で自分を傷つけていました。腹痛や頭痛は……嘘です。すみません」


「…………」



 テオドール卿は本当に悪いと思っているらしく、気まずそうに目を泳がせている。

 まるで、母親に怒られる前の覚悟を決めた子どものように見える……とソフィアは思った。



(そうだったのね。……でも、どうしてそんな嘘を?)



 ソフィアの心の声が届いたのかもしれない。

 テオドール卿は、グッと一度唇を噛みしめたあとにまっすぐソフィアを見つめた。


 どこか熱を帯びたその真剣な瞳に見つめられて、ソフィアは自分の体温が上昇したような気がした。



「あなたに会うために、嘘をついていました」


「……私に会うため?」


「はい。怪我や病気でなければ救護室には行けませんので」


「それは……そうですね」



 この時点で、ソフィアの頭の中には1つの疑問と小さな自惚(うぬぼ)れが浮かんでいた。

 しかし、それを簡単に口に出せるほどソフィアは自分に自信があるわけではない。



(もしかして、テオドール卿は私のことを……? なんて、聞けるわけないわ)



 そんなことを考えた自分が恥ずかしくなり、ソフィアはテオドール卿から目をそらして下を向いた。

 先ほどより熱くなった顔と体のせいか、心が落ち着かない。


 檻の格子を掴んだテオドール卿は、少しだけソフィアとの距離を縮めた。



「あなたを処刑になんてさせません。絶対に。もし、そんな理由でこの檻を開ける日が来たら、国に逆らってでも自分があなたを助けます」


「テオドール卿……」



 この国のために日々鍛えている騎士が、自分を救うためなら国を裏切るとまで言ってくれている。

 そんな危険はことはしないで、と思う気持ちの中に、嬉しい気持ちが混ざっていることにソフィアは気づいた。



(私のためにここまで言ってくれる方なんて……他にいないんじゃないかしら)



 なぜか泣きそうになる気持ちを抑え、ソフィアはテオドール卿に笑いかけた。



「その必要はありません。いくら王子といえ、陛下の許可なしに私を処刑できないはずです。それに、早くて明日……遅くても2日後には、あの薬湯が毒ではなかったことがハッキリするでしょう」


「……本当に?」


「ええ。今、王宮の研究室では床に溢れた薬湯をすくって調べていると思います。きっと毒とも薬とも判別できないはずです」


「それではあなたの嫌疑は晴れないのでは?」


「大丈夫です。アーサー殿下の病が発症すれば、その薬の効果を見ることができるでしょう。あの薬は強力なので、たったひと舐めするだけでも効果は出ます。……もちろん、それだけでは全然足りませんが」



 視線を下に向けたソフィアを見て、テオドール卿はそれ以上何も言わなかった。

 これから先起こるであろうアーサー王子の行く末を、なんとなく察したのかもしれない。


 そして、その日はやってきた。


 王子直属の執事や騎士が真っ青な顔でソフィアのもとに来たことで、ソフィアは王子の病が発症したのだとわかった。



「ソ、ソ、ソフィア様!! ア、アアアアーサー殿下がっ」



 何も説明できない執事たちに連れられて、ソフィアは王子の部屋を訪れた。


 ベッドの上には毛布を被って呻き声をあげているアーサー王子が。

 その近くには、呆然とその様子を見ているエイリーンの姿があった。



「アーサー殿下! ソフィア宮廷薬剤師を連れて参りました!」



 その声に反応して、アーサー王子が毛布をバッと床に落とし、その姿を見せた。

 顔や腕などの肌にはボコボコとした緑色の大きな吹き出物ができていて、このベッドの上にいなければアーサー王子だと判別できないほどになっている。


 

(まあ。毎日薬を飲んでいても、少しも改善はしていなかったのね)



 その姿を見ても動揺していないソフィアに向かって、王子が怒鳴りつける。



「おい!! これはなんだ!? なんでこんなことに!?」


「そちらがアーサー殿下の病でございます。3年前、視察から帰国したのちに発症した皮膚病です」


「皮膚病だって!? 俺はそんなの知らないぞ!?」


「はい。ご自分の姿にショックを受けた殿下は、薬が開発されて元の姿に戻ったあと、その記憶をなくしてしまったのです」


「な……!?」



 アーサー殿下は一瞬言葉に詰まったが、すぐにハッとしてまたソフィアを責め始めた。

 まるで今の状態が嘘だと言ってほしいように見える。



「だ、だが、なぜそれを教えなかった!? なぜずっと隠していたんだ!?」


「……アーサー殿下の暴走を止めるためでございます」


「俺の暴走?」


「はい。殿下は、その姿を見た使用人を全員処刑してしまったのです。私や室長は薬を作っていたため助かりましたが、それ以外の方は全員。その後記憶をなくした殿下は非常に落ち着いておられましたので、このまま黙っていようと陛下が命令されました」


「…………」



 ソフィアの言葉を聞いて、アーサー殿下もエイリーンも周りにいる使用人たちも、口を開けたまま唖然としている。

 誰も動かない静かな空間を破ったのは、またもアーサー王子だ。



「いや。そんなはずはない。この姿が本当の俺などと……。毒……そうだ! 毒だ! お前の作った毒のせいで、俺はこんな姿になったんだ!」



 少し半笑い状態のアーサー王子が、ビシッとソフィアを指差す。

 そういう結論を出されると予想していたソフィアは、チラリと扉に視線を向けた。


 ピッタリのタイミングで、小瓶を持ったテオドール卿と数人の研究員が部屋に入ってくる。



(お使いを頼んでしまってごめんなさい、テオドール卿)



 心の中で謝罪をして、ソフィアはその小瓶を受け取った。

 部屋にいる全員の視線が、緑色の液体が入った小瓶に集中する。



「これは、私が作った薬湯でございます。もう残りはこれしかありませんが、飲んでみてください。少しは今のお肌が改善されるでしょう」


「何……っ!?」



 アーサー王子の近くに行きその小瓶を差し出すと、王子は疑わしそうな目をしながらもそれを受け取った。

 肌が改善されるという言葉に、心が揺れたのだろう。


 王子は小瓶の蓋を取り、少量の薬をペロッと舐めた。



「!!」



 シューーッという音と共に、頬にできていた大きな吹き出物が消える。

 吹き出物のせいで歪んでいた目が、元の綺麗な形に戻った。


 ……反対の目はまだ歪んだままだけど。



「おおっ!!」

「本当に治った!!」

「あれは毒ではなく、本当に薬だったのか!」



 周りにいる使用人からそんな声が上がる中、エイリーンがガシッとソフィアの服を掴んだ。

 力いっぱい引っ張られ、少しだけ首がしまって息苦しくなる。



「早く!! この薬をもっと作って!! 今すぐ!!」


「……む、無理でございま……す」


「どうして!? 私が嘘をついてあなたを陥れたから!? それは謝るわ! 毎日殿下と会ってるあなたを疎ましく思ってただけなの……ごめんなさい」


「…………」


「ねぇ、謝ったんだから、もういいでしょ!? 今すぐに薬を作ってっ!!」



 鬼気迫るエイリーンの様子にソフィアが戸惑っていると、テオドール卿がやってきて2人を引き剥がした。

 苦しさから解放されたソフィアは、息を整えてから改めてエイリーンに向き合う。


 アーサー王子が何も言わずに黙ってしまったことから、きっと彼はわかっているのだろう。



「この薬を作るために必要な小鍋は、昨日アーサー殿下が壊されました。修復不可能なほどに粉々になってしまったので、もう作ることはできません」


「なんですって!? なんでそんな大事なことを言わないのよ!?」


「もちろんお伝えしましたが、信じていただけませんでした」


「そ……んな……」



 それ以上何も言えず、エイリーンはその場にペタリと座り込んだ。

 先ほどまでの迫力がなくなったアーサー王子は、か細い声でソフィアに問いかけてくる。



「ということは、もしかして俺は……一生この姿のままなのか?」


「……申し訳ございませんが、そうなってしまいます」


「新しく薬は作れないのか? ここまで強力じゃなくても、少しでも抑えられる薬を」


「申し訳ございませんが、この3年間ずっと作り続けておりますが成功例はございません。あの小鍋に残った先生の魔力が必要なのかもしれません」


「その先生というのは……」


「もう亡くなっております」



 最後の希望もなくなった王子は、ソフィアの答えを聞くなり白目を剥いて倒れた。

 とても今の状況を受け入れられなかったのだろう。


 残されたエイリーンも使用人たちも、言葉と正気を失ってただただ黙っていた。



(もう戻ってもいいかしら? 毒の誤解は解けたのだから、救護室に行ってもいいのよね?)



 静かにお辞儀をしたソフィアは、そのまま足早に部屋から出ていく。

 テオドール卿もそんなソフィアの後に続いて部屋から出た。



「まさかアーサー殿下の病が皮膚病だったとは。とにかく、あなたの誤解が解けてよかったです。冤罪で牢屋に入れられたことに対する訴えはされるのですか?」


「いいえ。ほんの数日ですもの」


「……本当にあなたはお人好しですね」



 クスッと笑ったテオドール卿が、少し気まずそうにソフィアから視線を外す。



「それで、あの……また怪我をしたら、救護室に行ってもいいですか?」


「!」



 自分に会うためにわざと怪我をしていたと言っていた話を思い出し、ソフィアの頬がほんのりと赤くなる。

 ざわつく胸をくすぐったく感じながら、ソフィアはニコッと微笑みかけた。



「ええ。もちろんです。ですが、わざと自分を傷つけないでください。それは禁止です」


「えっ。ですが、そうでもしないと俺はあまり怪我をすることが……」


「怪我をしていないときは、直接私に会いにきてください……というのはダメですか?」


「!!」



 無表情のテオドール卿の顔がボッと赤くなったのを見て、ソフィアは思わずフッと吹き出してしまった。



(まあ。なんて可愛いのかしら)



「も、もちろんダメではないです」


「ふふっ。では、いつでもお待ちしてますね」



 これからも殿下の薬作りの研究が続いたりと、バタバタする日々が待っているだろう。

 またも殿下が暴走することもあるかもしれない。


 そんな中でも心を癒してくれることがあるのなら、いくらでもがんばれる。


 ソフィアは王子の部屋を振り返ることなく、真っ直ぐに前に歩き続けた。



最後までお読みいただきありがとうございます!

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