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残したい物語  作者: min
6/13

1-2.遭難者 (3)



「おまえ、水浴びしろ。」


翌朝、アレンは命じた。


昨夜初めて、こいつのフードをめくり、間近に見たときの痛々しい様子が気にかかっていた。


この辺では珍しい白い肌‥‥は日焼けで赤くなっていた。

髪は砂ぼこりでごわごわになっていて、くすんだ色になってしまっていた。


ただ目の色だけは、深い深い緑色だと認めた。

濁りのない、澄んだ美しい瞳だった。丸みを帯びた鼻は愛らしく、余計に幼いように思えた。

その顔に思わず見入ってしまった自分に、あどけないまなざしを向けられ、まずは安心させてやりたいと思った。


「服も埃っぽいだろ、一緒に洗っちまえ、なんなら俺の着替えを貸してやる」


黒いフードをはぎ取り、清潔な綿シャツとズボン、手ぬぐいをそいつの旨に押し付けると、オアシスを指さした。



「砂まみれだし、日焼けで痛いだろう。きれいにしてくるといい。」


剥ぎ取ったヤツのフードの下は、乳白色のスモック状の服になっていて、背中側にスリットが来るように合わせがある。裾は腿のあたりまであり、その下は灰色のゆったりしたズボンをはいていた。


後ろが開いた服とは、初めて見たな‥‥。肌の色といい、やはりこの辺の者ではないな‥。


渡した手ぬぐいをきつく押抱き、立ち尽くしたまま、ビクビクとアレンの顔色を覗って、いっかな歩き出そうとしないので、



「ほら!、さっさと行け」と、軽く肩をたたいて促した。


自分は、さっさと木陰を探して座り込み、目を閉じた。

やがて、水音がして相手が水浴びを始めた気配がしてきた。


そっと目を開けると、オアシスの中ほどで、下履きはつけたまま、こちらに背中を向けて、顔を洗っている奴が見えた。奴の乗ってきたサンドホーンも、一緒にいるようだ。

黒いストールや、来ていた上着はサンドホーンの背中にかけてあった。

やがて、奴は水辺に屈んで、頭を洗い出した。背中が天を向く。



「ん!?」

アレンはその背中がよく見えるよう立ち上がった。


奴の肩甲骨の間に、ハの字のような奇妙な形の何かが見えた。

左側の部分は明らかに裂傷と見て取れ、塞がっているようではあるものの、赤黒い血糊がジクジク染み出ているような感じであった。右側の部分は握りこぶしをやや大きくしたような、茶色のまだら模様のコブのようなものが見えた。


何だあれ‥?


眺めているうちに、水から顔があげられた。

奴が首を振って水滴を払うと、太陽の強い日差しを反射して光が散った。


こりゃ、さらわれるのも当然の別嬪さんだ、


水に立つ、白い肢体はのびやかで、中性的な美しさだ。


アレンの中では、この子はもう、人買いか何かから逃げてきた逃亡者、ということで確定していた。


‥‥何から逃げてきたか、が問題だ。そして、あの守り刀をどこで手に入れたのか…


それによっては、部族になんらかの厄介ごとを持ち込む相手になるやもしれない。


どちらにしろ、事情を聴く必要がある。


昨日からの有様を見、さらには背中の、まだ治りきっていないような傷口を見止めたからには、厄介な相手だとしても、まずは部族に連れ帰り、庇護してやりたいという気持になっていた。




「ピィィィィィーーーーー」



その時上空から鷹の鳴き声が響き渡った。

アレンは、雲一つない空をしばし見上げ、答えるように指笛を長く吹き鳴らした。


どこからともなく、上空に鳥の影が現れ、回転しながら徐々に高度を下げてきた。


手を空に向かって差し出すと、一羽の白鷹が、ドッとその腕につかまった。

足に手紙が結びつけてある。

ロウからの返信だ。早朝立つ、旨書かれていた。

今日の夕方には来てもらえるだろう。


「ライジン、お使いありがとう。」


腰のポーチから、干したナツメヤシ取り出し、適当な大きさにちぎって与える。

その手に、鷹が甘噛みしたり、首を擦り付けたりしていた。




ミークは、水浴びを終え、砂まみれで、ひりついていた体がすっかりさっぱりした。

体を見られるわけにはいかない。渡された綿シャツを素早く羽織った。

シャツは自分には大きめだったが、乾いていて薄く清潔だった。

気持ちが軽くなる。


自分が来ていた服とストールを軽く絞り、胸に押抱き、岸辺に戻ろうと向き直ると、男の腕から、鷹が飛び立っていくところだった。


やや警戒しながら、でもすこし心を許せそうだと感じながら、そろそろと岸辺に戻ると、肩を掴まれクルっと後ろ向きにされた。


シャツの裾から、背中を大きくめくられ、傷跡をそっと指先でなぞられた。


「…‥!!」 驚いて、持っていた洗濯物をかき抱いて身を縮めた。

実を縮こませたミークに気づいて、相手はわずかに身を引いた。


「乱暴をする気はない。こっちに座れ」 とそっと手をとられ、木陰に促された。


膝を抱えるようにして座ると、男は背中側に回り、再びシャツを大きくめくって、背中が全体が見えるようにした。




アレンは、左側の裂傷の具合を確認すると、続いて、右側の、握りこぶしほどの、茶色い瘤のような塊を見つめる。


「なんだ‥‥これ‥‥」


間近でみると、しずく型を逆さにしたような形で、下の方から羽のようなものが出ている。


――羽‥‥‥?――


よくよく見ると、白地に黒と茶色の縞模様になっていて、鷹の翼の模様によく似ている。

背中に、薄い膜で覆われた10センチほどの亀裂があって、その中に納まりきれずに、出てしまっているようだった。

飛び出している部分の下部、羽と思われるものをそっと摘み、ゆっくり外側に引っ張ると、中からズルっと、驚くことに、確かに羽が現れた。

ならば左側の裂傷は、羽をもがれた痕なのだろうか。


子供の頃、寝物語にきいた話で、はるか遠く、深い巨木の森に「人ならざる者たちの種族」の国があると、聞いたことがあったっけ……。



相手を見れば、ギュッと身を縮こまらせ、かすかに震えていた。


「わるい、無理に広げた、痛かったか?」 


相手は黙ってうなずいた。


こいつがどういう素性かはわからないが、とりあえず普通の「人」ではないだろう。

それゆえ捕らわれでもしたのかもしれない。


こんな珍しい奴、そうそう諦めないだろう。追手がくるかもしれないな。


羽から手をそっと離すと、再びスリット上の部分に折りたたまれたが、やはりうまく収まり切れなかった。そっと触ったはずなのに、自然と羽が数本抜けた。羽に力が感じらずれない。どこかに怪我をしているのかもしれない。



震えている奴の頭をそっと撫でて、安心してもらえるよう願った。

触れた薄い黄茶(ローシェンナ)色の髪は、とても柔らかく、スルスルと指先を流れた。



「おまえ、名前はあるか?」


「……‥‥」


「俺は、西域五の部落、族長ライオネル・ルードネスの息子――アレン・ルードネス・ド・バルメラ」

アレンが名乗ると、震えていた相手は、うつむいていた顔をゆっくりと揚げた。


やがてポツリとかすかな声で、


「…‥ミーク‥、ミーク・スプラウド」と名乗った。


この時点で、ミークはずっと男ものの旅装をして旅しています。この後の話で盛りますが、この時代、女性が一人きりで出かけることはまずない。なので、アレンはミークが「少年」だと思ってますし、ミークも余計な身の危険を回避するべく「少年」としてふるまっています。

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