殺人鬼になる練習をしよう! ~まずはリハビリ~
ユキは、テンから「パソコン内の時間軸がこの世界の時間軸」であることを教えてもらい、それを調節する事で、現実世界でも自由に時間が取れるようになった。
毎回、ゲームを起動する前にパソコンの時間を「前回ゲームをやめた時間」に設定している。
もちろん、テンには「いったん落ちる。ラグが発生するかもしれない」と伝えてからゲームから抜けている。
しかし、パソコンの設定を変える事でゲーム世界の時間を操作できても、外の世界からこのゲームの世界に入ってきているユーザー達の時間は関係ない。
ユキが眠る前にレベル1の新人だった人が、翌日アクセスするときはユリアのレベルを、1日で追い抜ける以上の速度で追い抜いていたりする。パソコンの中の時計が、5時間しか経過して居なくても、だ。
イベント画面は終了しないままで、一人称画面も変わらない。テンから教わった「座っている以外の行動の仕方」は、ゲームをしている時「ついつい念じてしまうように」、脚に動けと意識を向けたり、手足に動けと意識を向けたりすること。
一番簡単なのは、画面の中で「目標物」を見つけて、それに向かって「移動しよう」とか、「持ち上げよう」とかの意識を働かせることだった。
ギルドを移動してからも、同じ町の中でユリアの「リハビリ」は続いて、それを不思議に思った別ユーザーのアバターからチャットで「何してんの?」と聞かれることもあった。
その時は、ユーザーの声は聞こえず、視界の脇にチャットのウィンドウが開いて空中に文字が浮かぶ。
テンが何かうまいこと言ってごまかしていたが、その端々を読むに、「開発からの依頼での動作確認」的な事を説明していた。
そのうち、テンも説明が面倒くさくなったみたいで、自分の斜め上の位置に「動作確認中」と書いた吹き出しを常に表示しておくようになった。
自由自在とは行かないが、ユリアは一通りユキの思うように行動できるようになり、リハビリのために自分の庭で野菜を育てる事にした。
「タネの撒き方はどうすれば良い?」と、ユキがテンに聞くと、「こうすれば一度に撒けるって思う行動をとってみて」と言われる。
そこで、腕を横に命一杯スライディングさせるように降りながら、小麦の種もみを放り投げてみた。9つの種もみは、一粒ずつ一ブロックの「畑」に着地する。
「動作がオーバーだな」と、テンは文句を言った。「もうちょっと自然に撒かないと、別のアバター達と仕様が違う事がばれちゃうよ」と。
やっぱりこの一人称モード画面は違う仕様なんだと確認しつつ、ユキはユリアを通して見えるテンの苦い顔をちょっと面白く思った。
攻撃の動作を覚える頃、テンから、ユリアに「助けてほしい」事の、二つ目の理由を教えてもらった。
それは、このゲームの中に広がりつつある、ある「バグ」を起こすウィルスの事だった。「コンピューターウィルスの事?」とユキが聞くと、「そんな感じ。特徴としては、感染したアバターはデータが崩壊して、画像もぐちゃぐちゃになる。最初は行動出来るけど、感染した後3回アクセスがある間にバグが進行して行く。まず、感染直後はチャットの一部が文字化けする。次のアクセスでアバター画像に乱れが起こる。二回目のアクセスでアバターの操作不良が起こる。三度目のアクセスで、ユーザー本人のパソコンが機能不全を起こす」と、テンは言う。
ユリアとテンの仕事は、その「操作不良」までの段階のアバターを回復させることと、既にユーザーの居なくなっているアバターを削除する事だそうだ。
どちらの作業でも、モーションとしては「攻撃を仕掛ける」と言う動作を取らなければならない。
それを聞いて、ユキは「つまり、私は殺人鬼になるの?」と聞いた。
「まぁ、外目的にはそうなる」と、テンは言いにくそうに答えた。
見知らぬアバターを攻撃する練習をするため、「練習用の村」に行ってみることに成った。
町を抜けて、森の中に入った。歩くこと15分。途中で道が途切れていて、先が茂みの覆う密林になってる場所に出た。
「普通の俯瞰モードでゲームをしているユーザーは入り込めないようにしてある」と言って、テンはユリアの手を取る。この男は躊躇なく女の子の手を握るなぁと思ってると、「何してんの? 歩いて」と言われ、テンの引っ張る方向に足を進めた。
体を斜めにしたり、狭い場所に潜り込んだりしないと入り込めない「密林」の先に、あつらえたような…いや、あつらえてあるのだろうが、村のような場所があった。
宿と薬屋と道具屋と武器屋と料理屋が適当に並んでいる。その周りで、何もデザインされていない、白いアバターが動いている。何処かから、村の一角に「ぼやけててよく見えない何か」が運ばれてきて、白いアバターはそれを一体一体、村の広場に並べている。
「何あれ?」とユキが聞くと、「第三段階まで行って、中の人が居なくなったアバター」と、テンは答えた。
「あんなにバグったアバターがあるのに、誰も気づかないの?」と聞き重ねると、テンは「面倒くさい事情があってね。ユリアみたいな『しっかり見極められるプレイヤー』以外には、普通に休んでるだけのアバターに見えるんだ。吹き出しが出てなくても、座り込んでるアバターにはあんまり話しかけないだろ?」と、何故ユキがスカウトされたのかの理由を込みで説明してくれた。