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残したい物語  作者: min
8/13

1-3.バルメラの部落(1)


「夕方には、交替の者が来る。

 そしたら‥‥一緒に来てもらう。」


アレンは、それだけ言ってミークのもとから立ち去った。



水浴びをし、さっぱりとはした。

地べたに座り込み、濡れた髪を弄びながら、水にぬれた服が乾くのを待つ


今後どうなってしまうのか……。どうしても心配になってしまう。


ちらりと、目の端で男を見ると、自分のサンドホーンとオアシスに入り、ホーンの体を洗ってやっていた。


男の上半身は裸で、下履きの上・腰から下に大判なストールを腰に巻き付けた格好だ。


無駄な肉が一切ない鍛えられた体が見て取れる。小麦色の肌は滑らかに見え、健康的な美しさだった。

おそらく、身に着けていた宝飾類からみても、裕福な御人なのだろう。


自分に、食料を与え傷の手当てをしてくれた……善良な人ではあるのだろう。


だけど、「どこ」に連れていかれるのか ?

それを考えるととても不安に駆られた。


今までの道中を思う。やっとここまで来たのに、ここで諦めるわけにはいかない。



その後、アレンが木の上って見張り(昼寝かもしれない)をしている間、いったんミークは拘束された。後ろ手に縛られ、両足を結わかれ、草陰の涼しい場所に転がされた。足首を縛った縄には鈴が付けてあり、ちょっとでも動くと音が響く。


とりあえずは、今は体力を温存しておくべきと、考えて昼間の間はおとなしく目を閉じていた。





涼しい風が砂地をなめるように吹きはじめ、アレンは目を開ける。

辺りはバラ色に染まっていた。

夕暮れ時だな、と思った。

ヤシの木のてっぺんのポータレッジから、身を乗り出してあたりを眺める。


白鷹のライジンが戻ってきて、アレンの頭にズシッと降り立ってきた。

と同時に、アレンの胸元に、ネズミのような小動物が落ちてきた。


「おい、脅かすなよっ」と笑いながら、鷹の首元をくすぐってやる。

獲物を見せびらかしに来たんだろう、ネズミを咥えさせてやるとちょっと得意げにアレンを見てから、再び飛び立った。

それを見送るアレンの耳に、蹄の音がかすかに聞こえ、西の方を振り返る。

騎乗する人影が2つ、遠くに見えた。


着いたか…。

ポータレッジから、ヤシの幹沿いに滑り降りると、その音に驚いて、ミークが上半身を起こした。


アレンは長銃を担いで、小走りにオアシスを抜け、遠くを見やる。

2頭のラクダが近づいてくるところだった。


「お~い、アレン。来てやったぞ~」とどこかのんびりした声が聞こえてきた。


アレンは、長銃を天に高く掲げて挨拶した。


それと同時に、背後でチリンと鈴の音がした。


素早く振り向くと、ミークがリディに飛び乗るところだった。


どういうわけか、腕も足の縄が引き千切られ、片手で馬を操り、もう片方で自分の荷物を背負い持っている。その荷を自分の腹側に抱えて飛び乗ると、空いた方の手が後方に大きく振り上げられなにかがキラリと光った。短刀だ。


それを認めると、アレンは風のような速さで向かっていった。


ミークは振り上げた短刀を、リディの尻に思い切り突き刺した。


 あなた(リディ)は、あの人のホーンだから、私の指示には従わないだろう。

 私の乗ってきたホーンでは、ここを切り抜けられない。残していってもあの人ならきっと世話してくれるだろう。

 傷つけて悪いけど、ここから離れたところまで私を運んで―――!


ミークは無我夢中で、短刀をリディの尻に突き刺した。

途端にリディは高く嘶き、めちゃくちゃに暴れだした。


振り落とされまいとホーンの首にしがみつく。揺さぶられながら、なんとか草木の切れ目を見つけ、リディのタテガミをグイっと鷲掴みして、そちらの方へ首を向けた。


リディは、咆哮のような嘶き声をあげると、痛みから逃れるために促された方角へ前足を向けた。

その時馬上のミークのあたりに影が落ちた。

アレンが背後からリディに駆け上り、ホーンの頭に向けて長銃の銃身が伸ばされた。


「耳をふさげ」


「!」 あ、っと思う間もなく、間近で爆音が響き、閃光であたりが真っ白になった。

リディの耳のすぐそばで、信号弾を撃ったのだった。


リディは目を回して動きを止め、ミークを下敷きにして、ドォッっと横に倒れた。

ミークはリディの巨体に体を挟まれ、抜け出すことができない状況となった。

閃光と、倒れた衝撃ではっきりしない視界から抜け出すと、仁王立ちで自分を見下ろしているアレンがいた。


長銃の弾を込めなおし、ミークの額に銃口を当てた。



その眼―――に気づいて、ミークはゾッとした。

表情なく、冷淡に自分を見下ろしている。その目には怒りの色が見て取れた。


震えるほど恐ろしいのに、夕日を背に自分を見下ろしている男の様は惚れ惚れするほど雄々しかった。

輪郭のふちが日の光に金色に輝き、持って生まれた覇気というか怒りの波動が、体から立ち上っているように感じた。


「な、なんじゃアレン、穏やかじゃないの!」と、背後から駆け寄ってくる気配がした。

ラクダを引いている2人が、両手で耳をふさぎながら近づいてきた。


人が近づく気配にも、銃口は額に押し付けられたまま、アレンは微動だにしない。

怒りの程度が深いと身に染みた。


私撃たれてしまうのかな、と、ぼんやりと思った。

ここまで来たのに……もう辿り着くのはかなわないのか…。

これまでの数年、逃げ続けた記憶が記憶を駆け巡り、あきらめの気持ちが浮かぶ。


今この瞬間、これからの私の身の振りようは、完全にアレンが握っている…


そう感じて目を伏せた、それを見極めたのか、不意に銃口が反らされた。



「アレン、その辺で止めとけ~。一応迎えるつもりなんだろ~。」


近づいてきたのは、ずんぐりした髭モジャの男性と、背の高い黒髪の若者だった。

若者の方は、長銃を両肩に渡し、両手をかけて揺らしながら歩いてきた。


アレンよりも年上のようで、背中の中ほどまでの黒髪を無造作に垂らしている。

頭上にはターバンを巻き、浅黒い引き締まった体躯をしてた。


茶色い髯で顔中覆われた、年配らしき男性は片膝をついて、ミークのそばに近寄った。

「肩が外れちまってるようだ、おい、ドドゥ、アレン、引き出すのを手伝っとくれ。」


ドドゥと呼ばれた青年とアレンが目を回しているリディを持ち上げ、その隙に茶色い髯モジャの老人がミークを引きずり出した。ミークを引き出すとすぐ、アレンはリディの尻から短刀を抜いてやりすぐにリディの介抱を始めた。


「あれ? 足首も変な風に曲がってる、折れたか?」ドドゥが気づいて言った。

「そのようだな。」 アレンがそれがどうした、というように言い添えた。

ふさふさの茶色い眉で覆われた小さい青い目が、痛ましそうにミークを見やる。その目はとても優し気に見えた。


リディの体から引き出されると、急にドクドクと血がめぐるのを感じだした。

と同時に、肩や右足に、鼓動と同時に痛みを感じだした。

体中が痛みだすと、頭から血の気が引いて、視界が薄暗くなった。

その薄闇に、染みが広がるように黒い斑点が広がっていき、遂にミークはなにも見えなくなってしまった。


ロウ爺の大きな手がぺちぺちとミークの頬を叩いたが、なんの反応もなかった。


「気絶しちまったようだ。ま、はめるのも相当痛いからその方がいい…。」


ロウ爺はすこし力を込めて、ゴリゴリと音をさせミークの肩をはめてやった。

気を失ったために、ミークは一言も発しないで、ぐったりしている。

ロウは、水であて布を濡らし、固定するように肩に巻いていった。


続いてドドゥに手伝ってもらって、折れているであろう脛を延ばしてまっすぐに整えると、

その辺に落ちていた適当な枝を使い、やはりあて布をきつく巻いて固定してやった。


その合間に、ミークの状態をさっと確認する。


ちょっとした見た目や服装は完全に男用だ。

しかし掴んだ腕が、思ったより柔らかく細いことに眉をひそめた。


「あれ、この子、背中から血が染み出ているぜっ。背中もケガしてるのか?」


ドドゥが驚いて、アレンに顔を向けると、アレンは不服そうに眉根を寄せた。


俺が蹴り上げた時に、傷口が開いたんだろう……


ドドゥはミークの髪を掴んで顔をみると、


「えらくきれいな小僧だな、……男娼か?」と呟いた。


ロウ爺がドドゥの言葉を遮るように、ミークの体を外套で巻いて抱き上げた。


「おい、アレン、この子を運んでやれ、この子の荷物も一緒にな」と

さりげなくアレンに近づいて、近くに地面にミークをいったん横たえた。


その際、さりげなくアレンに耳打ちする。

「この子は女か?」


アレンは「たぶん」と小声でうなづいた。


「部の守り刀を持っていた。多分…シーラ様の…。それに……」

ロウが続きを促すように、首をかしげる。

「……背中に羽のようなものあった。」


ロウは、瞬間眉を顰めたが、すぐ元の柔和な顔にもどり、アレンの肩をたたいた。

「うむ、この有様じゃ。まずは城に連れていこう。まずはそれからじゃ…」

 言外に、ここではこの話はするな、と含みを持たせる

 アレンは、黙ってロウの目を見据えてうなづいた。


「ドドゥ、1日早いがアレンと交替して残ってくれ。お前の乗ってきたラクダは、二人を運ぶのにいったん借りていくぞい。」


ラクダの方が大きく、二人運ぶには都合がいい。

ドドゥと呼ばれた若者は、手の甲をひらひらとロウ爺に振った。


「リディが元気になるまで、手あつ~く看病してやるよ。このオアシスで過ごすのは悪くないしな。」と周囲を見渡した。


「ドドゥ兄、頼む」 目を回しているリディの鼻先を、優しくなでた。


「背中の出血のせいもあってか、熱っぽいのぉ。早く手当てしてやりたいから、よければもう出発したい…運んでくれるか?」


「じゃ、俺が運んでやる」 ミークに興味津々だったドドゥが、抱えるために片膝をついた。


「うっわ、軽っ!」 ドドゥがミークを抱えて声を上げた。


「さっさとロウ爺においしいものでも食わしてもらって、肥えないとな~」


抱え上げた小僧の顔は、日焼けしてところどころ荒れてはいたが、きれいな顔立ちだった。

目を開けたらさぞかし美しい子なんだろう、とドドゥは想像した。


「おい、アレン、こいつは取りあえず認識票などはなかった……ってことでいいんだな?」


「こいつの手足は確認した。認識票は全くなかった。墨も入ってなさそうだ。誰かの所有物ってわけではないようだ」


言いながら、さりげなくドドゥの腕の中から、ミークを抱き上げた。

アレンとしては、ドドゥに間近かで接せられ、何か感づかれるのは避けたかった。



ドドゥは21歳、バルメラの部族の若衆のまとめ役を務めている。若衆は、部内の10~20代の男たちの総称で、部内中心的な働き手となる。

族長の息子であるアレンも若衆に属しているが、まだ長の役をするには若いため、一応ドドゥの配下として、ということにしている。


ミークの頭を自分の肩にもたれさせ、ラクダに騎乗した。

ドドゥがミークの荷物を引き渡たす。

「わるいな。」 アレンがドドゥに声をかけると、


「なんの、なんの。」 とドドゥが、口端を上げて笑った。


ストールを、ミークごと自分に巻き付け、自分の体に沿うように片手で支えた。

意識のないミークを胸元に寄せ、ラクダに鞭打つ。

ロウがその後に続く。

ライジンが二人を見守るように、空高く舞っている。


天空はすでに青紫色に染まり、ぽつぽつと星が輝き始めていた。


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