真実
気が付くと、もう四限目の授業が終わり昼休みになっていた。
「冬月さん、一緒にご飯食べない?」
「食堂に行こうよ」
授業が終わると、数人の女子が柊の周りに集まっていた。
羨ましそうに男子も柊の方を向いていた。
「ごめん。僕、芹とご飯食べたいんだ」
「じゃあ、皆で食べようよ」
「別に芹ちゃんと2人だけじゃなくてもいいじゃない」
女子は口々に言っていたが、もう一度「ごめんね」と言って芹の手を引っ張り教室を出ていった。
芹は連れられるがまま振り返り「玲佳、今日のご飯はごめんね」と言いながら姿を消した。
玲佳は苦笑しながら「また後でね」と言いながら手を降った。
誘いを断られた女子は、羨ましそうな目で見ながら2人が出ていった方を見ていた。
教室を出てすぐに「何処で話をする?」と聞くと「屋上はどうかな?」と返事が来たので、手を繋いだまま屋上へと向かった。
屋上に行くと、幸い誰も人が居なかった。
「やっぱり外は最高だー」
やっと手を離し、大きく伸びをしながら柊は言った。
「冬月さん、私の事知っているみたいだけど…誰、かな?私達、何処かで会ったことがあった?」
芹は首を傾げ、少し遠慮気味に聞いた。
「冬月さんって…昔みたいに名前で呼んで欲しいな」
芹の方に振り返りながら柊は眉を下げ、少し困ったような、そんな顔で笑いながら言った。
ー私、この顔見たことがある…確か幼稚園の頃にも…ー
「せり、もうなかないで」
「しゅ、う…やだ…やだよ…」
柊が親の都合で急に引っ越す事になり、その前日の事だった。
柊は泣き止まない芹を見て少し困ったような顔をして優しく抱き締めた。
「しゅうのうそつき。ずっとわたしのそばにいてくれるっていったのに」
「ごめん、ごめんね。でもまたおおきくなったらあいにいくから、ね?」
「でも…」
「てがみかくから」
まだ何か言いたそうにしている芹に、柊は涙を拭き取りながら言った。
「うん……そう、だね。わたしもてがみかくから…!」
まだ泣き続ける芹に、眉を下げ、困ったような、そんな顔で笑いながら泣き止むまで抱き締めた。
ーそうだ、あの時の柊の顔だー
幼稚園の頃の柊の顔を思い出し、ハッとした様な顔で見た。
「思い出してくれた?」
「うん。でも…柊って男の子だった…よね?」
芹は柊の顔とふっくらした胸を見て少し言いにくそうに言った。
柊は目を泳がせながら「あー…」と言い頭を抱えながらその場に座り込んだ。
そんな柊の傍に座り「大丈夫?」と言いながら顔を覗き込んだ。
今、自分の容姿の状況を思い出したのか、少し涙目になりながらチラリと芹を見た。
「今から言う事は信じてくれないと思う。でも、真剣に聞いて欲しい。芹にしか相談出来ないんだ…」
目元を拭うと真剣な顔になった柊に、芹は目を逸らすことが出来ず、小さく頷いた。
そして、どうして男だった柊が女になってしまったのか、その経緯を静かに話し出した。
15歳になった誕生日の夜、運悪く高熱を出してしまい寝込んでしまった。
ぼやけている意識の中で、目の前に黒い服を着た魔女の格好をした女が立っていた。
そして、その魔女は柊に話しかけたのだ。
「妾は性別を入れ替えて遊ぶのが大好きじゃ。そしてお前が今回妾の遊びに選ばれた男…。お前を女にしてやる。戻る方法はただ一つだけ。それはお前自身が見つけ出すんじゃ」
「それ…どういう意味…」
はっきりしない意識の中で、急に柊の身体が光出した。
あまりの眩しさに目を瞑った。
光が治まりゆっくり目を開けると、魔女が自分を見下ろしながら不気味な笑みで笑っていた。
その笑みは昔、母親に読んでもらった御伽噺に出てきた悪戯好きの魔女の顔にそっくりだった。
「もしかしてお前は…」
そう呟いた瞬間、柊は気を失った。
「楽しませておくれよ」
魔女は耳元で呟くとその場から姿を消した。
翌日、柊は目を覚ました。
昨日までの身体の辛さが無く幾分すっきりしていた。
「夢か…」
昨日の夜に出てきた魔女みたいな女は誰だったのだろうか。
起き上がると自分の身体の異変に気が付いた。
男の身体では絶対に二度と見ることが出来ない景色があった。
胸がある位置の服が膨らんでいる。
「む……胸!?」
服の膨らみから直ぐに胸だと分かった。
恐る恐る自分で触っても柔らかい感触があるのが分かる。
声も少し高くなっており、女の声だ。
「な、何で!」
柊は慌ててベッドから飛び起き、鏡を見た。
元々童顔で、下手したら女にも間違えられそうな顔をした柊だったが、今の自分は髪が伸び、喉仏も無くなり、どっからどう見ても男には見えず、女の子の姿になっていた。
「これ…僕、だよな…」
声が震え、いつの間にか身体も震えていた。
震える手で自分の顔を触ると、鏡の中の自分も同じように顔を触っていた。
「どうすんだよ、これ……」
弱々しい声で呟いたと同時に、一筋の涙が零れ落ちた。
柊の声は誰にも聞かれることが無く、部屋の中へと消えていった。
「それから僕、ずっとこの姿で…」
柊は膝に顔を埋めながら弱々しい声で言った。
泣いているのか、肩が震えている。
「誰にも相談出来なくて、芹の所に来たんだ…」
「柊…」
芹は柊を強く抱き締めた。
「せ、芹!」と顔を赤らめ、そっと腕に手をやった。
急な出来事に涙も引っ込み、心臓の音も聞こえそうな程大きく壊れそうな程早かった。
だが芹は、先程より強く抱き締めた。
「芹?」
何も言わずただ強く抱きしめる芹に、先程までの慌てようも落ち着き、名前を呼んだ。
顔を覗き込もうとしたが、頭を抱えられるように抱き締められているので見ることが出来ない。
何も話さない芹に困っていた時「私…」という小さな声が聞こえてきた。
「私、柊の言う事信じるよ?柊の為だったら何だってする。何があってもずっと傍にいるから。だから1人で溜め込まなくていいんだよ?」
抱き締めていた身体を離し、目を真っ直ぐ見ながら言った。
同じように泣いてくれたのか涙目の上に、頬も少し赤い。
ー可愛い…ー
幼稚園の頃の気持ちを思い出したのか愛しさが溢れ出し、そっと包み込むように頭と背中に手を回した。
「ありがとう、芹」
そう耳元で呟き、ぎゅっと強く抱き締めた。
耳にかかる声と息で芹は恥ずかしくなり、真っ赤になってしまった。
「しゅ、柊!」
「真っ赤になってる芹、可愛いなー」
芹は柊の腕の中から逃げ、背中を向けてしまった。
そんな芹が愛しくなり、後ろから抱き着いた。
力は男のままなのか、次は抜け出そうとしても逃れる事が出来ない。
柊は抱き締める力を強め、芹の首筋に顔を埋めた。
「芹の匂いがするー」
「変態柊!バカ!」
「身体は女でも心は立派な健全な16歳の男子高校生だから仕方ないですー」
可笑しそうに笑う柊に、芹は顔を赤くしながらも、明るい昔の柊に戻ったように感じて嬉しくなりながらも苦笑しながら大人しくなった。
2人が自分の気持ちに気が付くのはもう少し先なのかもしれない。