第一章 【顕現】 三
通報を受けて駆け付けた警察が倉庫の周りを取り囲んでいる。
その中には、逃げた筈の曜子の姿もあった。
圭は戦闘を終えたフラフラの体で倉庫の入口までは歩いたのだが、頭へのダメージに耐えられず倒れてしまった。
そのまま意識は、沈むように落ちていった。
圭が戦ったあの黒影は、一般的な黒影より比較的強い種類になる。
黒影は体の大きさによって強さが変わってくるというメカニズムも確認されていた。
あの犬型黒影は体が大きいところから見て、破壊力に重点を置いた形態ということだろう。
つまり、体が大きい故に破壊力も比例して強くなる訳だ。
圭が黒影の眉間に銃弾を撃ち込んだ後、黒影は砂のように崩れ落ちて、消え去った。
黒影がいたという証拠は何一つなくなってしまったという事だ。
そして、圭が手にした覚醒者の力、銀色の双銃は、光となって両手に消えてしまった。
「宮城君!」
入口で倒れた圭を見付けたのか、曜子が駆け寄ってきた。
圭の姿を間近で見て、血の気が引くのを感じる。
それもその筈、圭の姿は酷いもの。
頭は血だらけ、顔中に擦り傷、他にも外傷が見て取れる。
「誰か! 救急車を呼んで!」
自分はどうすべきか。すぐさまそれを決めて、周りに向けて曜子は叫ぶ。
その曜子の叫びに周りにいた誰もが反応し、その中の一人が二人に近付いてきた。
「……頭を打って気を失ってるのね……あなた、運ぶわよ」
近付いて来たのは怜奈。
通報を聞いて警察と一緒に来たのだろうか。
眉間に皺を寄せて困ったような顔をしている。
「あなたは……?」
「後で話すわ。今は彼を運ばなきゃ。……誰か、担架持ってない!?」
「ど、どうぞ……」
警察の一人だろうか。
若い警察官が担架を持ってきた。
怜奈は担架に圭を載せて、片側を持つ。
「何してるの? 反対側持って」
「は、はい」
曜子は言われた通りに担架を持つ。
細身だが、男故に結構重い。
「あそこのヘリまで運ぶわよ」
視線だけ向けて行き先を示す。
曜子が目を向けると、倉庫から少し離れた所に黒いヘリが鎮座している。
二人はヘリに向かって歩いた。
「……これ、別に私達じゃなくても警察の人でいいんじゃ……」
「駄目よ。あのヘリは機密で一杯だから」
「……って、それじゃ私も不味いんじゃ……」
「貴方、黒い化け物を見たんでしょう? だから、話を聞く意味でも一緒に来てもらわないと困るのよ……っと、載せるわよ」
話をしている内にヘリの前まで来ていた。
中には二人、黒い服の男。
圭を載せるのを手伝ってくれた。
「M.A.T.本部までお願い」
「了解しました」
パイロットだろうか。
返事が帰ってきた数瞬後、エンジンが唸りを上げた。
それに呼応するようにヘリのローターが回転し始める。
程なくして、ヘリは地面から離れた。
「さて……まずは自己紹介ね。私は神崎怜奈。防衛省特殊危険物調査処理担当部署所属の人間よ」
「……長いです」
圭と同じ反応が帰ってきた。
人として当然の反応とも言えるが。
「えと、私は堤曜子です」
「曜子ちゃん、ね。早速なんだけど、貴方の見た黒い化け物の特徴を教えてくれないかしら」
「特徴、ですか……えと、犬みたいな形をしてたんですけどとても大きくて……私と同じくらいかすこし下くらいの高さでした」
気を失う前と、気が付いた後の記憶を思い起こして怜奈に話す。
「なるほど。彼が戦っていた所を見た?」
「いいえ……その前に宮城君が逃がしてくれて……私は警察に通報したんです」
圭から指示された内容に従った故の結果。
曜子は無傷で助かったが、圭に傷を負わせてしまった事に対して多少なりとも罪悪感が芽生える。
「そう。それと、悪いんだけど貴方が見たことは一切口外しないでもらえる? まだ、私達は表立って行動してはいけないの」
「わ、分かりました……あの、もしかしたら貴方は、覚醒者の……?」
怜奈は言っていいものか少し悩んだ後、自分の正体を明かした。
「まぁ、そうね。その中の一人よ。ちなみに、そこの彼も、ね」
ついでに圭も。
「宮城君が……?」
「覚醒者となったのは今回のがきっかけだろうけど、元々素養はあったの。危機に瀕して覚醒してしまった、と言うのが今回の見解ね。その証拠にーーー彼の手の甲をには文字があるはずよ」
そういって怜奈は圭の腕を持ち上げる。
しかし、怜奈が考えていた物とは全く違うものが、圭の手にはあった。
「これは……まさか」
圭の手にあったのは、一本の斜線。
数字ではなかった。
しかし、もう片方を見ると、逆になった斜線が入っている。
怜奈は何故かそれに驚いたようだ。
「そうか……! そういうことなのね。新たな事実発見だわ」
何かに気付いたのか、楽しそうな顔で圭の手を見ている。
何を見付けたのだろうか。
「あの……」
「あら、ごめんなさい。貴方は向こうに着いたら下ろしてあげるから。その後はうちの人間が家まで送ってくれるわ」
「え……あ、はい……」
何が何だか分からない曜子は、言われるがまま。
結局分かったのは、目の前の女性が覚醒者だと言うこと、圭が黒い化け物を倒したこと、圭も覚醒者だということ、そしてーーーこれを全て口外してはならないと言うことだった。
曜子は窓を見る。
ヘリは既に高層ビルの屋上に降り立とうとしていた。
○○○
「……ん……ここは……?」
目を開いてから最初に見たのは天井。
見たことのない天井だ。
続いてかいだ事のある匂いがした。
この匂いは……
「病院、ですか」
「正確にはM.A.T.の医療施設ね。貴方が眠っている間に精密検査は済ませたけれど、特に異常は無かったわ」
隣からつい数時間前に聞いたばかりの声。
圭は首だけ声のする方向へ向けた。
「神崎女史……いたのですか」
「ご挨拶ね。貴方の戦闘には間に合わなかったけれど。それでも迅速に運んであげたんだから感謝してもいいのよ?」
「ならば敢えて感謝はしない方向で。……それはそうと聞きたいことがあるのですが」
「だいたい予想付くわね。覚醒者の事でしょう?」
「まぁ、そうですね。僕の力は一体何なのか……それと、M.A.T.の詳細を教えてくれませんか?」
「一つ目の質問に関しては答える事は出来ないわね。貴方の能力は貴方だけしか持っていない。だから貴方しか理解することは出来ないの。ただ……貴方のナンバーを見て気付いた事があるわ」
「気付いた事……? それは、一体……」
「貴方のナンバーは《Ⅹ》。その両手に刻まれた斜線から推測するに、手を重ねると能力が発動するのかもしれないわね。そして、貴方のナンバーは、前に前例があるわ」
「前例……と言いますと、前にもこの《Ⅹ》のナンバーを持った覚醒者がいた、と言うことですか」
「正解。前の覚醒者《№10》は、サンフランシスコでの任務で殉職。そして現れた新たな覚醒者《№10》、それが貴方よ」
「覚醒者の人数は決まっている、と言うことでしょうか。そしてそれは循環する……」
「そう。決まった人間しか黒影を殺すことは出来ないって事。だから貴方にはM.A.T.に入ってもらわないと困るのよ」
「そうは言われましても僕には守らなければならないものがあります。冷酷なようですが、優希と母さえ守ることが出来るなら僕はそれでいいんです」
「……その条件を守れなければM.A.T.には入らないって言ってるように聞こえるわね」
怜奈が睨むような目付きで問掛けた。
しかし圭はそれに動じず、冷たい声で返す。
「そう言っているのですが?」
仲間に、M.A.T.の一員となってくれる事を勝手に《・・・》信じていた怜奈の頭に血を上らせるには十分過ぎる言葉。
「……ふざけないで! 今もどれだけの人が黒影に襲われているのか分からないのよ!? たかだか10人で出来ることなんてたかが知れてるわ! たった二人の為に他の人間全て貴方は見殺しに出来るの!?」
怒鳴る怜奈に対して、なおも冷酷に返す。
圭にも譲れないモノがある、という事。
「ふざけている? ふざけているのはそちらでしょう。父が死んでしまってから僕は優希の安全を確保するために他人を利用した事もあります。母の負担を減らすために、仕事以外で苦労しないように、快適な環境を作ってきたつもりです。父が死んでしまったのは偶然とは言え、今は僕しか守れる人間がいないんですよ。それに僕は、赤の他人を守って、大切な家族を失いたくないのです。それをそちらの勝手でいきなり覚醒者? いい加減にしてください」
「くっ……貴方って人は……失望したわ」
怒りで口がうまく回らないのか、結局侮蔑の言葉だけ放った。
「慣れていますよ」
そんな言葉もさらりと流して怜奈を見た。
その言葉を聞くや否や、乱暴に椅子を飛ばすと怜奈はそのまま出ていってしまった。
余程圭の態度に苛ついたのだろう。
「これで、いいはずです。優希や母さんを守るためには……仕方ない事です」
ぽつりと溢した言葉は誰に聞かれる事もなく、白い部屋の中に溶けた。
圭は頭以外に外傷が無いのを確認すると、ベットから這い出した。
「体は動くようですね。では、帰らせていただきましょう」
立ちくらみで少し視界が揺れたが、暫くするとそれも正常に戻った。
M.A.T.の医療施設、ということは、別に捕まった訳では無い。即ち、帰っても問題無いだろう。
「もう夜ですね。優希が待っているでしょうから早めに帰りましょうか」
病室のドアを開けると、静寂が広がる。
静か過ぎて逆に不自然に思えてくる。
「これだけ大きい施設だというのに、人が全く見当たりませんね……」
「まぁ、俺が人払いしてるからなぁ」
不意に響く声。
振り向こうとするが、何かを突き付けられる感覚で、それは阻まれた。背中に当たる鋭いモノが圭の動きを縛っている。
「……どなたですか?」
「まぁ、強いて言うなら覚醒者№6……かな?」
男の不気味な笑い声が、静かな廊下に響いた。
…不定期です。