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残したい物語  作者: min
3/13

1-1.砂漠のオアシス (2)


うたた寝をしていたアレンは、強い日差しにうっすら意識を取り戻した。

頭上の太陽をちらっと見やり、頭の中で、おおよその時間を考える。

あと4時間ばかりで日もくれる。


日差しに濃い影を落としていた長いまつげが開かれると、瞳の色は宙碧。

砂漠の夜空を思わせる、澄み切った空だ。曇りもない。

眼の形は切れ長で、形良いアーモンド形。

その間を高い、スッとした鼻筋が伸び、やや薄い唇へと続いている。

アレンはサンドベージュの肌をした、端正な顔立ちの若者だった。


髪色は、ここいらでは珍しい黄金(こがね)色、光に透けるとはちみつ色に輝く。

額に伝統的な刺繍を施した額当をつけ、こめかみの左側で結い留めている。

緩いウェーブ掛かった髪は背中まで達していて、首元あたりで緩く三つ編みに編み、その髪の隙間から見える、彼の左耳には耳飾りがぶら下がっていた。

彼の瞳と同じ色の、淡く澄み切った宙色に金銀の砂粒が光る、丸みを帯びた小三角形の耳飾りだ。


首にも、腕にも数種類のアクセサリーをつけているが、指輪は一つもない。

どことなく立ち振る舞いに、品のようなものがあり、装飾品を多数つけていることからも、この少年が多少とも裕福か身分のある人物ではないかと推測される。


彼は今、オアシスのほとり、ヤシの木のてっぺん、自作の簡易ポータレッジの上にいる。


ヤシの葉の根元に近い当たりに、縄を張り巡らせて足場を築き、その上にヤシの葉を敷きめ、半畳ほどの、空間をしつらえてある。

葉で陽を避けられ、下を通るものには気づかれず、遠くまで見渡せるので見張るにうってつけだ。


彼の守る、周囲5キロほどの小さなオアシスは、部族所有の水源だ。オアシスには珍しい澄んだ水は、水底を荒らさなければそのまま飲むことが出来るほど上質のものだ。


砂漠越えをしてきたキャラバンへ譲ったり、近隣の部族へ分け与えることもやぶさかではないが、対価も払わず黙って汲み上げられることは砂漠の民として許しがたい。

部族の若衆で交代で見張りに立つのが習わしだ。


4、5日ほど前、まだ陽の低いうちに、相棒のサンドホーン・リディ-とともにこのオアシスにやってきた。

1週間の水守をつとめるためだ。


ここに到着してすぐ、リディに積んできた荷物を降してやると、リディはすぐにこの小さなオアシスに静かに歩みを進め、ズブズブと体を水に浸しにいった。


それを穏やかに見送ってから、ヤシの上に、数日間過ごすためのスペースを作るための作業に取り掛かった。

高めのヤシの木をがまとまって生えている幹を見定める。そうした幹には、前任者も利用した縄の痕跡を見つけることもある。

見定めたヤシの木の上部に、縄を網目状に掛け、結び付け、その上にヤシの葉を敷き詰める。

十分な縄と、ナイフさえあれば一人で作ることができる。


作業を終え、下に降りると、水をたらふく飲んだリディが、周囲の草木の影でまどろんでいた。縄を貼る際に落としたヤシの実が数個落ちていた。


落としたヤシの実を、腰の牛刀で割り、数個リディの方に放ってから、自分もかぶりついた。

―――まだまだこの泉は枯れる心配は無いな、ありがたいことだ。


相棒リディは、ホーン種の亜種で、野生のものよりかなり骨太な体格をしている。

頭には、弓型に伸びる短めの角があり、頭頂から首にかけて毛足の長い、ゴワゴワしたタテガミに覆われている。

4本の足は野生種よりさらに二回りほど太く、頭と同様の毛でぐるりと覆われている。風をはらんで足元の体温を下げる目的なのだということだ。


走ればそこそこ早く、人の言葉もある程度理解できる賢さもあり、力も強い。

砂漠を歩く民にとって都合のいい、丈夫で、働き者の相棒だ。


リディは、アレンが初めてもらった相棒であり、以来ずっと共にある。

リディの左耳にも、宙碧の長三角の耳飾りがついている。アレンの所有物である証だ。


オアシスに目をやる。水面は凪ぎ青空を映していた。

こじんまりした小さなオアシスだが、周囲の砂交じりの荒野の中で唯一、周囲を緑で縁どり、澄んだ水面は周囲にキラキラと光を反射させる。


美しいオアシスだと、アレンは特別ここが気に入っていた。


だから、久しぶりの水守の役を楽しみにしていた。交代の者が来るまで、10日ほどは一人で水守をしなければならない。

日常の忙しさからしばし解かれて、青空の下めったに来ない水泥棒などを見張って、のんびり数日を過ごす。

最高以外なにもない。



最高だったこのお役目も、残り数日となった。

正午の、最も日差しの強い時間帯、太陽の光が直接体に当たらないように、頭からすっぽりと被っていたマントを再度かき寄せ、気だるげに、肩からやや横にズレかけていた銃を背負いなおして、寝なおそうおした。


再びウトウトとまどろみかけたアレンの頬を、フワッと風が抜けた。

一度閉じかけた瞼がうっすらと開く。


日中のこの時間帯に風など吹くはずもない。


―なにか…きた?―


顔にさっと影がよぎり、頭上を見あげると、白鷹が頭上を抜けていった。

甲高い鷹の嘶きが響き渡った。

もう一人の相棒、ライジンだ。

樹の幹を支えにして身を乗り出し、鷹の進んだ方へ目を凝らす。


ポツンと黒い人影が見えた。


背に担いだ銃を手前に構えなおし、さらに観察する。


リディよりやや小ぶりのサンドホーンに乗っているようだが、その歩みはたいそうおぼつかない。

フラフラと左右に揺れながら、こちらに向かってきている。


馬上の人物は、黒い被いですっぽりと覆われ、馬上に臥せっているように見受けられる。


一人だけ? ‥‥遭難者なのか?


広大な砂漠はとても一人では渡ることはできない。一人きりで何か不測の事態が起これば、それはすなわち死に直結するからだ。


一人で砂漠を渡り、ここを目指すもの……それは遭難者か、逃亡者。いずれかしかありえない。


アレンは出来るだけ音を立てないようにして、幹から滑り降りると、リディに「沈黙」の手サインをして、手綱をとった。

下草の間をそっと移動し、来訪者から反対側、風上側になるよう移動する。


再度リディに「待機」の合図をすると、銃を担ぎなおし、自分も草の間に身を潜めた。



やがて、オアシスの近くへ先ほどの者たちがやってきた。

水面の反射がその姿を時折照らす。


近くで姿を確認すると、小ぶりのサンドホーンはかなり痩せていた。

乗っている人物は、薄汚れた外套にすっぽりと覆われて、姿を確認することはできない。

馬上に臥せったまま、まったく身動きがなかったが、オアシスへ近づくにつれ、のろのろと上体を持ち上げ、水辺に気が付いた。


弱々しく片腕が持ち上がり、ホーンの背後から鼻筋を数回なでた。

そして、バランスを崩すようにしてロバの背から滑り降り、いったん地面の上にどさりと落ちた。


-ホーンの背には武器らしいものはくくられていない…


黒い被いで隠されている人物は、自分より背が低いようだ。

なんの武具も持っていない様子を見ると、「逃亡者」である可能性はかなり高い。

所有印が刻まれていれば、手助けしたことが厄介事になりかねない。

この人物がどういう経緯でここにたどり着いたかはわからないが、この有様を見ると、とにかく今は、砂漠越えをしてきた「遭難者」と判断していいだろう。

少なくとも縄張りを荒らす目的や、水泥棒などの類ではない。


アレンは手助けしようと、木陰から出た。


地面に落ちたその人物は、すぐに、よろよろと立ち上がり、水の中へサブザブと、水しぶきを上げて走り込んでいった。


腿のあたりまで歩を進めると、


バッシャーン


ハデな水しぶきを上げて、そのまま顔の方から水面に倒れ込んだ。


しばらく様子を伺うも、起きあがる気配がない。

そいつが乗ってきたガリガリに痩せたサンドホーンが、ゆっくりとその人物の近くまでやってきて、鼻ずらを水に突っ込み、たらふく水を飲んでいる間もピクリともしない。


―気を失ったのか?‥‥


いったん腰のポーチのペティナイフを確認すると、足早に、水の中に倒れている人物に近寄り、その首根っこをつかんで水辺まで引っ張っていった。


そんな扱いを受けているにも拘らず、掴まれた人物は気を失っているらしく、ピクリともしない。

とりあえず、仰向けに寝かせ、口元に手のひらをかざし呼吸を確認する。

するとかすかに、風を感じた。


―よし、息はある。


やや緊張を解いて、そいつの体を日の当たらない木陰の下に引きずってやる。


その重みは驚くほど軽く、「よっぽど長く彷徨ったのか…」と心配になった。


木陰に寝かせ、水でぐっしょり濡れたフードを除けてやり、呼吸がしやすいようにしてやった。




現れた顔は、ここいらでは珍しい、白人種の顔だった。まだ子供だ。

髪の色は黄茶(ローシェンナ)。肩に届く程度の長さで、毛先の方は淡い黄金色も混じる。伏せたまつげはとび色をしていた。

本来白いはずの肌は砂まみれで、日に焼けて赤く腫れたようになっていた。唇はカサカサにひび割れていて痛々しい。少年らしい旅装は裾が擦り切れていた。


次いで、涼しく、呼吸を楽にしてやろうと、濡れて重たくなったフードの胸元らへんを緩めてやる。

すると胸元に紐が見えた。引っ張り出してみると、赤いビロードの小ぶりの巾着が現れた。

その巾着には鷹を象った文様が刺繍されていた。

アレンは、そのワシの紋章にしばし目を止めた。



巾着に施されていた鷲の文様は、アレンの、バルメラ部族の文様にとても似ていた。


中をそっと覗くと、宝飾の施された守り刀と大きなヒスイ指輪が入っていた。

その守り刀には、見覚えがあった。束を見ると見事な草木文様と文字が掘ってあった。


-澄し気高き御魂、良き行い、良き志が成されますよう。永遠にバルメラの鷲は見守っておられる。


間違いない。バルメラの部族で、成人を迎えるか、部族を出ていく者に送られる守り刀にちがいない。刀の束に、このような祈りの言葉とともに、送られたものの正式な名前が刻まれているのが常だ。束を逆さにしてみる。

やはりこの宝刀にも、持ち主の名前が書いてあった。


シーラ・ド・ルード・………バルメラ。


その名を見たときドクンと心臓がなった。

それはアレンの、二度とお目にかかることもないと思っていた姉姫の名だったからだ。


刀に書かれた名前にしばし見入った後、指輪を手に取る。

ヒスイの指輪の裏には、やはりなにかの植物をかたどった、紋章のようなものが刻印されていた。その紋章の周りには、なにか文字のようなものも彫られていたが、読むことはできなかった。


アレンは かなりの時間それらを眺めて考え込んでいたが、やがて、そっと巾着の中に戻すと、取り出した時と同じようにしてそっと戻した。




来訪者をそっと横たえると、オアシスに歩を進めた。オアシス内で水を飲んでいるやせ細った小さいホーンに近寄ると、その重たそうな荷物を取ってやった。


その肩に急にドスンと重みが加わった。

見ると白い鷲が停まっていた。


「……ライジン」 首のあたりの毛を掻いてやると、気持ちよさそうに目をつむった。

「おまえ、なんてものを連れてきたんだ?」

白鷹は、褒めてほしいというように、頬に頭を摺り寄せた。

ライジンを肩に乗せたまま、自分の腰に括り付けている手巾を外し、たっぷりと水に浸した。


再び寝ている人物のそばへ近寄り、水が滴る手巾でひび割れた唇をそっと拭ってやり、口内へも水を含ませてやった。さらに砂にまみれた顔もきれいにしてやった。


ライジンはその様子をおとなしく、でも興味津々という感じで見守っている。


顔をきれいにしてやると、目は閉じているものの、そこそこ見目好い顔立ちの様に思えた。

年のころは、自分よりも若いくらいか、な。やや幼い印象だ。


周囲の砂漠に目をやると、青空と砂漠が広がるばかり。

こいつが逃亡者だとして、追ってきているようなものは、まだ近くにいないようだ。


彼の騎馬にくくってあった荷物の中身を確かめると、乾燥した果物とカラカラの水袋、自衛になりそうな多少の得物と工具、大ぶりのストールくらいしか入っていなかった。


「ライジン、ロウに知らせに行ってくれ。」 鷹の足に書付を結ぶと、空に放った。

ライジンは、上空に上がると再び一直線に西に飛んで行った。


砂漠を抜ける午後の風が吹き始めていた。



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