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終わるまでの世界で  作者: 夜霧ランプ
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 結婚ねぇええええ? と、ユキは次の日にゲームを始める前、幻想の世界に浮世の面倒くさい事情を放り込んでくる開発者達が、頭沸いてんじゃないだろうかと訝った。

 目の前ではロード画面がゆっくりと動いており、一瞬画面が固まった。回線飛んだ? と思って、エンターキーを適当に押す。

 チャット画面が見え、「あなたを」と言う文字が書かれている。「ずっと」と、文字は続く。「あ…ま…した」

 この文面を、「あなたをずっとあいしてました」と読んだユキは、誰かのチャットに入りこんじゃった? それって「倫理観的」にどうなの? と思いながら、大慌てでエスケープキーを押し、ゲームをロードしなおした。


 その日のユキことユリアは「青色斑キノコ集め」と言う、一人でやる収集系としては難易度の高いほうのクエストをこなしていた。途中で何匹かの魔物と交戦になり、体力ゲージが半分になったので、一度回復のために町に戻った。

 何のゲームでも、最初のうちは体力が足りないのが難点だ。ユキも、ユリアの性別を女性にした時点で、初期の頃は体力が長続きしないのは覚悟していた。

 初心者特典のランダムスロットで、体力を5ポイントだけ追加できたが、スロットを利用しても魔力強化型の偏ったパラメーターになってしまった。職業は魔法剣士なので、腕力の数値も欲しかったが、今の所、武器はレイピアしか装備できない。

 ユキの今の目標は、ユリアを身の丈の大剣を片手で振り回す魔法剣士にする事だ。腕力値によって、その武器が片手で装備できるか両手で装備しなければならないかも変わってくる。

 作りこまれていると言えばそうなのだが、先日知ってしまった「婚活クエスト」の事で、ユキは何となく、この世界に「ユリア」を置いておくのが可哀想な気がしてきた。

 チャットをするだけで交流ポイントが1ポイントもらえるので、「とてもおしゃべりな奴」とかも出てくる。

「クエスト。可?」と聞いてきて、こっちが「りょ」と返すと、協力者なんていらないだろうと思われる簡単なクエストのリンクが貼られたりする。

 ゲームを始めたばかりの頃は、みんな気さくな人なんだなと思っていたが、ああ言うのが婚活の一環なのだろうかと言う知識がついた今は、交流値を上げるためだけの申し込みが非常にうざったい。

 宿屋で体力を回復して、またクエストに繰り出そうとしていた時、広場の遠くでテンが誰かと話していた。相手は、棘のついた鎧を着た屈強そうな男性アバターだ。ゲームの画面の中なので、特にわめき声だのは聞こえてこないが、ユリアが広場をうろうろしながら観察してみるに、15分くらいずっと、テンはそのごついアバターと話している。

 その時に話していたユーザーとは「クエストリンク」の中に入ることは無く、テンは広場の端っこでうろうろしていたユリアの所に真っ先に避難してきた。

「ユリア。しばらくチャットして」と、テンは個別チャットで話しかけてきた。

「いよ」と答えて、「何絡まれてたん?」と聞いた。

「かまほられるとこだった」と、テンは心に痛い言葉を書いてきた。つまり、男性アバターに結婚を申し込まれていたのだ。

 テンのアバターは忍び装束を纏って口元を隠した目の大きな青少年の姿をしており、職業はシーフ。相手のユーザーが女性だったり、本当にその気のある男性だったりしたら、とても好ましく見えるだろう。

 テンは、通りかかってうろうろしていたユリアを「彼女」だと言う事にして、結婚のお誘いを断ったのだそうだ。

「なんか俺、もう、この世界辛くなって来た」と、テンは苦言を呈する。「『結婚』が始まる前までは、すげぇ楽しいゲームだったんだよ? ああ、システムの事ね。開発って、ゲームのリアリティってものをはき違えてると思う」

 いつもの早打ちタイピングで、テンは愚痴と言うには早口に文章をつないでいく。

 ユキは、それをざっくり読みながら、「そら辛いわ」とか、「ああ…」とか、「うんうん」とか、チャットに書くまでも無い相づちを綴った。一定時間で返信を返さないと、相手が読んで居るのか居ないのか分からなくなるからだ。

「テンって、いつからこのゲームやってんの?」と聞いてみた。

「新作だった頃から」と、短い返事か帰ってきた。

「それにしては、レベル中くらいだよね」と、ちょっと意地悪心を出してユキは質問する。「簡単なクエストしかやって無いとかなん?」

「ま、そんなもん」と、テンは言う。自分の身の上より、お気に入りだったこのゲームの変貌と存亡に付いてを語りたいらしい。

 結局、ユキがユリアに「青色斑キノコ集め」を完了させるまでに、日付を跨いでしまった。


 ヴィーッヴィーッと、スマホのバイブが鳴っている。「はい?」と言って、ユキがゲームを一時停止して出ると、女の声で「あなたを、ずっと…」と聞こえた。

 パリパリと音が乱れて、「あん…さ…た」と言う意味の分からない言葉が途切れ途切れに聞こえたので、反射的に通話を切った。

 スマホを画面をよく見てみると、非通知だった。変な人からの電話なんだろうな、と思って、ユキはスマホの設定画面で「非通知着信拒否」を選択しておいた。

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