9.燃え行く国
カンカンカン――
非常事態を知らせる鐘が鳴り響く。
暗く静かなはずの夜。
書斎の窓から外を眺めると、そこは夜とは思えないほど明るかった。
「嘘……」
燃えている。
街が、城が、木々が燃えわたっている。
一面の白い景色が真っ赤に染まり、夜空の星すら見えなくなる。
立ち昇る煙の本数が、次々へと増えていくのがわかった。
戸惑い、動揺して、私はその場で立ち尽くする。
すると――
「ユイノア!」
バタンと大きな音がして、書斎の扉が開いた。
「お父様?」
「やはりここにいたか」
「外が燃えて! 何がどう――」
混乱する私の手を、お父様が力強く握る。
そのまま引っ張られて、私たちは書斎の外に出た。
「あっ、本が!」
「本など構うな! それどころではない」
途中で持っていた本を落としてしまう。
ブレイブ物語の表紙が見えて、遠のいていく。
廊下のガラスが割れていて、周囲も慌ただしい。
金属が衝突する音が響いてきて、誰かが戦っているのだと気づいた。
「お父様! 何が起こっているんですか?」
「クーデターだ」
お父様は下唇を噛みしめる。
追放した貴族たちが軍を率いて、王城に攻め入ったという。
国民もそれに同調して、種族どうしで争いを始めていた。
混乱しているのは王城だけではない。
街も、そこに住む人たちも、血を流しながら倒れていく。
その光景を横目に、私はお父様と走る。
「いたぞ!」
「くっ、もう手が回って来たか」
武装した男たちが王城内へ入り込んでいる。
彼らの目的は、私とお父様の殺害。
私たち王族を殺して、自分たちが国を乗っ取ろうとしている。
道中にお父様がそう教えてくれた。
「陛下! お逃げください!」
「ここは私たちにお任せを」
王城には私たちの味方もいる。
お付きの騎士たちが、私たちを守ろうと道を塞ぐ。
「お早く!」
「……すまない」
彼らに背を向け、私たちは逃げる。
人数で不利なのは一目瞭然。
彼らもそれを理解した上で、私たちを逃がすために剣を抜く。
「お父様!」
「わかっている! わかっているから……何も言うな」
お父様は苦しそうな声でそう言った。
私たちは階段を下っていく。
どこへ向かっているのは、私にはわからない。
だけどお父様は、どこかへたどり着くため必死に私の手を引いていた。
廊下の突き当りに手を当てる。
ゴゴゴっと音を立てて、隠された通路が顔を出した。
驚いている暇もなく、私たちはそこへ入る。
中には階段があって地下へと続いていた。
そうしてたどり着いたのは、埃まみれの小さな部屋。
「ここは?」
「王族だけが知る隠し部屋だ。そこの魔法陣の上に立ちなさい」
お父様が指をさす。
部屋の中央には、大きな魔法陣が刻まれていた。
何かの儀式をする場所なのだろうか。
「有事の際に脱出するための仕掛けだ。これを使えば国の外に出られる」
外でドンドンと音がしている。
近くまで誰かが来ているかもしれない。
お父様は焦りながら、私を魔法陣へと誘導する。
「さぁ早く!」
お父様は突き飛ばす様に私を押す。
倒れ込んだ私をしり目に、魔法陣の外にあった石の台へ走る。
何やら手を触れて、魔法陣が起動する。
光が四方を覆い、周囲との間に壁を作り出した。
「これが使えるのは一度だけだ。奴らも追えまい」
「待って! お父様は!?」
お父さんは首を横に振る。
「奴らの狙い、一番は私の首だ。私まで逃げては、どんな手を使ってでも追ってくるだろう。だがユイノア、お前はまだ子供だ。私の首さえ手に入れれば、奴らも満足するかもしれん」
「そんな……嫌! お父様!」
お父様は死ぬつもりだった。
それがわかって、必死に光の壁を叩く。
だけど、壁は私の力ではびくともしない。
「フィー!」
フィーを呼んで、壁を壊してもらおうとした。
「お願いフィー! この壁を壊して!」
フィーは悲しそうに鳴く。
「どうして?」
「もう良いのだ、ユイノア」
優しい声が聞こえて、思わず振り向く。
顔を見て、すぐにわかった。
あの頃の優しいお父様の顔だと。
「お父様……」
「これは私が招いた結果だ。王として選択を誤り……多くの反感をかってしまった。それに気づきながら放置していたツケというわけだな」
「違う! お父様は悪くない!」
「いいや、私の失態だ。何よりお前を悲しませていた」
お父様が手を伸ばす。
壁に阻まれながら、私の頬を触ろうとする。
「どうか許してほしい」
嫌……嫌だ。
お母様だけじゃなくて、お父様ともお別れなんて。
もう二度と会えないなんて嫌だ。
光が強まっていく。
魔法陣が完成して、移動が開始されようとしている。
私は何度も壁を叩いた。
開けてくれ、退いてくれと叫んだ。
無慈悲に壁は厚くなり、向こう側の景色すら見えなくなっていく。
「ユイノア、生きてくれ。それが私と、母の願いだ」
最後に見えたのは、私が大好きだったお父様の笑顔。
それを見たくて頑張っていたのに、もう見られなくなったことを悟る。
転送が開始され、視界は閉ざされた。
音だけがまだ聞こえる。
「見つけたぞ!」
「裏切者が! 死をもって償え!」
剣が首を撥ねる音。
転送途中で聞こえた音。
次に視界が晴れた時、目の前に広がっていたのは……
見知らぬ森だった。
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