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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

レッドゲーム・エンデヴァー

作者: 館翔輝

 六文字(ろくもんじ)ロアが帰宅すると、玄関のドアのポストに分厚い封筒が届いていた。

「なんだこれ……」

 表面に大きく『招待状:レッドゲーム・エンデヴァー』と書かれている。あと右下に送り主の物と思わしき住所が書かれていた。不思議なことにロアの家の住所は書かれていないが、どうやって届いたのだろうか。

 名前に『ゲーム』と書かれているので、とりあえず開いてみる。まず、一枚の紙を取り出した。封筒と同じく『招待状』と書かれ、日付や送り主の名前などの情報が形式通りに書かれている。時候の挨拶などを読み飛ばし、本文を見た。どうやら、こういうことらしい。

『製作したゲームの最終テストプレイ兼ゲーム大会を開くので興味ある人はウェブで応募してね』

 もちろん砕けた文体ではない。

 他にも、この封筒が日本中のトッププロゲーマー五百人に配布されていることや、大会は丸一日使うかもしれないので予定を開けておいてほしいこと、詳細はウェブに載っていることなどが書かれている。

「……ちょっと待てよ?」

 ロアは面白そうだなあと思いつつも、首が取れてしまうのではないかというぐらいにかしげた。

「俺、プロゲーマーじゃないんだが……」

 そう。ロアはただの一般的な高校生なのである。

「そうだ、お問い合わせフォームだ!」

 きっと住所を間違えたのだろう。近くの知り合いにプロゲーマーはいないので届けようもない。とりあえずパソコンを立ち上げ、招待状に書かれているお問い合わせフォームを開いた。

 そしてそのお問い合わせフォームは、思っていたようなものとだいぶ違った。

 まず、二次元美少女がいる。三頭身ぐらいで、緑色の髪によく似合ったジャージ姿、首に白いシンプルな絆創膏をたくさん貼り付けている。

 そしてそれがしゃべった。スピーカーからかわいらしい声が響く。

『お問い合わせフォームへようこそ! いちいち回答するのに時間がかかると面倒なのでこの天才美少女AIエルちゃんがお答えします! ではまず自己紹介をするね――』

 カチッ。ロアは無慈悲にスキップボタンを押した。エルは悲しそうな顔をしながら『ご用件は何ですか?』と聞いてきた。テキストボックスに『間違って配達されています』と入力する。

『あー、それなら大丈夫! どこにも「プロゲーマーだけに配布された」とは書いてないでしょ。うちのボスの友達が面白そうって思った人にも招待が行ってるわけですね! というわけでノープロブレムっ!』

 両手をピースしながら踊るエル。資料を見てみるが、やはり『トッププロゲーマー五百人に配布』と書いてある。妙な違和感を感じたが、まあいいやと納得した。

『書いてあった日付に予定が空いてればぜひぜひ参加してねー! 不思議なことにみんな予定空いてると思うけど!』

 カレンダーを見る。予定された日付は……来週の土曜日だ。いつもは毎週土曜日に塾があるが、その日だけは塾が休みだった。

『ここからゲーム概要を見てみてね! みんな大好きガンシューティングサバイバルでーす! いぇあ! 最大で賞金十億円!』

「……はっ?」

 エルがページ上部の『概要』ボタンを指さした後、どこからかマシンガンを取り出しジャグリングを始めた。本当にハイテンションである。

 十億円というのが本当なら、四億の宝くじを二回当てるよりも多い。

 ボタンを押してページを移動すると、エルは「ばいばーい」と言いながらフェードアウトした。

 ゲームのスクリーンショットは本当にどこにでもありそうなゲームである。しかし所持武器などのプレイに必要なコントロールが一切ない。自分の持つ銃の一部が映っているし『実際のプレイ中の画面です』と書かれているので、風景だけを撮影したわけでもなさそうだ。

 その疑問はすぐに解けた。ヘルメットのようなものの写真が現れる。

『このヘルメットを着けて意識をゲームの世界に送り届けます』

 つまり、実際に手足を動かすかのようにゲームプレイができるということだ。

「すげえ……」

 ロアはすぐに応募フォームを開いた。


 * * *


 土曜日。大会の日。時刻は午前一時半だ。

 ロアは公式サイトで提供されている膨大な資料を一週間ぐらいかけてすべて読んだ。どうやら銃で撃ちまくるだけではなく、設置されている木や石や鉄などの素材を取り、様々な道具を作れるというゲームのようだ。曰く『作れるものはアイデア次第で無限大』らしい。面白そうだ。

 ロアは昨日届いたヘルメットを頭につけ、ベッドに横たわる。すぐに眠気を覚え、意識が遠くへ飛んで行った。


「『レッドゲーム・エンデヴァー』へようこそっ! ひさしぶりぃ! エルちゃんです! いぇい!」

 まず、騒がしい声で出迎えられた。

 適当に返事を返し、あたりを見回してみる。空中に浮かんでいるらしい。下を見れば、本物としか思えないとても広い大地が広がっていて、湖や森など様々なものがある。空は青い。雲ひとつ無い美しい青空が広がっている。

 自分の顔は見えないが、服装は防弾ジャケットのようなものを着ている。事前にウェブサイトで設定しておいたものだ。

 事前情報によれば、人数が一定以下に減ると段階的に別の世界にも行けるようになり、もっと強い武器や変わった素材が得られるとのことだ。それまでロアが生きていられるかは知らない。自信は全くない。

「ま・ず・は! 武器セットを選んでね! じゃじゃん!」

「わお」

 空中に青いホログラムのようなパネルが浮き出てくる。『スナイパー』『ファイター』『ヒーラー』など様々なセットから選べるようだ。ロアは全部に目を通すと、とりあえず『スナイパー』にした。正面きって戦うのは大の苦手だから、隠れて敵をやっつけようという算段だ。

「開始後一時間は平和な時間! 素材を集めたり武器を作ったりする時間に活用してね! じゃ、がんばれ! あと十人ぐらいがログインする予定だよ!」

 エルがへんてこりんな舞を舞う。すっころんだ。

 すぐに空中に浮かんでいるカウントがゼロに減る。全員ログインしたようだ。

「ゲーム開始まで十! 九! 八! 七!」

 自分の心臓の音がよく聞こえる。緊張しているようだ。よく見ると手汗もかいていて、ほんとうにこれがゲームの世界なのか疑いたくなる。

「六! 五! 四! 三!」

 深く息を吸う。

「二! 一!」

 息を吐く。目を閉じる。

「ゼロっ! ファイトー!」

 ふわりとした感覚を覚え、目を開けるとそこは平地だった。すぐに湖が見える。後ろにはうっそうとした森があった。もうエルはいなくなっている。

「えと……」

 右腕にスマートフォンのようなものが巻かれていた。『マップ』ボタンを押すと、このあたりの地図が表示され、近くにいる人のカーソルもちょろちょろと動いている。付近には五人。本当に広い世界だ。

 なんでも取っておこうという考えの元足で土を掘りつつスマホをいじる。『インベントリ』ボタンを押せば、所持品の一覧が表示された。それぞれ異なる銃が三丁、弾が使い切れないほどたくさん、防弾ジャケットの替えが一着。銃『八ツ眼』の名前を押すと、ぱーっという光とともにシンプルな銃が現れた。外見ほど重くもなく、扱いやすそうである。スコープを覗くととにかく遠くまでよく見える。倍率もスライダーで変えられるようだ。

 しゃがんで掘っていた土を手に取ると、それはぱっと消え、かわりにスマホ画面に『土』の表示が現れる。『八ツ眼』を手に持っても消えないのを見ると、自分の意思だけでしまうか否かが変えられるらしい。すごい。

 そして念のため『土を取り出す!』と念じると土が出てきた。とてもすごい。

 ただし土は足場にも壁にも使うのは大変そうなので別の物が欲しい。というわけでくるっと百八十度回り、木を伐るべく森へ駆けだした。

 鬱蒼で薄暗い森に着くと誰か先客がいた。大木に銃を連射してなぎ倒している。とても豪快だ。

 木の影からのぞいてみれば、黒髪の背の低い少年がいる。絵本に出てくる白馬の王子様のような綺麗な白い服を着ていた。頭上にはユーザー名を表す『レイト』というラベルが浮かんでいた。

 ロアは今が平和な時間であることを思い出し、話しかけてみた。

「どーも」

「え? え……うわ! 人だ! うわあああ!」

 いきなり銃をこちらへぶっ放してくるレイト。ロアが半眼になり、弾はすべてロアの体に触れると消え去った。

「えっ? え? なんで?」

「今、平和な時間だぞ」

「あ……そっか……」

 レイトは真っ赤になって俯いた。さっきの人を見つけた時の反応を見るに、レイトはプロゲーマーには思えない。

「えっとぉ……その……」

「気にすんな。俺も木を取りに来ただけだからよ」

 スマホを操作する。ライフルである『八ツ眼』では木を伐るのが難しそうなので他の銃を出してみる。

 まず『(クロ)』。出てきたのは拳銃だ。これも木を伐るのは無理だろう。

 残る一つは『朝焼(アサヤケ)』。『八ツ眼』よりも大きな銃だ。それでも木を伐るのはちょっと無理そう。

「……なんてこった」

 とりあえず木を蹴ってみるが、びくともしない。

 そんなロアを見かねてか、レイトがおどおどと話しかけてきた。

「あ、あの……これ、貸しましょうか……」

「え? いいの? ありがとう! ヒャッハー!」

 木に向かって受け取った銃を撃ちまくる。すぐに木がぐらりと傾き、根元から折れた。それに触れるとスマートフォンの画面に『丸太』が追加される。

 まずはこれぐらいでいいだろう。宣伝通りだとすればこの丸太を加工して斧にもできるはずなので、その場に丸太を出現させる。

「んー、こうか! あれ? こっちか? おおーっ」

 ぽかぽかと殴りつけたり人差し指でつついたりすると、武器セットの選択画面と同じようなメニューが飛び出してきた。

 その中の『加工』を選ぶと、いくつかのボタンとグリッドだけがあるお絵描き画面が出てきた。どうやら絵をかいてその形に加工するというシステムらしい。面白い。

 丸太から直接切り出すのではなく、まずは一定サイズの直方体の木材をいくつかつくる。それを斧の形にする。

「おおー! できたぜ!」

 使われなかった余りの木材もまとめてまた新しい直方体にしてしまえばいい。画面には『木の角材』という表示が現れた。再利用は大切である。

「せやっ!」

 斧を振り、木に垂直にぶつける。リアル世界では貧弱な木の斧で大木が切れるわけはないが、ここはゲーム世界なので調整されているようだ。二発ぶつければそれは倒れた。

 他の木も同じ調子で伐採していく。

 ロアが斧でばっさばっさと木を伐っているのを見習い、レイトも斧を作ってみた。すでに何本も木を伐っているので、ロアの物より二回りぐらい大きな斧になった。

「うっりゃああああ!」

 重いが、全力で木に叩きつける。鋭い斧はずばっと木を伐り裂いた。

「おっ、すげえ。人ってやっぱ見た目によらねーなぁ」

「へぁ!?」

 いつの間にかレイトの背後にロアが立っていた。また恥ずかしくて顔を赤くし、今度は膝を抱えてしゃがんでしまった。


 その後。とにかく木を伐りまくって伐りまくった後、レイトと別れた。レイトは最後まで顔が真っ赤だったので、ここまでくると熱があるのではないかとロアは疑った。

 平和な時間の終わりまではあと三十分ほどあるので、この世界を散策してみることにする。そして見つけたものは全部回収だ。

「お」

 湖のまわりを歩いていると、透き通った水中に宝箱のようなものを見つけた。だいぶ浅い場所にあるので取るのも簡単そうだ。服を脱ぐことはできないようなので、とりあえず重装備のまま湖に入る。

 宝箱は半分地面に埋まっている。木製で白い金属の縁があり、鍵穴らしきものはあるが力で開いた。

「おおーっ」

 中身は銃だった。ほかにも銃弾が入っている。水中にあったというのに、手に取ってみれば水気は一瞬でなくなってしまった。

 インベントリにいれれば名前が表示された。『アクシスshaft(シャフト)-007』らしい。銃のことはよく知らないが、ぱっと見た感じ拳銃っぽい。同梱されていた銃弾の箱も『拳銃の弾』という名前なので予想は当たっていたようだ。

 銃は何丁もいりそうにないが、インベントリ画面にはどこにも容量などの記載がないので無限に入れられるらしい。物はすべて取っておく。それとよくあるゲームとは違い空の宝箱は地面に埋まったままで、消える気配はない。いちおうインベントリにも収納できた。

 ――バシャッ。

「……ん?」

 パシャバシャバシャバシャ。

「んん?」

 水の音だ。どんどん激しくなる。

「……んんん?」

 湖のど真ん中で何かが暴れていた。

 よく見たら人だ。水色の髪に水色の浴衣を着ている可愛らしい少女。よく見ると猫耳らしきものもある。

 その少女がおぼれている。

「おい! 大丈夫かー! おい!」

「わああ! 助けてちょっとごぼっ何か長いものちょうだいごぼぼっ!」

「……長い物っつっても……あ」

 丸太を取り出した。丸太はぷかぷかと水面に浮かび、少女がそれによじ登る。だいぶ悪戦苦闘しているようだったので、またそこら辺の土を採取して時間を潰す。

「……ぷはー。助かったよぉ……死ぬかと思っうぎゃあー!」

「……何やってんだあいつ……」

 丸太を引っ張って湖から引っ張り出すと、少女は地面に寝転がって深呼吸をした。頭の上には『ほつれ』とラベルが浮かんでいる。

「んー。助かったあ、ありがと」ほつれが何かを取り出した。「はい。これお礼ね」

 手渡されたのは丸い試験管だった。中に半分ほど緑色の液体が入っていて、コルクで栓をされている。

「これは?」

「んー? これね、飲むと一時的にジャンプ力が上がるっていうものなんだ」ほつれも自分の分を取り出し、飲んだ。「ほら!」

 軽く地面を蹴っただけなのに、ロアの身長よりも高く飛びあがる。ぴょんぴょんとなんどもロアの頭上を往復する。

「ね! すごいでしょ!」

「すごいな。うん、ありがとう」

 インベントリにしまっておく。画面によればこれはポーションらしい。

「それじゃ! また会ったときは敵同士だね! じゃ!」

「またな」

 ほつれはどこかへ走っていった。


 ゲーム開始から一時間。平和な時間が終わった。それでか、スマホの画面に『金額』という項目が表示される。今は『一万円』。ウェブの情報によれば死亡した場合半額が現実世界でもらえ、キルした場合相手の金額の半分を奪えるらしい。つまり参加賞で最低五千円はもらえるというわけだ。

 ロアは今、草原のど真ん中にいる。草は全く高くないが、岩、車やヘリコプターだった金属塊が適度に配置されており、隠れて行動することも十分にできる。

 ロアはとにかく駆け回って土や木や石、宝箱の中から銅や鉄などの素材も手に入れた。これだけあれば十分な壁になりそうだ。もちろん新規の銃や剣らしきもの、あとグレネード等もいくつか手に入れたが、当分ライフルの『八ツ眼』と拳銃の『黎』だけで問題なさそうである。

「……敵だな、近くにいるぞ」

 だいたい百メートルぐらいだろうか。障害物に隠れているようで目視はできないが、マップを見ればすぐそこにいる。『八ツ眼』を構え、足音を立てないように近づく。

 そして。

「くらえぇ! くたばれオラァ!」

 少し離れて敵――黒髪を後ろに束ねた女だった――を視界に入れ、引き金を引く。乱射する。

 もちろん相手もマップを見ていたようで、多少間はあったものの敵も銃を撃ってきた。

「うわ、けっこーしぶといな……」

 思っていたよりプレイヤーの体力が多い。

 近くにあった岩に隠れ、グレネードを取り出す。投げようと後ろを振り向くと、

「死ねェ!」

「うわ!?」

 剣を振り下ろしてきた。反射的にグレネードのピンを外し、岩にたたきつける。大爆発が起きた。

「がっ……!」

 当然至近距離で爆発したロアもただではいられないわけで、敵と一緒に吹き飛ばされる。ちょっと痛いが、頬を叩かれるよりはましである。

 慌てて『八ツ眼』を構え、念のためもうひとつグレネードを手に握る。

 銃弾が飛んできた。後ろからだ。

「せやぁあ!」

 グレネードを投げた後、地面にぶつかるのを待つのも面倒なので『八ツ眼』で狙撃。強制的に爆発を起こす。

 轟音と爆風がおきる。ロアは腕で目を覆い、風がおさまるとマップを見た。

「はあ……疲れたぜ」

 敵のカーソルは消え、画面上部に『ロアが☆★ユカ★☆をキルした! 残り四八七名』とログが流れる。

 まだ一度しか戦闘していないのにどっと疲れ、その場に倒れこんだロアだった。


 * * *


「うわ! あの人すっごいじゃん!」

 ほつれは目の前に浮かぶホログラムを見て手を叩いた。

 ホログラムは、自分で投げたグレネードをすぐに撃つロアの姿が映っている。湖で助けられた時、こそっと『小型監視カメラ』をくっつけておいたのだ。なぜか服にくっついているはずなのに俯瞰視点の映像をリアルタイムで届けてくれる。もちろん宝箱産である。

 しかしこれはすごい。一発だけなのでまぐれの可能性もあるが、それはそれで運に恵まれているというわけだ。☆★ユカ★☆というプレイヤーも、ロアの持つグレネードよりさらに殺傷力の高いグレネードを握っていた。あの爆発が失敗すればロアが死んでいた可能性も高かっただろう。

「……で」ほつれが振り返り、背後にある木の上を指さす。「そこで銃を構えてる人」

 カーソルはマップには映し出されていない。資料に書いてあったが、たしか武器セット『スナイパー』を選択した場合伏せればカーソルがマップに表示されなくなったはずだ。

「んー。爆破しちゃうぞ?」

 ほつれがインベントリから赤い液体の入った試験管を取り出す。衝撃が加わるとグレネードよりも広範囲の爆発を起こすポーションだ。

「や、やめてくださいすいませ――ひゃあああああー!?」

 木の上にいた人は驚いたのか銃を取り落とし、甲高い悲鳴とともに自分も落ちてきた。どーんと鈍い音がする。

「う、うう……すみません……」

 落ちてきたのは黒髪黒目の王子様風ちびっ子少年――レイトだった。服が泥で汚れてしまっている。

 ほつれはレイトに白銀に輝くダブルバレルの銃を突きつける。

「あ! いや、すいません! えと……その、ロアさんの映像だったので……ついスコープで覗いて、ました……」

「ん? このひとの知り合いなの?」

 レイトが首をぶんぶんと縦に振る。

「さっき一緒に木を伐りました! えっと……それだけですけど、その……」

 いい事を思いついた、と口角をあげるほつれ。

「ね、しばらく共闘しない? 私を敵に回すよりはずっといいと思うけど?」

 涙目でうなずくレイト。

 ほつれは満足したように色とりどりの試験管のジャグリングを始めた。

 彼女の武器セットは『錬金術師(アルケミスト)』。初期装備が大変貧弱な代わりにいくらでも特殊な効果を持つポーションを生み出せるという、彼女のためにだけ用意された、ほつれ専用の武器セットである。


 * * *


「うあー……うめー……」

 ロアは岩陰に寝転んでりんごをしゃくしゃくとかじっていた。果汁が緊張で渇ききっていた喉を潤す。

 スマホ画面を確認すると、開始直後は五百人もいたプレイヤー――エルが言っていた通り、不思議と皆予定が空いていたようだ――がもう既に四百まで減っている。ゲームオーバーになるとどうなるのか気になるが、せっかくやっているのだ、最後まで楽しまなければならない。

 ランキング画面を表示すると一位から五十位までがずらりと表示された。まだまだキルした人はあまりいないようで、下の方にロアの名前もあった。そしてランキング上位にほつれの名前もある。ロアはけっこうの強プレイヤーを助けたようだ。それにしてはなかなかまぬけだったが。

 ぼうっとしておくのも少し嫌なので、大量にある丸太の加工タイムにする。何にするかと言えば、グレネードがふたつも減ってしまったのでかわりに投げつけて使う斧を作ろうと思う。なるべく鋭くして殺傷力を高めたい。

 斧はすぐに三つできた。周りを警戒しながら絵を描いたので少し歪んでいるが、当たれば十分なダメージを与えられるだろう。

「ようっし、やるか!」

 りんごの芯をしまう。捨てないのは、もしかしたら生ごみを投げつけて攻撃すべき時が来るかもしれないからである。

 そして右手に『八ツ眼』と左手に『黎』を構え、ちょくちょくマップを確認しながら走り出す。

 マップを見れば、この近くで動かないカーソルがふたつ。かなり近くにいるのにどちらも消えないのを見ると、仲間なのだろう。

 ロアは伏せていればバレない『スナイパー』の機能を有効活用し、まとめて二キルを狙うことにした。


(おー、いるぞいるぞ)

 だいぶ高い崖へのぼったロアは、伏せたままカーソルの場所を見た。男が二人胡坐をかいて座っている。無防備なことこの上ないが、ちょくちょくスマートフォンを確認して警戒はしているようだ。

 遠くを狙うだけなので一番威力の強そうな『朝焼』を構え――

「ひゃはははぁ! 引っかかったなァ!」

「っ!?」

 いきなり背後から攻撃された。

(あいつらおとりだったのかっ……!)

 一応『朝焼』でひとりを狙撃する。だいぶ反動が大きいが、当たってくれたようだ。赤い血が見えた。

 剣を持っている金髪ぼさぼさ男と向かい合う。

 どれだけ体力があるのか分からないようになっているが、何となく直感であと三回斬られたら死ぬ気がする。それまでになんとか三人を倒さねばならない。

 パン!

 背後から銃声が響く。おとりの男たちもこちらを狙撃している。まずい。

「っしゃらぁ!」

 取り回しやすい拳銃の『黎』に切り替えて撃つ。金髪は剣しか持っていないようで、銃を取り出す気配はない。たぶん武器セットの『ソードマン』を選んだのだろう。近接武器による攻撃に追加ダメージが乗る『ソードマン』の特性上、接近戦は禁物だ。

 後ろからも銃弾が飛ぶ。ロアはとっさにポーションを取り出し――崖から、飛び降りた。

 風の音が聞こえる。一応足を下にした体勢で落ちているが、このままでは骨折どころではない。即死だ。

 それでもこの行動をとったのは理由がある。

 ほつれのくれたポーション。これを飲んでいたほつれはロアの身長を軽々と飛び越えても平気な顔をしていた。つまり何らかの落下ダメージを軽減する効果が働いているということだ。それに賭けた。

 そしてその賭けは――

「はっ!?」

「何で死んでねえんだお前!?」

 勝った。

 驚いてひるむ男たちに向かって『黎』と『八ツ眼』を撃ちまくり、相手が銃を構える前に瞬殺。崖の上で驚きに目を見開いている『ソードマン』の金髪も『朝焼』で眉間を打ち抜き、殺害した。

「うっ、怖かった……」

 ふたたび多大な疲労を覚え、岩陰に倒れこむ。

 もうインベントリにりんごはない。どこかの泉に行って水分補給する必要がありそうだ。そう思った途端、スマホがぴろんと音を出した。

『ロアが神田マサトシをキルした! 残り三五一名』

『ロアがソルティをキルした! 残り三五〇名』

『ロアがXx-graphite-xXをキルした! 残り三四九名』

『残りプレイヤー数が三五○を下回った! 新しい世界「ヘヴン」への道が解放された!』

 そしてホーム画面のボタンのうち、先ほどまで鍵マークがついていた『世界移動』のロックが外れた。


 * * *


「おっ! ロアくんやるねぇ!」

 ほつれは爆発ポーションの試験管を崖の下へ投げまくりながら言った。崖の下にはさっきまでカーソルが三つあったが、レイトがマップを確認するとすぐに消えてしまった。

「も、もう大丈夫ですっ!」

「うーんよしよしぃ! いー調子!」

 彼女のポーション生成能力にデメリットはない。つまり無から生み出せるということだ。ただしそれぞれのポーションには生成決定から完成までの待機時間があり、爆発ポーションなら二秒、ダメージ軽減なら五秒などと決まっている。複数のポーションを同時に作ることはできないため、ほつれは移動中も戦闘中も常に能力を発動していた。当然、今もだ。

 レイトが監視カメラの映像を見ながら言う。

「えと……黄緑のポーション、使ったみたいです……」

「え、ほんと?」

 カメラの映像を少し巻き戻してみる。映像にはポーションを飲んだロアがとても高い崖から飛び降りるのが映っていた。

「わお」ほつれが手を叩く。「こんな使い方もできるのかあ」

 制作者であるほつれも思いつかなかった使い道だ。たしかに跳躍力強化ポーションには落下ダメージを無効化する機能もあるが、こういう使い方をするとは。

「やっぱり監視カメラつけて正解だったね。ロアくん、面白い!」

 ふむふむと唸りながら映像に集中しているほつれ。一応強い銃を持っているレイトはあたりを警戒し、近づいてきたプレイヤーを――銃の異常な連射速度による力技で――ひとり撃ち殺した。

「それにやっぱりロアくん、狙い撃ちの精度がすごいねー。尊敬するなあ」

 ロアとぼさぼさ金髪との距離はおそらく二十から三十メートルは離れているだろう。それをろくに構えもせず、眉間を正確に撃ち抜いてキルした。見事というほかない。

「ひ、一つ聞いてもいいですか……」

「うん? どしたの?」

「その……『錬金術師(アルケミスト)』? でしたっけ……えと、それってどこに?」

 最初の武器セット選択画面にはそのような表記はなかった。

 ほつれはいたずらを思いついた子供のように笑うと、人差し指を口に当てる。

「ないしょ。まだ、ね――ロアくんと私たちで三人だけ生き残ったら、教えてあげるよ」


 * * *


 ロアはやってきた。どこにと言えば当然『ヘヴン』だ。元居た世界の名前はシンプルに『地上』らしい。

 ただここはその名前に反してまさに地獄である。薄暗い空間に血のようなどす黒い岩石の地面。ところどころで赤黒い火が燃えている。真っ赤な木が生えていて、それは人間の手のような形をした赤い気味の悪いツタをはやしていた。どうやら地下か何からしく、空は見えない。

「おもしれーな! なんだこれ、おもちゃみたいだ」

 そしてそんな不気味さを一切意に介さない男が一名。もちろんロアだ。ロアはツタを雑に引きちぎり、インベントリに入れる。この木の名前は『爀樹(かくじゅ)』というらしい。炎のように赤い木、そのままだ。本物の炎はもう少し色が薄いが。

 もしかしたらすでに持っている木より強いかもしれないので、斧を取り出して伐採してみる。

「頑丈だな」

 斧を六発たたきつけるとようやく倒れた。木の一本一本が低いので一回でとれる量は少ないが、だいぶ頑丈なので伐採しておく価値はありそうだ。今取った丸太だけでは十分なサイズの斧を作れないのでもう一本伐採し、斧にする。

 完成した斧は思っていたほど重くなかった。これで他の爀樹を伐採すれば三回で伐れたので、手当たり次第に伐採する。

「……ん?」

 何かが落ちていた。りんごのようだ。これまた赤黒い。

 ひろってみると、りんごの香りがロアの鼻をツンとついた。「これほんとにゲームか?」と呟きながらりんごを丸かじりする。

「ふー、ふふぁいふぁ」

 りんごはピリ辛だ。そして疲れが癒される気がする。もしかしたら実際に癒されているのかもしれない。ひとつまるまる食べ終えると、他にも丸太を収納した残りとして地面にたくさん落ちていたのですべてインベントリにしまっておく。

 地面を斧でたたいてみると、固そうな外見に反して簡単に砕けた。名称は『血垂石(けっすいせき)』らしい。素手でも砕けそうだったのでやってみたら、拳が痛くなった。

 マップを確認してみる。

「……へぇ」

 地形と自分の位置は分かる。ただ画面上部に『「ヘヴン」では他のプレイヤーの位置情報が取得されません!』と書かれていた。

(じゃあすぐ近くで狙ってる可能性もあるってことだな……)

 斧をしまい、『八ツ眼』を取り出す。一応ぐるりと見まわしてみるが、誰もいない。ただ怖いものは怖い。『地上』に戻ろうかとも思ったが、

(楽しまなきゃゲームじゃねえ!)

 すぐに『ヘヴン』を探検することに決めた。


 五分ぐらい歩いていると、宝箱を見つけた。赤黒い色からして、爀樹で作られているようだ。

 開けてみるとけっこう豪華だった。『地上』の宝箱の中身はいいものでも銃一丁と弾丸程度だったが、これは黒い銃に加え、機械らしきものが四つ入っている。

 インベントリに入れて名前を確認すると全部『レーダー』だ。名前から察するに他のプレイヤーの位置を探すとかそんなものだろう。たくさんあるので使い捨てだと考えられる。試しにひとつ使ってみた。

「おっ」

 ぽわーっという気の抜けた音を出し、真ん中のランプから青い光を放つレーダー。五秒もすると、マップが更新されてカーソルがいくつか現れた。それと同時に画面上部でカウントダウンも始まる。五分有効のようだ。

「……やってやるか!」

 ロアは一番近いカーソルの場所へ駆けだした。

 だいぶ走ると人影が見えた。息切れはない。最寄りの爀樹の幹に隠れ、威力が高い『朝焼』を構える。

 スコープをまともに見もせずに引き金を引く。パンと乾いた音がして人影から血が飛び散る。

「妙に黒いなあの血……あっ」

 人影がこちらを向いた。

 それは人ではなかった。

 形は人だが、ホラーゲームに出てきそうな白いマネキンである。微妙にリアルな顔をしているのがまた怖い。服装は迷彩柄のヘルメットに迷彩柄のチョッキを着用していた。両手には二十センチほどはありそうな大きな爪がある。

 それが走って迫ってくる。

「ちょ……プレイヤー以外の敵もいるとか聞いてねえぞ!」

 威力が高い分反動が強いので『朝焼』は使いづらい。なので『八ツ眼』と『黎』を両手に持ち、連射する。

(は……? あいつ堅すぎだろ……)

 十発ヘッドショットを決めた。その度によろめくが、それだけだ。やはりマネキンということで、生物ではないのだろうか。

「あうっ」

 後ろ向きに歩いていたので、ツタに引っかかって盛大にこけた。

 その隙を見逃さず、マネキンが爪で襲い掛かり――

「っあー!?」

 横から発砲音が響き、大爆発が起きる。ロアは後ろにまた吹っ飛ばされるが、すぐに立って銃を構えた。

 木の陰になっているが、固い地面を踏むコツコツという音が聞こえる。

 現れたのは、濃い緑の髪の女だった。長い髪を右肩のあたりで束ね、腰まで伸ばしている。目は少したれ目で、優しそうな雰囲気だ。頭には緑のリボン、白と黄緑を基調とした巫女服を着ている。頭の上のラベルには『ハト』と書かれていた。

 そして一番目を引くのは何といっても胸だ。大きいどころの話ではない。

「うふ。マネキンはね、爆発させて木っ端みじんにするのよ」

「そ、そうなのか……」

 ハトはロアの視線に気にした様子もなく、黒い拳銃に弾丸を装填しながら言う。

「それ『八ツ眼』よね。ここで生存するならここの銃を使った方がいいわ」

 さっき宝箱から拾った黒い銃――『テンペラ(フォー)』を取り出す。『黎』より一回り大きい程度のその銃身を見れば『八ツ眼』の方が強いのではないかとも思えるが、何かあるのだろう。

「それで……わたしたち、チーム組まない?」

「?」

 たしかチーム機能といったものはなかったはずだが。よく分からずに首をかしげているとハトが言葉をつづけた。

「マップを見てみたら、どうやらみんな集団で行動してるみたいなのよねえ。ひとり対大人数じゃ負ける可能性が高いだろうし、仲間ってことにするのはどうかしら」

 なるほどいい案だ。ロアもそれはいいと思った。

 だが――

「わりーけど、この話はなかったことで。俺けっこういい調子だし、どこまで行けるのか試したい」

 ハトは一瞬豆鉄砲をくらったような顔をしたが、すぐにもとの笑顔になった。

「そう。ふふ、それもいいわねえ……じゃあ、わたしもソロでやろうかしら。次会ったときは敵同士、ね」

「ああ」

 今は見逃してくれるようだ。ハトは「また会えるのを祈ってるわ」と言うと、振り向かずに立ち去った。

 あの素晴らしいボディを持ったお姉さんと別れたので少し惜しい気もしたが、頭を振って思考を止める。

「よし。それじゃあ『テンペラⅣ』のお試しといくか!」

 まだレーダーの効果時間内である。ハト以外のカーソルを探し、その方向へと駆けだした。


 代り映えしない赤黒い景色を三分走ると、人の姿が見えた。さっきマップを見た時はひとりだけだったが、今は二人になっている。白い髪の少女と赤い髪の少女がひとりずつだ。そっくりなので双子なのだろう。

 白髪は『八ツ眼』の黒く塗りつぶした縮小版のような銃を持っている。赤髪の方は拳銃を持っているようだが、白く四角いかばんを下げている。『ヒーラー』を選ぶと回復用のアイテムを生産するかばんがもらえたので、それを選んだのだろう。アタッカーとヒーラーでバランスがいいパーティだ。

(……おっ。けっこー見やすいな)

 さっそく『テンペラⅣ』のスコープを覗いてみると、『八ツ眼』のスコープよりだいぶ鮮明に細かいところまで見えた。手ブレもだいぶ抑えられている気がする。

 そして引き金を引く。

「くらえ!」

 ドンッと花火のような音がした。『テンペラⅣ』から放たれた弾丸は見事白髪の銃に直撃し、銃を取り落とす。

 今がチャンスと見て飛び出し、『テンペラⅣ』と『八ツ眼』を両手に構え撃つ。乱射ではなくそれぞれきちんと狙って撃つ。まず『テンペラⅣ』で回復かばんを狙ったが――

「ぐ……」

 さすがはここまで生き残ったと言うべきか、白髪は瞬時に別の銃を取り出しロアの右手を撃った。『テンペラⅣ』を落とすとまではいかないが、かなり痛い。

 転がりながら銃を撃ち――

「せやぁ!」

「ひゃっ!?」

 左手に持っていた『八ツ眼』をサイドスローで白髪に投げつける。それはガンと音を立てて額に直撃した。白髪はしりもちをつく。赤髪もびっくりしたようで少し硬直し、慌てて拳銃を向けるが、

「おっせえなあ!」

 振り向いた瞬間『テンペラⅣ』と『朝焼』で眉間をぶち抜かれ、キルログが流れる。

『ロアがアロエをキルした! 残り二八七名』

 念のためグレネードを白髪の方に投げつけ、爆発させる。木に隠れ『テンペラⅣ』で撃つ。白髪はまだ生存しているらしくこちらへも弾丸が飛んでくるが、木に阻まれて届かない。

 もうひとつグレネードを投げようとして――もう無いことに気が付いた。

「しまっ――」

「せやーっ!」

 ジャンプした白髪がロアのこめかみに銃口を当て、ゼロ距離で発砲する。

 頭に強い衝撃を感じて倒れるが、逃げようととっさに体を動かしたことで致命傷には至らなかったようだ。

 もう一発続けて撃とうとする白髪。

「なめんな!」

 特に何も考えずに『朝焼』と少し前に作っておいた投げる用の斧をぶん投げて叩き込む。高速スピンしながら白髪の顔面に直撃し、倒れる。

 その隙を逃すまいとロアは『テンペラⅣ』を倒れた白髪の額に十発ぐらい打ち込んだ。

『ロアがフブキをキルした! 残り二八六名』

 ロアは大きく息を吐き、その場に座り込む。

「はー……つかれ――っあ!?」

 いきなり左足を狙撃された。転がりながらインベントリを操作し、前もって加工しておいた鉄板を出現させてその下にもぐりこむ。ちょうど鉄板は岩に立てかかってくれたので少しスペースができた。

「やべえやべえ……まだ仲間いたのかよ……? ていうか『八ツ眼』と『朝焼』回収しねーといけないのに……」

 辛いりんごをかじる。緊張しきっていた体が少し休まった気がする。

 鉄板に弾丸が当たる。だいぶ分厚くしてあるのでそう簡単には破られないだろうが、少しずつへこんでいるので怖い。

 マップを確認するともうレーダーの効果が切れていた。もうひとつレーダーを使うと、自分のすぐ近くに三つのカーソルが現れる。

「三人かよチクショーが……ああもうやってやらぁ! ぶっ殺してやる!」

 半ば自棄になったロアは鉄板を収納し、マップを頼りに『テンペラⅣ』を撃ちまくる。花火大会かと思うような音がする。

 相手は木と岩に隠れたようだ。「グレネードがあればなあ……」と言ってみるが、それでグレネードが現れてくれるはずもなく。

「かったりぃなぁ!」

 伐採用の爀樹の斧を取り出す。これが脳天にぶち当たれば多分即死だろう。

 左手に『テンペラⅣ』と右手に斧を持ち、岩の裏へ突撃する。

「よ!」

 正面から顔を出すと撃たれるのは目に見えているので、まずは斧だけ叩き込む。うまく攻撃できた感触がある。そのあとすぐに岩へ上り、真上から『テンペラⅣ』を発砲。

「ロアさんを舐めるんじゃねえぞ!」

 跳びながらの発砲だったが、うまく命中してくれた。そのまま顔面を左足で蹴り、斧を叩き込んでとどめを刺す。

 当然あとのふたりも黙っていない。茶髪のチャラそうな男が二人出てきてすぐに味方の居た場所へ発砲するが、そこにはもうロアはおらず、

「どこ見てんだお前らぁ! 俺はこっちだぜ!」

 体当たりをかまして相手のバランスを崩し、斧で殴る。ついでに蹴りも入れる。

 二発の銃弾がロアの体に食い込んだが、そんなことでひるむわけにはいかない。止まれば殺られるからだ。

「くそっ、なんなんだお前化けも――」

「くたばりやがれっ!」

 頭蓋を叩き割った衝撃が右腕に走る。キルログが流れた。けっこう痛かっただろうとロアは思う。

「何だお前マジで!」

 悲鳴にも近い声を出し、敵が拳銃の引き金を引く。三発の弾丸はロアが首をひねったためすべて外れた。

 斧は倒した男の頭に食い込んでいる。体が消滅するまで待つわけにはいかないので、かわりに投げるための小ぶりな斧を取り出して握る。

 頭めがけて発砲。キルログが流れたがロアは気づかず、そのまま相手の胸を蹴飛ばして倒し、顔面に斧を思いっきりぶつけた。ゴシャッという音がして血が噴き出し、顔面が歪む。

「……もういないよな?」

 ロアはふうと息をつくと、投げた装備をすべて拾って今度こそ岩を背もたれに地面へ座り込んだ。りんごを食べるのも忘れない。


 戦いつかれたのでしばらく収集に徹することにした。

 レーダーを活用して他のプレイヤーとの接触を避ける。どうやらマネキンもプレイヤーと同じようにカーソルとして表示されるようなので、同時に避けられてありがたい。

「グレネードが欲しいな」

 持っていたグレネードは、もう全部使ってしまっている。グレネードはひとつだけでも持っていれば安心感が違うのだ。もちろんグレネードでなくとも投擲可能な爆発物なら何でも歓迎である。

 しばらくりんごをかじりながら歩くと爀樹のツタに覆われた宝箱を見つけた。斧でばさばさとツタを切断し、宝箱を開けてみる。もちろん切ったツタはすべてインベントリに入れた。投げつけて使う目くらまし程度にはなるだろう。

「おーっ」

 レーダーがいくつかと、一メートルはありそうなスナイパーライフル、そして水色の立方体が入っていた。スナイパーライフル――『フレスコⅡ』は『朝焼』と同じような感じで、戦闘中に使うのは難しそうだが、先制攻撃を仕掛けるのには有効だろう。ハトによれば『ヘヴン』の武器の方がいいらしいのでさっそく『朝焼』の代わりにする。

 そしてこの立方体はなんだろう。どこからどう見ても同じ、水色できれいな立方体だ。モデルデータを用意するのがさぞ簡単だったであろう。

 眺めても分かりそうにないのでインベントリに入れ、名前を確認する。どうやら『ビーコン』というらしい。試しに地面に置いてぽかぽかと殴ったりペタペタ触ったりしていると、ふと体が軽くなった気がした。というか実際に軽くなっているようだ。足が速くなっている。

 持ち上げようとすると、先ほどとは一変しとても重くてとても持てない。殴りなおすと足の速さが元に戻って持ち運びできるようになった。

「なるほどな」

 持ち運びできなくなるという点から考えるに、おそらく有効な範囲があるのであろう。でなければ持ち運べなくなる意味が思いつかない。戦闘を始める前に設置しておくのだろう。

 りんごもちょうど全部食べ終わったので、芯とビーコンをインベントリにしまう。

 ゆっくりとストレッチを始めようとすると、スマホがぴんぽーんと鳴った。画面を確認する。

『残りプレイヤー数が二百を下回った! これ以降に得た賞金はすべて十倍になる! また他の様々な要因で賞金を得られるぞ!』


 * * *


 赤黒い平野。もちろん『ヘヴン』である。

 ほつれとレイトは今、即席で作ったりんご飴を食べている。そこらへんで拾ったりんごに、『錬金術師(アルケミスト)』の能力で作ったポーションのうち甘いもの――攻撃力強化で、ちょうど蜂蜜のような味がする――をかけて冷やして固めたものだ。当然食べると一時的に力が強くなる。

 こんな見晴らしがいい場所でのんびり食事など危険極まりないが、狙われればほつれがなんとなく察するのである程度安心できた。ロアのようにスコープを覗きもせず早撃ちヘッドショットができるような人間に見つかれば死ぬかもしれないが、そんな人はそうそういない。

「どう?」

「あ、えと、おいしいですっ!」

 別に銃を突きつけられているわけでもないのに涙目でぶんぶんと首を縦に振るレイト。ほつれは何がそんなに怖いのかよく分からない。自分の機嫌を損ねたらすぐ撃ち殺されるとでも思っているのだろうか。もしそうであればほつれとしては非常に不本意である。

 と、そこでほつれは良い事を思いついた。

「えいっ」

「うひゃあああっ!?」

 いきなり抱き着くと、レイトは予想通りの反応をした。もしレイトにしっぽがあればピンと立ちすぎて空へ飛んでいくかもしれない。りんご飴を取り落としてしまったので、ほつれがさっと掴んで渡した。

「な、なん、ですかいきなり!? えと……いやその、そのぉ……いやじゃ、ないです、けど……いきなりすぎて心臓に悪いです……」

 非常に悪い笑顔を浮かべるほつれ。

「かわいいなあレイトくんは。ふーっ」

「――――っ!?」

 耳に息を吹きかけると、レイトは真上に飛びあがった。ぐるぐると身をひねりながら地面に落ちてきて体を強く打ち、痛みと恥ずかしさでのたうち回る。

 ほつれは「ほほえましい」などと言いながら銃を取り出し、だいぶ遠くにいるプレイヤーに二十回発砲した。十回分当たり、キルログが流れた。


 * * *


 グレネードを十個補充した。三十分くらい『ヘヴン』の大地を駆け回った成果である。

 他にも銃と剣を手に入れた。打撃によるダメージなら剣より斧の方が強いだろうが、突き刺して抜けば出血させられるので、そういう点では鋭利な剣の方がいい。だがロアはなんとなく斧の方が性に合っている気がした。

 銃は二丁。それぞれ『フレスコⅤ』と『テンペラ・シンⅣ』だ。『テンペラ・シンⅣ』は名前からロアが推測したような『テンペラⅣ』の上位互換というわけではなく、簡単に言えば射程が激減する代わり威力が馬鹿みたいに強くなっているというもの。爀樹に三発撃ちこんだだけでぶっ倒れてくれたので能力はすばらしい。なお普通の『テンペラⅣ』なら十発撃ち込んでも倒れなかった。

 これまで特に気にしていなかったが、スマホの時刻表示を見ればもう五時を過ぎている。四時間近くプレイしているらしい。エルによれば『丸一日使う』そうだが、このペースでいけば十時、いや八時ごろには終了しそうだ。ロアはそこで、またプレイヤー数が減ったらいろいろとルールが追加されるのだろう、と推測する。

「それにしても」ロアは目の前の光景を眺めた。「驚いたな。こんなところに――」

 だいぶ驚いているようで、口が半開きである。

「――カレーが置いてあるとか」

 そう。ロアの目の前には調理済みのカレーの皿があった。爀樹製のテーブルの上に、カレーが置いてある。銀色に鈍く光るスプーン、それとご丁寧にらっきょうの瓶と福神漬けがあった。麦茶のコップもある。

 なにかの罠ではないかと見上げるが、からくり仕掛けの網や銃などはない。というかさんざん探し回って見つけたものをなんでもインベントリに入れてみたロアでも、カレーを作れるような野菜や肉などはなかった。食べれるものといえばりんごくらいだ。となれば、天然の生成物か。

 念のため、三十くらいあるレーダーのうち一つを使って周囲を確認してみるが、プレイヤーは近くにいない。待ち構えるのであれば『スナイパー』の能力でカーソルを消せるだろうが、不安は少しずつ膨らんできたカレーを食べたい欲求にかき消される。

「うまそうだ」

 さっと椅子に座り、スプーンですくって口に入れる。おいしい。ほかほかのカレーは、りんごとはまた違う美味しさでロアを癒してくれた。辛くないので甘口のようだ。

 撃たれてはたまらないので三分程度で完食する。まだレーダーはついていたので画面を見るが、周囲には誰もいない。

「ごちそーさ――」

「やっほう!」

「っ!?」

 手を合わせた瞬間、後ろから女の声が響いた。とっさに体をひねってヘッドショットを避けようとし、ついでに『テンペラ・シンⅣ』を連射する。

 が、そこにいた女には弾丸は当たらず、すべてすり抜けて後ろの木にあたった。木が倒れる。

 ロアは目をぱちくりさせる。

 女にあたらなかったことにではない。女は、緑髪、ジャージ、首には絆創膏の少女――エルだった。

「エ、エル?」

「いやあ脅かしちゃったね、ごめんごめん! えっとね、このカレー、うちが勝手に置いてみたんだよね! マップの隅っこだからまさか人が来て食べるとは思わなかった! ありがと!」

 グーで親指を立てるエル。バーンと背景が光った気がした。

 ロアが目をぱちぱちしているのを気にせずエルは話を続ける。

「おいしかった?」

「ああ、うん。レトルトよりうまかった」

「やったぁ!」

 エルが変な踊りを披露する。十秒くらいぐるぐる回ると、なにやら白い銃を取り出した。ロアは反射的に『テンペラ・シンⅣ』を構える。

「いやいや、プレゼントだってば! ほらこれを差し上げよう!」ぽいっと銃を投げ渡す。「それじゃ、またどこかでー! ちなみに優勝するとエルちゃんぬいぐるみがもらえるよ! がんばってねー!」

 すーっとフェードアウトするエル。ちょっとぽかんとしていたロアだが、すぐに白い銃をいろいろ眺めてみた。

 まず、拳銃っぽい。『黎』より小さく、なんか弱そうだ。試しに爀樹に撃ってみる。木の皮に銃弾が弾かれた。

「……ゴミじゃねーか」

 ぼやきつつ、インベントリに入れると『Dスレイヤー』と表示された。Dが何か知らないが、対Dで効果を発揮しそうな名前である。

 別にもったいないので捨てるわけではないが、Dとやらが正面に出てきたりしなければずっと使わなそうだ。


 今は、世界を『地上』に切り替えてぶらぶらと散歩している。『ヘヴン』の方が装備が強いからか、それともそもそもプレイヤー数が少ないだけか、全く人に出くわさない。宝箱はもう空の物もけっこう捨ててあったが、再出現する仕様らしく、例外なくすぐそばに新しい箱があった。グレネードはもう三十くらいある。この大会で使い切れるだろうか。それと甘いりんごもたくさん持ってきている。

 ランキングを見てみると、やはり上位にほつれがいる。その少し下にはレイトの名前もあった。おどおどしていて弱そうだと思っていたが、なかなか実力派のようだ。油断させるための演技だったのかな、などと考えてみるが答えは出ないので途中で思考をやめた。ハトもまだ生存しているようだ。あの大きな胸を持つお姉さんとまた会えるという思考が一瞬よぎった。

「せやー」

 だいぶ気の抜けた声を出しながら、爀樹製の斧を横に振る。とても太い木が一発で倒れた。

 適当に丸太を角材へ加工し、しまう。

 そこでひとつ思いついた。

「よし、まきびしを作ろう!」

 細かく、そして鋭いまきびしの形へ木を加工する。これを何分も繰り返し、インベントリには百という表示が出てきた。

 だいぶ鋭くしたので、指で角を触ると痛い。試しに地面に一つ置いて、靴で踏んでみる。

 少しずつ体重をかけていくと、すぐちくっとした。

「ふっふっふ……」

 悪い笑みを浮かべ、さらなる大量生産に取り掛かる。

 まきびしをまいても、銃で撃てば遠くから攻撃できるという、とても重要なことを忘れていた。それに気が付いたのは、五百個作り終わってからだった。


 この森はとても小さかったので、すぐ切り株だらけになった。

 だいぶ集中していたのでスマホに通知が来ていたのに気が付かなかったようだ。画面を見てみるともうプレイヤー数は百人を切っていて、また新ルールが追加されたらしい。

『「エクストラアビリティ」が追加された!』

 ホーム画面の、鍵アイコンだったボタンが『エクストラアビリティ』に代わっている。ぽちっと押してみると機能説明ダイアログが出てきた。

 要するに、武器セットで『スナイパー』を選ぶと得られる『伏せればカーソルが映らない』能力のようなものをもらえるそうだ。いろんなアビリティがずらりと並んでいる。切り替えもできるようだが、一度選ぶと十分間のクールタイムに入る。

「ほー、おもしろ」

 スワイプしてリストを見てみる。『完全防御(ザ・シールド)』は小さいながら絶対に破られないバリアを生成できるアビリティ。『観測攪乱(ザ・コンフューズ)』は少し離れた別の場所にカーソルを偽装できるアビリティだ。どれもこれも強力である。

「……お」

 ロアはひとつ面白そうなアビリティを見つけた。『射線爆破(ザ・エクスプロード)』。これは撃った弾丸の通り道に爆発を起こすらしい。ということは、腕や足に当たっても肉を抉って大ダメージを与えられそうだ。これをタップして、選択する。

 試しに『テンペラ・シンⅣ』を構え、そこら辺の木を撃った。

 ドドドドドと音がする。銃弾の通った道に、小さな爆発の煙が漂っていて、木は一発で倒れた。

「すげえ!」

 銃を持ったまま少し嬉しさに浸る。

 一応、敵が選ぶであろうアビリティについても予習をしておくことにする。ロアは画面を眺め、ふむふむと頷いた。

 そして、おもむろに背後へ『テンペラⅣ』を、少しずつ横へずらしながら五発ほどぶっ放す。

「っ」

 カキンと甲高い金属音がした。

 振り向くと、五十メートルほど離れたところで岩陰に男が隠れていた。紺色の髪をすこし伸ばして後ろで三つ編みにしている。五十代くらいに見えるそのダンディな男が銃を取り落としていた。まさかいきなり察知されるとは思わなかったのだろう、武器を手にするまで少し間が空く。

「おらぁっ!」

 その間をロアは逃さない。『テンペラ・シンⅣ』に持ち替えて打つ。ドドドと幾重にも重ねられた爆音が響き、男のこめかみへと一直線に進む。

 男ももちろんただでやられるわけにはいかない。ロアが銃を構えた瞬間すぐに岩陰へ引っ込んだ。

 ロアが爀樹の斧を左手に構え、岩の後ろへと叩きこむ。だが、

「な――!?」

 誰もいない。少し呆けてから、アビリティ『光学迷彩(ザ・カムフラージュ)』の存在へ行きついた。それは影を除き、すべてを透明にするアビリティで――

「せァあッ!」

「ぐっ!」

 後頭部を思いきり打撃される。ばたっと倒れ、すぐに転がりながら『テンペラ・シンⅣ』を撃つ。しかしそこにはもう男の姿はない。

 たしか『光学迷彩(ザ・カムフラージュ)』は攻撃時は解除されるはずだ。それと影だけを頼りに狙わなくてはならない。俺も『光学迷彩(ザ・カムフラージュ)』をえらんどきゃよかった、とぼやくロア。

「おわっ」

 膝立ちになった瞬間、再び崩れ落ちる。脳震盪を起こしてしまったようだ。なんとかごろごろと動いて銃弾を躱すが、もう既に疲れてきてしまった。

「っ、らあ!」

 グレネードみっつを適当な方向へ投げ、ひとつ撃つ。当たらない。当たらないが、銃弾の後にできる爆発でぎりぎり誘爆してくれた。大爆発が起き、ロアも少し吹っ飛ばされる。

 声は聞こえなかったが、銃弾の霰が止んだ。爆発に巻き込まれたか。

 マップを見てみるが、まだカーソルはあった。

「……っ、あああぁ!」

 叫びながら気合を入れ、震える足で立ち上がる。追加でグレネードを取り出そうかと思ったが、ひとつ思いついた。

「当たるか? これ」

 まだ土埃で視界がはっきりしないので、まずはマップだけを頼りに銃をぶちかます。

 手が震えている。『テンペラ・シンⅣ』の優秀な手ブレ補正でもこれはだめだ。だが、一応撃ってみる。

 バン。バン。バン。

「がっ――!?」

「よっしゃぁ当たっとぅああ!?」

 飛び上がると、バランスを崩してこけてしまった。ようやく晴れてきた土埃の向こうから、男の声が聞こえる。

「なんで当たる!?」

「マップを見てみた」

「そ、そんなこと出来るはずがないだろうッ!?」

 愕然とした様子の男。ロアは震える腕を地面に押し付けることで安定させ、銃を構える。

「でも事実出来てるんだよなぁ」

 もう一発、今度は視界を頼りに、ゆっくり動きながら撃つ。

 銃弾は男の右目の真上にあたり、男の体ががくんと力を失った。

「ほへー……疲れたぜ……」

 りんごを取り出して、ひとつかじる。すごく甘い。脳震盪の影響か、なんだか今は全て投げ出して休みたかった。


「はっ!」

 いつのまにか寝ていたらしい。灰色のトンネルで巨大なキャベツに追いかけられる夢を見た。

 あたりを見回すと、森のど真ん中の開けた場所らしい。かなり広く、だいたい小学校の体育館ぐらいある。ロアの隣に焚火があった。ぽかぽかする。

 そしてそのすぐそばにハトが座って、焼き芋を食べていた。

「おはよう。目が覚めたのね」ハトがもぐもぐと芋を咀嚼する。「あんなところで寝てちゃダメじゃない。最初に出会ったのがわたしじゃなかったらもう死んでたわよ」

「あー……じゃあ、助けてくれたのか。ありがとう」

 なんとか努力しても、視線がハトの豊かな胸に向かってしまうロア。ハトもそれを分かっているらしく苦笑いし、ロアにも芋を差し出した。

「覚えてる? さっき言ったこと」

「……えっと……」

 ハトは小さく、ふふと笑った。

「『次会ったときは敵同士』。つまり、そういうことよ」

「そうか」

 両者、片手に焼き芋の串を握ったまま銃を構える。ロアは『テンペラ・シンⅣ』で、ハトは『フレスコⅤ』のような、細部が少し違う銃を手に取った。

「もぐ……いや、せめて芋食い終わってからにしようぜ」

「ん、そうね」

 再び腰を下ろす。ロアは首をかしげて、ひとつ尋ねた。

「寝てる時に撃てばよかったのに」

「動けない相手を不意打ちなんて卑怯じゃない」

 ロアはなるほどと言いつつ、自分だったら容赦なく撃つなあ、と思った。

 食べながら、インベントリを覗く。

 まず鉄やら木やらの、壁になりそうなものがたくさん。もうこれだけあれば、最後のふたりになるぐらいまで籠城できそうだ。

 食べ物はりんごが『地上』産と『ヘヴン』産がそれぞれ二十くらい。

 武器は銃と剣がそれぞれ十個ぐらい、あとは斧とグレネードもたくさん。

 その他にレーダー、あと使い道の分からないがらくたがいくつか。

 エクストラアビリティは銃弾の軌道を爆発させる『射線爆破(ザ・エクスプロード)』だが、前にダンディな三つ編みおじちゃんの奇襲でじっくり見れていないので他に強そうなものがないか見てみる。

 下の方に行くと武器セット固有のエクストラアビリティもあった。『スナイパー』だけが選べるアビリティが五個。他の物よりは汎用性に欠けるが、その分強力である。

 たとえば『隠密詐術(ザ・トリックスター)』なら、伏せた時に、周囲にランダムに動き回るカーソルが出現するうえ銃の威力が上がる。名前通り隠密行動向けなのでハトとの正面戦闘には向かない。

 芋が三分の一になるまで考えたが、結局『射線爆破(ザ・エクスプロード)』のままにした。ダメージも範囲も強化されるから使いやすい。

「……てか、もう人いねーじゃねえか」

「そうね」

 画面を見たら、残りプレイヤー数は五人だけだ。もう終わりかぁと思いつつ、ベータテストだったことを思い出し、正式リリースされたら全力で毎日遊ぼうと決意したロアであった。

「ごちそうさま。うまかったぞ」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。じゃあ、始めよっか」

 ハトは先ほどの銃だけでなく、もう片手にさらに銃を持った。ロアは『テンペラ・シンⅣ』と爀樹の斧を握る。

「なかなか痛そうなもの使うじゃない」

「お気に入りだからな。この斧は強いぜ」

 先にロアが飛び出した。空中にグレネードを出現させ、『テンペラ・シンⅣ』の銃口を使って器用にピンを外し後ろの地面へぶつける。

「っらぁ!」

 ハトが何をしてるんだろうと思う間もなく、爆風で前方へ吹き飛ばされたロアがハトの首筋へ斧を叩き込もうとする。

 もちろん躱されるが、銃をぶっ放す。ハトは転がって避けた後に撃った。

「なかなかトリッキーなことするのねえ」

 岩陰の奥から答える。

「実力がないやつは知恵絞らねーと生きていけねえからな」

 ロアが飛び出して銃を向けた時、ハトが右足をたんと踏んだ。

 予習しておいたロアがすぐにアビリティの存在へ行きつくが、なかなか体を引っ込めるのは難しい。

「『行動制限(ザ・リミット)』か……!」

 ハトの使ったアビリティ『行動制限(ザ・リミット)』は発動の意思とともに足を踏んで発動する。名前の通り、対象の動きを〇・二秒停止させるものだ。

 ロアは空中で固まり、胸に一発銃弾を受けた。あと数発撃っていたようだがそれは外れてくれた。

「やっぱり構えなしから撃つのは難しいわね」

 ハトはちょろちょろと動き回るロアから一定の距離を保ちつつ、銃を連射する。ロアはそれらをグレネードで吹き飛ばしたり岩や木に隠れたりしつつ、銃で応戦していく。

「らぁ!」

 数個グレネードをまとめて使って砂埃を立て、お互いに視界を封じる。

 ハトはマップを見てか銃を撃ってくるが、それらは少し左に向かっている。

 ロアもマップを見て斧を握りしめ――

「くらえやぁああ!」

「――ッ!?」

 飛び込みながら振るった斧は、正確にハトの喉へ直撃する。相手が男であれば遠慮なく顔面に叩き込んだだろうが、美人の顔を攻撃するのはちょっと気が引けた。赤い血が舞い、痛そうだなあと思って顔をしかめる。

 明るくなってきた視界を頼りに、倒れているハトへ銃を向け――

「……あれ?」

 もうハトは死亡していた。額や胴体から何か所も血が出ている。

 顔をあげると――

「おやー、もうひとりいるとはねェ」

 真っ白で、目だけがらんらんと紅いアルビノの少年――『タングステン』が、にやにや顔で煙の出ている銃を向けていた。


 * * *


「おいも……なかなかないねえ」

「うー、焼き芋ぐらい、現実世界で食べればいいじゃないですか……」

 ほつれとレイトは今、『地上』の森で監視カメラの映像で見た焼き芋を作ろうと探していた。レイトはやる気でないが、一応協力している。

「しっかし誰だろ、このアルビノくん。キャラエディットでこんな真っ白な肌使えたっけ?」

「そんなこと言ったら……猫耳もキャラエディットになかったはずですよ、たしか」

 そっか、と手を叩くほつれ。

(まーさか私以外にもいたなんてね)

 これはおもしろくなりそう。ほつれはそう呟くと、カメラの映像を切り、芋探しを再開した。


 * * *


 タングステンは肌も髪も真っ白だ。目だけ紅い。

 服装は真っ黒のスーツだ。両腕になにやらぐるぐると動く、黄色と黒の機械のようなものが少し距離を取ってまとわりついている。首には真っ白のヘッドホンがかけてある。

「お前……」

「ん? おれっちのこと知ってるのか?」

「いや」首を横に振るロア。「お前な、空気読もうぜ。ふつうこういう状況だったら手出しするのはよくないだろ」

 きょとんとするタングステン。その雰囲気にわざとらしさは全くなく、どうやら本気で空気を読めないらしい。ロアは頭を抱えた。

「それよりも! 目と目があったら勝負だろ!」

「それは最近の地方じゃ廃止されたぞ」

「ちがーう! とにかくやるぞ! 戦だァ!」

 ヒャッハーと叫びながら両手のライフルを空へ乱射する。ロアは思った、なんだこいつ頭おかしいだろ、と。そして『テンペラ・シンⅣ』を素早く発砲する。

 放たれた弾丸は軌道上に爆発を起こしながら一直線にタングステンの眉間へ進み――

「おわ!? 不意打ちとか卑怯だろお前ェ! お前こそ空気読めよオイオイオイ!」

 一瞬、タングステンの体が透け、当たらなかった。

「……は? どういうからだしてんのお前?」

 不機嫌そうな顔が一変し、嬉しそうな顔になる。よくここまでころころと表情が変えられるものだ。

「よく聞いてくれたァ! おれっちの武器セットは『半量子(クオンタム)』! つまり、銃弾が当たらないって――」

 バン。タングステンの左腕から血が飛び散る。

「うわー!? 卑怯だぞお前ッ! 武器セットの効果もおれっちが発動してないと意味ねえんだよ! だから不意打ちダメゼッタイ! わかったか!?」

「ああわかった。じゃあ撃つぞ」

 銃を再び構えた。

 そして、タングステンの姿が掻き消え――

「こっちだよォ!」

 背後に、剣を握ったタングステンが出現し、そのまま首を斬り裂こうとする。

「って言うと思ったぜ」

「うぐっ!?」

 あらかじめ予測しておいたロアはさっとしゃがみ、『テンペラ・シンⅣ』の銃口をタングステンのみぞおちに突き刺す。

「――!? お前痛ェなおい!」

 ロアははーとため息をついて銃を下ろす。

「お前くらいのちびっこがやりそうなことぐらいすぐ予そ――」

「オラァ!」

「――ほらな。むきになってすぐかかってくるし……何より、やられたら同じ方法でやり返したいもんだろ?」

「ッ!」

 今度は不意打ちしてきたが、やはり大方予想できている。『テンペラ・シンⅣ』で受け止め、顔面に右足で蹴りを叩き込む。『半量子(クオンタム)』の効果を発動して回避した。

 俺も同じようなもんだったからな、と言うと、効果が切れた瞬間に顎を蹴り上げ、銃を撃ちこむ。

「っああ!」

 血を流しながら吹き飛ぶタングステン。まだ生きているようなのでもう一度銃を向け――

「へっ、本気を出す時が来たぜェ! なめんなよなァァアア!」

 あたりが、閃光に包まれた。

 同時に爆風も起き、ロアは地面を転がる。

「!?」

「はっはっはっはァ! これぞ『半量子(クオンタム)』の必殺技だッ! お前はこれで死ねェ!」

 宙に浮かぶタングステンが手をかざすと、一メートルはありそうな幅の黄色いレーザー光線が放たれた。

 すぐに分かる。あれは当たったら即死だ。

(まずいまずいまずい、てか『半量子(クオンタム)』って何だよそんなもん無かっただろ!?)

 そう。武器セット選択画面に『半量子(クオンタム)』の項目はなかった。

 次々と迫るレーザー。一度打つと次撃つまでに数秒はかかるようなので、ロアはなんとかダッシュで避け続ける。

 合間に『テンペラ・シンⅣ』を放つが、効果はない。

「ふん! そんな攻撃、今のおれっちには効かねェなァ! 諦めてさっさと死ねェッ!」

 どうやら、今は常に銃弾がすり抜けるようだ。

 こうなれば、あとは時間制限があることを祈るだけだが――

「うわぁ!?」

 考え事をしていたら目の前にレーザーが降り注いだ。慌てて立ち止まって百八十度方向転換する。

「さっさと死ねっつってんだろーがッ! めんどくせェな、いつの間に下方修正入れてやがるクソが!」

 隕石の衝突と錯覚するような大きな音が響く。地面は次々と抉れていき、気を抜くとすぐに転んでしまいそうだ。

(マジかよもっと強かったのかよ化け物かよ!?)

 他の人が見れば早撃ち正確性化け物のロアだが、上には上がいたということだ。

「うっ!?」

 転んだ。

(やべえやべえ死ぬ死ぬ死ぬ――!?)

 必死に起き上がった瞬間、ロアの叫び声とレーザーの音と、

「『ダイヤモンドブレイカー』!」

 高い少女の声が同時に響いた。

「なッ!?」

 宙に浮かんで無双していたタングステンだが、どこからか灰色の液体をかけられて地面に落下した。

 その隙を見逃さずにロアは『テンペラ・シンⅣ』で眉間をぶち抜く。

 タングステンの体が力を失い、倒れた。

「……終わったぞ」ロアがため息をつき、座り込む。「ほつれと、レイト」

 さっきまでなかった岩の後ろからほつれが手を振って出てきた。反対側からレイトも出てくる。

「いやー危なかったね! さすがやつから逃げ切った!」

 拍手を浴びるが適当にうなずいて流し、質問を投げる。

「あいつのこと知ってんのか?」

「いんや。ただね、これだけはわかるよ。あいつ、わたしと同じで――」にやりと笑い、一拍置く。「『開発者(デベロップ・チーム)』の一員だよ」

「「!」」

 ロアとレイトの驚いた顔を見て、ほつれは満足そうに数度頷いた。

「そう、実は私、このゲームの作者なんだよね! 他にも五人ぐらい参加してたみたいだけど」

「だから『錬金術師(アルケミスト)』も……!」

「ごめーさつ!」

 笑顔で親指を立てる。『錬金術師(アルケミスト)』が何かわかっていないロアにほつれが説明をしてくれた。

「私専用の武器セットだよ。少し前にあげたポーションみたいなのを作れるんだ」

「なんだそれチートじゃねえか」

「私もそう思う」

 実際はほつれがプログラムを組んだわけではなく、メインプログラマーが勝手に作っただけである。というかほつれはプログラムどころかネットサーフィンすら満足にできない機械音痴だ。やったことは色鉛筆で銃のデザインのみ。

「さて」表情をシャキッとさせるほつれ。「私が賞金を獲得できるほぼすべてのギミックを使ってきたから、どちらにせよ生き残った人が……だいたい四億もらえるね」

「よっ……!?」

 ロアは「ふーん十億じゃねーのか」とこぼしたが、レイトが凍り付いた。目をぱちぱちさせ、口もぱくぱくと動かす。

「さ、準備がいいなら今すぐにでも始められるけど? まだ準備する?」

「俺はいい」

「……ぼ、僕も大丈夫、ですっ!」

 お互いに十メートルほど離れ、得意の武器を構えた。

 ロアは『テンペラ・シンⅣ』と爀樹の斧。

 ほつれは明るく輝く薄い桃色のライフル『八ツ眼・フレイSP』と空色の拳銃『黎・リフューズSP』。

 レイトは白銀のダブルバレル銃『アクシスdigit(ディジット)-002』。

「それじゃ、このボールが弾けたらゲーム開始で」

 ロアとレイトが頷くのを見て、ほつれは空高くオレンジ色のボールを投げた。

 それは放物線を描き地面に衝突し――風船の割れるような音と共に弾けた。

 最後の戦いが始まる。


「死ねぇ!」

 ロアはグレネードを惜しみなく最初から使う。

 まずレイトの方へ向かって投げ、適当な距離に達したのを見計らい撃って起爆させる。その間もほつれの方から銃弾が届いたが、すぐに地面に分厚い鉄板を突き刺す形で障壁を創り出して遮った。

 土埃の中をダッシュし、カーソルがレイトのすぐ近くになったところで飛び上がり――

「ひゃう!?」

 レイトの下腹部に飛び蹴りを叩き込みつつ、斧を振り下ろす。

「なめられちゃ……困りますっ!」

 斧はレイトの細い腕からは想像もできないような馬鹿力で『アクシスdigit-002』に遮られる。

 すぐに『テンペラ・シンⅣ』を右目を狙って撃とうとするが、

「私もいるからねっ!」

 遠くから声が響き、弾丸が飛んでくる。

 そしてその弾丸は、空中で爆ぜた。

「うわ!?」

 もんどりうって倒れる二人。ロアはすぐに狙い撃つ。

「届かねえ……っ!」

 そう。ほつれは『テンペラ・シンⅣ』の射程をきちんと見計らって、遠くから撃っていたのだ。

 ほつれはすぐに撃たず、自慢げに話し出す。

「私のアビリティは『精密爆砕(ザ・ボンバー)』! 距離を決めておけば、そこまで飛んだら爆発さっひゃああ!?」

 レイトが不意打ちを仕掛けた。ほつれは左足から少し血を流したが、すぐに横に転がって二発目を受けない。

 二人が打ち合っている隙にロアは『テンペラ・シンⅣ』から『テンペラⅣ』に変え、レイトを横から狙撃。外した。

(なんか手が震えてんな……)

 ほつれのアビリティで吹き飛ばされたからか、少し手が震える。

 解の方に駆けながら、深呼吸して体を落ち着けた。

「せやぁああ!」

「うおっとぉ!」

 ほつれは斧による襲撃を予想していたようで、特に驚きもせず『黎・リフューズSP』ではじく。

 見事に斧を受け流されてバランスを崩してしまったが、ほつれに撃たせる前にとっさに肘でほつれの側頭部をぶん殴る。

「――っ!?」

 ほつれがよろけたのを見逃さず、斧で『黎・リフューズSP』を叩き落とす。『テンペラⅣ』で撃ちながら敵の拳銃を遠くに蹴り飛ばした。

「あっ」

 そのまま斧を振り下ろす。ほつれは横によけ――

「ぐうっ!?」

「にゃああっ!」

 ふたりとも、吹き飛ばされた。

「『集中気弾(ザ・ブラスト)』か……!」

 ほつれが忌々しげにつぶやく。

「……そうです」

 遠くからレイトの声が聞こえた。

 レイトの使ったエクストラアビリティ『集中気弾(ザ・ブラスト)』は、溜めれば溜めるほど威力の上がる空気の塊を放てるというものだ。そして、ほつれが見ていた限り、レイトはこれまでアビリティを一度も使っていない。

「うっ……ちくしょうが……」

 ロアが立ち上がろうとするが、脳震盪を起こしたようでまともに立てない。それどころか、足にまったく力が入らない。

 がんがんと痛む頭を抑えつつ、すぐに鉄や木で周囲を囲み、休息に徹する。

「うぉい! 卑怯だよそれっ!」

「少し休む……っ!?」

 壁が消え去った。

 ほつれがしてやったりという顔をしている。

「『錬金術師(アルケミスト)』の必殺技! なんでも触ったものを消し去っちゃう攻げ――うっ」

 震える足で立ち上がったが、ほつれも脳震盪らしくすぐにぱたっと倒れてしまった。

「煙幕!」

 グレネードを大量に投げる。ものすごい土埃が起きた。

(立て俺! しっかり立て俺! こんな時に立たないでどうする!)

「うぉおおおおおおおおおっ!」

 どんと足音を立て、気合いだけで何とか立つロア。ほつれを狙って撃つ。

「わ!? ちょっと、休ませてよっ!」

「さっき壁消した恨みだ、くたばりやがれっ!」

 じたばたとするほつれを、無慈悲に、そして正確にこめかみを撃ち抜いた。

『ロアがほつれをキルした! 残り二名』

 ロアは気が付かないまま、自然と口角を上げる。

「あとはお前だけだなレイト!」

「一位は僕ですっ!」

「俺だよ!」

 グレネードを投げ、土埃が起こらないくらいの高さを見計らって撃つ。計算通り風で土埃を払ってくれた。

「行くぞっ!」

 撃たれないようランダムに動きながら、レイトに近づく。

「簡単には負けませんからねっ!」

 レイトがグレネードをサイドスローで投げる。

 ロアの計算通りだ。

「それは悪手だな、残念だが!」

 容赦なくグレネードのど真ん中を『テンペラⅣ』でぶち抜く。

「っ!?」

 吹き飛ばされるレイトへ、斧を投げつけた。見事にぶつかり、鮮血が飛び散る。

「とどめだああああああああああ!」

 全力で五個のグレネードを振りかぶって投げ――

 爆音とともに、レイトのキルログが流れた。

『ロアがレイトをキルした! 残り一名』

『ロアの優勝!』


 * * *


「……はっ」

 ロアは飛び起きた。ヘルメットを外し、家の中を見る。いつも通り。

 時間は午後二時。意外と長くゲームをプレイしていたようだ。

「ふう……」

 リアルな戦闘で、まだ心臓がバクバクいっている。体操して呼吸を整えたところで、インターホンが鳴った。

「はーい……あ!」

「どーもー! ほつれでーす!」

 玄関にほつれがいた。猫耳も、青い髪も、すべてアバターと同じだ。

「景品をお届けに来たよ。失礼しまーす!」

「おい、ここ俺ん家だぞ勝手に入るな!」

「お構いなくお構いなく」

 ほつれは二つの段ボールを頭に乗せて持ってきていた。両方とも、人間が入りそうなサイズである。

「お金はロアくんの口座に四億二千十九万円振り込んだからよろしくね」

「……」

 これは現実だろうか。実感がわかない。

「まずこっちの段ボールは――」

 テープをはがし、開くと、

「え」

 中に人が入っていた。

 黒髪の小学生ぐらいに見える少年で、白い王子様服が似合っている。

「レイト!」

「えと……こんにちは、さっきぶりです」

 レイトは箱から出てくると、ぺこりとお辞儀した。

 アバターと同じとまではいかないが、かなり似ている。一部のお姉さま方に人気がありそう。

「えー、こっちの段ボールが――」

「待て待て、なんでレイトが来たんだ」

 こてんと首をかしげるほつれ。

「サプライズ登場的な?」

「いくら小柄だからって人を段ボールに押し込めるな……」

 けっこう変な体勢で入っていたので肩が痛いのだろう、レイトは部屋の隅で腕をぐるぐる回している。

「こっちの段ボールは、じゃじゃん!」

 また人が入っていた。緑髪、ジャージ、絆創膏。エルである。

「エルちゃん人ぎょ――」

「嘘つけぇ! こんなリアルな人形があってたまるか! なんか動きそうで怖……え」

 エルがひとりでに起き上がった。うーんと伸びをし、眠そうな目でロアを見つめる。

「やっぱり人形じゃねえじゃねーか!」

「一応布だよ。エルちゃんの肌も髪も」

「マジで……?」

 エルの顔に手を伸ばすロア。エルはしゅっと後ろに体を傾けて避けた。

「もー、レディの顔を勝手に触ろうとするなんて! エルちゃんそんなに魅力的かなー? うーん、照れちゃう!」

「……しゃ」

 固まるロア。

「しゃべったあああああああああ!?」

 今日から、家に賑やかな仲間がひとり増えた。そしてついでに、ちょくちょく遊びに来るほつれと、それに引きずられてくるレイトも、六文字家の賑やかなお友達になったのであった。

「ところで」ほつれが悪い笑みを浮かべた。「君の銃の腕前を見込んで、頼みがあるんだ――」

 画面の前のみんな、元気ですか。館翔輝(やかたとびきらり)です。僕は元気です。

 僕の机がものすごくごちゃごちゃしてたのを最近掃除しました。積み上がってた本を本棚にしまったり、一年前の定期テストの範囲表を捨てたりしました。その結果、僕は非常に快適で広々としたワークスペースを手に入れることに成功。僕の机ってこんなに広かったんだ。

 この作品はなんと約九十キロバイトです。長いね。この直前に投稿した別の短編小説はだいたい四十五キロバイトくらいです。どれだけ僕が頑張ったか、数字で分かるんですね。あんまり頑張ってないってことです。

 それと、作中で出てきて結局役に立たなかった『Dスレイヤー』について。Dは実はデベロップ・チームの略で、タングステンやほつれに対して殺傷力があります。これをエルが説明しておけば、タングステンは一秒で死んでいた。

 ストックがなくなっちゃったのでしばらく投稿しません。

 それでは、ばいばい。


 2023年8月4日 館翔輝

 Copyright (C) 2023 Yakatatobi Kirari.

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