殺人鬼になる練習をしよう! ~標的を狙え~
宿屋に行くと、一階のホールでパスタを食べているアバターが居た。ピンクの髪の毛をポニーテールにしているサイバーパンクっぽい服装の女の子だ。
ずっと一人称モードなので馴染んでしまっていたが、食事をとると言う動作をしているアバターは初めて見た。
それとも、この人はアバターじゃなくて、ゲーム内のキャラクターなのかな? と思ってると、「俺の先輩。キューブって言うんだ」と、テンが紹介してくれた。
「ハロー。新人」と、キューブはアヒル口から明るいロリ声を出した。オレンジ色のゴーグルのレンズを上げ、大きな青い目をウィンクしてみせる。かなりカラフルなデザインのアバターだ。
「あなたも、『常勤テストプレイヤー』ってやつなの?」と、ユキは画面に声をかけた。
「『やつ』は、ちょっと口が悪いなぁ」と、キューブは言って、片手に持ったフォークの先をユリアに向けてくる。「『ってもの』とか、『ってひと』とか、言い換えてみたら?」
「はい」と、ユキは返事をして、他人にフォークの先を向けて来ないでほしいなぁ、と心の中で思った。
キューブがパスタを食べ終わってから、宿屋から出て、村中の広場に並んでいるぼやけたアバターの群れの前に行った。
行儀の悪い先輩は、ユリアに壊れたアバターを攻撃する時の方法を教えてくれた。
「新人。君の視点だと、だいぶぼやけて見えると思うけど、狙う場所は一ヶ所だよ? 此処に並べられてる廃棄アバターの、頭部を破壊して」
そう言いながら、キューブは腰に備えていたビームでも出そうな銃を構え、本当にビームを照射した。パンッと言う軽い音がして、ぼやけていたアバターの頭が吹き飛んだ。
次の瞬間、廃棄アバターは首の方から足先にかけてざらざらと消えて行った。
「この要領。君の武器は…レイピアか。結構近づかないとだめだね。まぁ、テンよりは射程あるから、良いか」と言って、キューブはテンを横目で見て意地悪気な笑みを浮かべる。
テンは特に何の反論もせず、ユリアとキューブのやり取りを遠巻きに見ている。
「さぁ、新人。武器を取って、この廃棄アバター達の頭が何処かを見定めるのだ!」と、テンションも高く、キューブはぼやけているアバター「達」を指さす。
「どんどん刺して行って良いって事?」と、剣を手にして聞くと、「もちろん。外した場合は私が削除するから、君は『どこが頭か』を狙う練習をどんどんやって」と言われ、ユキはパソコン用眼鏡越しに、どうやら横たわっているらしいピンボケアバターの頭を狙って、レイピアを突き出す。
最初は、中々頭部を貫けずに、肩や首を刺してしまったりした。その度に、「はい。次ー」と言って、キューブが銃でのビーム照射を行なう。
7回目くらいで、頭部を正確に貫けた。刺してみると、「此処が頭だ」と言う場所が見て取れるようになった。其処からは、順調に15体ほど削除した。
「いやー、ちょっと、休ませて。目がヤバい」と言って、ユキは椅子の背もたれに首を倒した。ピンボケの屍達をガン見し続けたので、首凝りと一緒に頭痛が起こって来た。
テンとキューブの、笑ってる声が聞こえる。「ユリア、すごい姿勢」と、テン。「背筋強いね」と、キューブもふざける。
ユキには部屋の天井が見えている。確かに、背中を支える物が無い場所で「椅子の背もたれに背を預けているポーズ」を取ってるアバターが居たら、背筋が強くも見えるだろう。
アバターとしては不自然な姿勢のまま、30秒だけ休んだ。
「よし。練習って、後どのくらい?」と、仕切りなおすと、キューブが「練習はいくらでも出来るよ」と答えた。「普通にテストプレイヤーとして活動するようになっても、ここに来ればいつでも廃棄アバターは転がってる。残念な事にね。だから、練習はいくらでも出来る。感覚が鈍っちゃったら、戻ってらっしゃい」
声はロリだが、中身はだいぶしっかりした「お姉さん」のようだ。
廃棄アバターがゴロゴロしている周りに、何故村の施設があるのかを不思議に思ったので、テンにそれを質問してみた。
「あれは、ユリアみたいな新人さん達が、休憩したり、道具や武器を揃えるための施設。廃棄アバター処理だけでも、レベルは上がるし、疲れるし、武器の強度も下がるしね」
テンはそう言いながら、「俺達『常勤』も、宿屋はよく使う。24時間ゲームの中に居るってなると、落ち着ける場所は必要だから」と言って、何かの取っ手でも引っ張るみたいにユリアの手を引く。
何も質問ができないまま、武器屋に連れていかれた。職業が魔法剣士の女性アバターが装備できそうな、弓矢や剣を吟味する。
「レイピアより強度があるものを、もう一本持っておこう」と言われて、ユキはようやくユリアの腕力値が上がって来ていたことに気づいた。
曲刀のサーベルを持つことにして、剣を二つ持つためのホルダーも購入した。メインホルダーにサーベルを装備し、お古のレイピアはサブホルダーにしまった。
実際の世界の時間が24時を過ぎようとしていたので、ユキはその日は「練習村」の中で休むことにした。
そこでまた変なルールを聞いたのだが、「練習村」で休む時は、必ず宿屋に泊まらなければならないのだそうだ。
確かに、死体に等しい廃棄アバターがゴロゴロしている場所と同じ地面に座って休みたくないし、変な所で休んでたら「廃棄アバター」だと勘違いされる可能性もある。
一人称モードになってから、宿屋で休むのは2回目くらいだろうか。キャラクターに話しかけ、台帳を書く。これが、練習村でのみ行われる「セーブ」の方法だ。
セーブを済ませると、もう宿の部屋に居て、寝室着に着替えている。システムとしては凄いけど、自覚が無いのに着替えさせられていると言うのが気分的に微妙だ。
「ねぇ」と、キューブの声がしたので、隣のベッドを観ると、すっぴんになってゴーグルを外し、ワンピースパジャマを着たピンクの髪の女の子がいる。
ああ、同室なんだ…。と、ユキが納得すると同時に、キューブに「あなた、テンの事、好きでしょ?」と聞かれた。