幸せの形のひとつである
結婚の申し込みを断る理由として、テンに「付きまとわれるように」なったユリアは、仕方ないので何人かで協力して行うタイプのクエストを選択して、テンと行動を一緒にしていた。
ある時、「紫真珠を発見せよ!」と言う、勢いの良い感じのタイトルが付いたクエストを選んだ。町から山を越えて海に行って、貝を集めて何処かに「紫真珠」が隠れて居ないかを探すと言うクエストだ。
「二人だと難しくね?」と提案すると、テンは「じゃ、仲間集めよ」と言う。「おけ」と答えて、数人をサーチしてみた。
中堅くらいの男性アバター剣士と女性アバター魔法使い、そして初心者の女性アバター治療師をつかまえた。
回復役が初心者なのが不安だったが、ダメージを受けなければ回復もそんなに必要ないし、ユリアも少しだけ回復魔法が使えるので、なんとかなるだろうと判断して5名は歩くだけで30分かかる旅路を進んだ。
道中の山の中には、数ヶ所魔物の出現する場所があり、「山の主」と言う中ボスクラスとの対戦もあった。
剣士と魔法使いの交流値が結構上で、二人だけでも「怒涛」が使えたのは、ユリアと治療師の二名の初心者を抱えたチームには非常に有利だった。
素早さが自慢であるシーフのテンは、二人だけの「怒涛」の合間にできてしまう隙を埋め、ユリアも初心者なりのモーションラグのトロさはあるが攻撃に貢献した。
治療師の女の子は、近づいてくる魔物から必死に逃げている。回復役を追い立てる魔物に気づいて、テンがナイフによる連撃を放った。
カウンターが決まって、魔物は吹っ飛んで爆発する。
画面に「勝利」の文字が出て、パッパラーと、ラッパのような音が鳴る。「山の主」との対戦が終わった合図だ。
剣士と魔法使いとユリアは「山の主のお宝」を獲得しに行き、テンは治療師の女の子に呼び止められた。
クエストをこなす間も、ずっとテンは個別チャットで治療師に話しかけられていた。
ユキも、ユリアを通して剣士と魔法使いに話しかけた。剣士のほうの登録名はアオイ、魔法使いのほうはルキアと言った。
二人は現実世界でも仲の良いゲーマーで、剣士のほうは福祉関係の女性職員、魔法使いのほうはお水のおねえさんだった。全く真逆な仕事をしているように感じられるが、どちらも「他人に尽くさなければならない、ストレスの過剰にたまる職場」で働いていると言う事で、オフでも何回か顔を合わせて夫々の愚痴を言い合ったりしている、親密な間柄だった。
「あたし達、そろそろ『同居』しようと思ってるの」と、ルキアが言う。「今回のクエストで、だいぶ良い値まで『婚活値』が上がるからね」
どうやら、婚活クエストをしている人にとっては、「交流値」は既に「婚活の出来る値」になるようだ。
「へー。さっきの『怒涛』、すごかったですもんね」と、ユキは初心者でも理由は分かってますと言う風に返した。
広い浜辺には、海中の貝が死んでるんじゃないかって言うくらいの貝が転がっていた。それらを一つ一つ集めて、一つ一つ調べて、「紫真珠を発見した!」と言うテロップが出てくるのを期待する。
規定数まで貝を拾って、調べてスカだった物は、「ハズレ置き場」として磯の岩場に山盛りにして捨てておく。
「出たー!」と、チャットで叫んだのはルキアだった。数秒遅れて共同チャットに、「ルキアが紫真珠を発見しました」と表示され、「あったあった。やったー!」と、ルキアのはしゃいでいる言葉が入る。
クエストを失敗させないために執念を燃やしていたカップル達へ、残りの3名は「8」を連打して祝福した。
町に戻り、ギルドに報告と納品をして、仕事料とステータス値のアップアイテムをもらう。
アオイとルキアとはそこで分かれ、ユキは最後のチャットで「お幸せにー」と送っておいた。
紫真珠自体を見つけるのにも小一時間かかったので、一つのクエストとしては疲労と共にやりがいもあった。何より、これから幸せな同居生活を夢見ているカップルの夢への一歩になるクエストだったのだと思うと、ユキも画面の前で感慨深い思いになった。
長時間画面を見ていたので、少し休もうと思って画面の中の地面に座り、吹き出しで「休憩中」と表示する。誰が何時の時間帯に訪れるか分からない世界なので、中の人が眠って居たり食事を摂っていたりしてゲームを離れている間は、このように吹き出しで「休憩中」「睡眠中」「喋りたくない」とか書いて表示しておくと、誰かが話しかけてきた時に「中の人はお休み中なのか」と分かるようになっている。
もちろん、画面から数秒間しか離れてないか、現実世界の行動と同時進行可能だろうと判断して、以前のユキのように吹き出しを表示しないまま休んでしまう場合もあるが。
オートセーブなので、回線を切ってゲームを閉じる。風呂に入って、湯上りにオレンジジュースを飲み、夜食を食べる。今日はうどんに卵とネギを入れる。
崩した卵と出汁の絡んだ麺を啜って、切りたての青ネギを噛む。薬味程度の野菜の摂取だが、五臓六腑に染み渡ると言う感覚だ。
もっと野菜食べなきゃダメだなーと思いながら、ユキは何となくパソコンを起動し、回線を復旧する。ヘッドフォンをし、配信でも観ようと思って、マウスを操作すると、急に画面が真っ赤になった。
とっさに、ユキはスマホの時間をチェックした。午後20時14分。怪奇現象が起こったと言うには、まだ健康的な時間だなぁと、ちょっと悔しくなる。
「ゆ…」と、聞いた事のない少年の声がした。「ユリ…ア…。たす…け…て…」
聞いてみた感じ、どうやら日本語のようだ。誰かがユリアに助けを求めている。「え?」と呟いてから、キーボードの前で少し手を動かし、「悪戯説」「犯罪説」「怪奇現象説」を考えてみた。
どれだとしても、うちのパソコンに何等かの現象が起こっていて、何となく「見聞きしなかったことにして良い話」では無いような気がする。
それに、ユキの事をユリアと呼ぶと言う事は、あのゲームの世界を知っている誰かの起こしている現象だ。
一度切っておいたゲームの画面を起動して、ロードを始めた。