8.深まる溝
突然だった。
私も、お父様も、誰一人予想していなかった。
ユーレアスの時とは違うお別れ。
また会おうが言えなくて、永遠にさようならを言わなくちゃいけなかったのに……
翌日。
葬儀は国を挙げて盛大に執り行われた。
担当医の話によれば、お母様の体力は徐々に落ちていたらしい。
一日経過するたびに体重は減り、やせ細っていく身体。
それでも何とか生き長らえてきたのは、私の力があったからこそ。
だけど、それも限界に来ていた。
お母様は平然と接していたけど、相当な無理をしたいたのだと思う。
「お母様……うぅ……」
「泣くなユイノア。皆の前だ」
「う……はい」
お父様の厳しい言葉が胸に刺さる。
何より悲しいのは、そう言っているお父様の瞳も、いっぱいの涙で潤んでいたこと。
辛くないはずがないんだ。
私よりも、お父様のほうがずっとつらい。
だって、二人はずっと一緒に生きてきたのだから。
私が生まれるより前から、二人で支え合って生きてきたんだ。
お父様にとって、そんなお母様の死は、片翼を失ったような気分だっただろう。
そして、十歳の私には到底受け入れられない事実だった。
数日前までの楽しい時間が嘘のようだ。
再び熱をもった冒険への憧れが、一瞬にして消えてしまうほどの喪失感に苛まれる。
その日から一週間、私は聖女の仕事を休んだ。
自分の部屋から一歩も出ずに引き籠り、誰とも接することなく一日が終わる。
そうでもしないと、涙が止まらないから。
でも、そんな風に出来るのは、子供の私だけだった。
「陛下、次の会議の資料です」
「後で目を通す」
国王であるお父様は、お母様の死を悲しんでいる暇もない。
私の部屋を通り過ぎるときも、仕事の話をしているばかりだった。
本当はお父様だって、私と同じように落ち着く時間がほしいはずなのに。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
お母様が亡くなってから三週間が経過した。
私も少しずつ気力を取り戻し、聖女の役割を全うしている。
お父様は相変わらず忙しそうで、話をする時間もめっきり減ってしまった。
私ばかりが休んでいるわけにもいかない。
頑張っているお父様に迷惑をかけないように、私は自分の出来ることを頑張ろうと思っていた。
「陛下! 今一度軍事強化についてお考えを」
「またその話か。何度も言っているだろう? 国民から兵を募るなど」
「ならば亜人種を集めれば良い! 元々彼らはこの国の住人ではない」
「ふざけたことを抜かすな! 彼らも立派な我が国の民だ。そのような差別は断じて許さん」
ある日の会議に私も参加した。
お父様は貴族たちと意見が割れ、あまり空気がよくない。
軍事強化についての話は、以前から何度も聞いている。
最近になって強くなっているのは、西の情勢がさらに悪化したからだ。
ユーレアスが去って以降、三つの国が滅ぼされている。
その情報を知ってから、貴族たちは何度もお父様に訴えかけてきた。
彼らの意見も間違いではない。
国を守るためには、戦うための力も必要だと思う。
だけど、彼らの胸の内にあるのは、国を守りたいという愛国心ではない。
自分たちが生き残り、権力を増やしたいという欲。
子供の私にですら、彼らの欲が見えている。
お父様にはもっと明確に映っていたに違いない。
「なぜわかっていただけないのです!」
「我々はこの国を想って――」
綺麗事ばかり口にする貴族たちに、お父様は苛立っていた。
彼らの言葉には誠実さがない。
嘘ばかりついて、お父様を困らせている。
何人かの貴族は……
「もうついて行けません」
などと言い残し、王城を去っていった。
本当に自分勝手で、国のことなんて考えてもいない。
丁度その辺りからだったと思う。
街でとある噂が流れ始めたのは……
「おい聞いたかよ」
「ああ、魔王軍の話だろ? 本当だったらやばいぞ」
「この国の亜人種も関わってるなら、国王様も……」
「滅多なこというなよ」
侵略を続ける魔王軍。
その構成メンバーには、亜人種も含まれている。
発端はその情報で、噂には尾ひれがつく。
どこでどう変化したのかわからない。
リチャード国王は魔王軍と繋がっている。
この国の亜人種たちは、魔王軍の一員で、いずれ人間を滅ぼす。
そんな根も葉もない噂が、街中を支配していた。
噂が広まるのは本当に早い。
加えて、人間と亜人種では解釈の仕方も異なる。
「陛下が魔王軍と? 亜人種を追い出せ!」
「我々は関係ないぞ! 魔王軍へ協力なんてまっぴらだ!」
共存していた彼らは、一瞬にして反発し合う。
街では小さな小競り合いから、大きな暴動まで起こるようになった。
それらの出来事は、お父様の心をすり減らしていく。
「暴動を鎮圧せよ。抵抗するなら容赦はいらない!」
反国精神が見える者には容赦なく制裁を下す。
従わない貴族たちも、王城から追い出す様になっていた。
日に日にお父様の表情が険しくなって、私は背筋がぞっとするほど怖くなる。
「お父様、少し休まれた方が」
「休んでどうなる? 奴らは勝手な噂を広めるだけだぞ」
「で、でも……やり過ぎではありませんか?」
「何? 私が間違っているとでも?」
「そ、そんなことは……でもお母様なら――」
後で気付く。
その単語は、お父様にとっては禁句になっていた。
ビクリと反応したお父様は、鬼のような表情で私に怒鳴る。
「あいつはもういない! 余計な口を挟むな!」
もはや別人になっていた。
優しくて格好良かったお父様は、もういない。
お父様の笑顔を、私は思い出せなくなっていた。
しばらくして、聖女である私にも疑いが向く。
本当の聖女ではなく、魔王軍の手先なのではないのかと。
理解不能な噂ですら簡単に広まってしまい、国民は信じてしまいそうだった。
「聖女を出せ!」
「偽物に制裁を! この国に自由を!」
国民たちは怒り狂い、私は王城の外へ出られなくなる。
お父様と話すのも怖くなって、私は一人で書斎に閉じこもるようになっていた。
悲しい気持ちをなくしたくて、大好きだった本を読む。
そんな日々が続く中、ユーレアスのことを思い出す。
「……会いたい」
もう一度会いたい。
彼がいれば、この国だって元通りになるかもしれない。
世界すら救った人なら、という期待が膨らむ。
いつかきっと、彼がこの国に戻るまで、私は耐え忍ぶしかないんだと。
だけど――
裂け広がった亀裂は、もう取り返しのつかない深さになっていた。
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