魔法
君が話し疲れて、ベッドの傍で寝入ってから、僕は枕の下から、日記帳を取り出して、続きを書き出した。
君が僕の横に座ったとき、僕の心臓は音を一つたて、軋む音が聞こえた。軋んだ音を君が聞いたのではないかとどきどきしていた。君の黒い肩まで伸びた髪を横目でちらちらと見ながら、僕は外の風景を見ていた。流れる緑の風景に僕は今までに無い輝きを見つけた。君は隣で静かに本を読んでいて、僕は君の読んでいるタイトルが気になって仕方が無かった。君は一体どんな本を読んでいるのだろう?
「なにを読んでいるの?」
僕は考える前にその言葉を言っていた。僕は君以外に女の子に声を掛けたことは無かった。君はこっちを向いて、不思議そうな顔をしたけど、すぐに優しい顔で、
「指輪物語」
と言った。僕は君の顔に初夏の太陽を思い浮かべた。バスの外からは優しい日差しが僕をつつんでいた。また蝉の声が聞こえた。
「面白い?」
僕は言った途端、あまり面白くない質問をしたと思い、顔が熱くなるのを感じた。
「面白いわよ。魔法の世界の話なの」
君は言った。君のことが好きだと今、分かった。
そのときから、僕たちは同じ通学のバスの中で話すようになった。君は市の唯一の私立の女子高に通っていた。君のお母さんがどうしてもその学校に行かせたがった。君は、本当は共学の高校に行きたかったと言った。僕は共学に行かなくて正解だよと言うと、君はくすくす笑った。どうして? 僕のまわりにはライオンみたいな女の子ばかりだと言うと、君は笑って、私もライオンになったかもしれないわねと言った。僕も笑った。
そして、僕は将来の夢の話をした。僕は建築を学びたいんだ。君は嬉しそうな顔で、頷いて、どうして? と聞いた。僕はサクラダファミリアの話をした。君は僕のつまらない話に目を輝かせて聞いてくれた。君も将来の夢について語ってくれた。翻訳家になりたいの。
僕は素敵な夢だと思った。僕がそう言うと、君はありがとうと優しく微笑んだ。