6.ブレイブ物語
ブレイブ物語。
七百年を超える過去に起こった実話を基にした英雄譚。
魔王の誕生によって人間界が滅ぼされかけた時、勇者が立ち上がった。
勇者には四人の仲間がいて、そのうちの一人に【死神】と呼ばれた男もいた。
彼の名はユーレアス・ネルガル。
死者の魂を操り使役するネクロマンサーであり、霊視という特別を持っていたとされる。
加えて冥界の王と契約を果たし、不老不死を手に入れ、あらゆる魂を刈り取る力を与えられた。
勇者の聖剣を除いて、不死身の魔王を倒すことが出来る存在。
物語の中でも重要人物であり、特殊な役回りをしていたのが印象的だった。
その人が今――
「はははっ、まさかまさかーだね」
私の目の前で笑っている。
七百年も昔の人が生きているなんて、普通なら信じられない。
だけど、物語に登場した彼なら、生きているかもしれないと思っていた。
不老不死をもつ彼なら、今でも世界のどこかにいて、自分たちが救った世界を見守っていると。
私は嬉しくて、心がはしゃぎだしていた。
「あ、あの!」
「何かな?」
「もしよければ、冒険のお話を聞かせていただけませんか?」
自分の目がキラキラしていることがわかる。
彼は私の目を見て、ニコリと微笑む。
「良いとも。ファンの要望には答えるのが僕の主義だからね」
「あ、ありがとうございます!」
「うん。その前に一つ、僕に敬語は必要ないよ。君はまだ子供だろう? もっと子供らしく振舞っておくれ」
彼の言葉は優しくて、自然と心が絆される。
それから私は、彼からたくさんの話を聞いた。
ブレイブ物語を描いたのは、当時の王女様だったらしい。
彼らの活躍を後の世に残したくて、頑張って書いてくれたそうだ。
「でもね~ 途中で政治の道具にされそうになったんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。だから僕が回収したんだ。そんなことを姫様は望んでいないし、僕も嫌だったからね」
全ての絵本を回収したつもりで、見落としがあったようだ。
その見落としのお陰で、私はブレイブ物語に出会うことが出来た。
彼はうっかりだと言っていたけど、私には嬉しい奇跡に思える。
話の途中で、私はふと気づく。
「さっきの大きな狼はどこにいるんですか?」
「ウルならいるよ。ここにね」
そう言って、彼は自分の胸を指す。
「ウルは冥界から連れてきた特別な狼なんだよ。普段は魂だけになって、僕の魂と混ざり合っているんだ」
私が首を傾げると、彼は優しい口調で教えてくれた。
正直難しくて理解はできなかった。
ただ何となく、彼が凄いということだけがわかった。
それ以降もいろんな話を聞いて、気づけば二時間が経過していた。
「おや? もうこんな時間だね」
時計を見てようやく気付く。
食事はとっくに終わっていたのに、長く居座ってしまっていた。
いいかげん退かないと、使用人たちが片付けられない。
でも、せっかく話の途中だし、離れたくないという気持ちもある。
そんな私の心を、彼は軽く見透かして言う。
「続きは明日にしよう」
「はい!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日の朝。
いつもより早起きして、ユーレアスの元を尋ねた。
昨日は続きが聞きたくて、そわそわしてぐっすり眠れなかった。
それでも疲れは感じない。
すぐにでも話が聞きたくて仕方がない。
でも、残念ながらそれは難しい。
私は聖女だから……
「聖女? 君は聖女だったのかい?」
「はい」
私が答えると、あいさつするようにフィーが姿を現す。
彼はフィーを見て尋ねてくる。
「その子は光の精霊かな?」
「はい。名前はフィーです」
フィーは高らかに鳴く。
「う~ん、あっそうだった。この国では君みたいな人を聖女って呼ぶんだね」
「昔は違ったんですか?」
「まぁそうだね。その辺りの話もしてあげよう」
「本当ですか?」
「うん。昼間は教会にいるんだったね?」
私はこくりと頷く。
聖女である私は、日中を教会で過ごすことになっている。
そこで悩める人々を導き、病める人を癒す。
「じゃあ昼間は街をブラブラしているよ。また夕方に」
「はい!」
ユーレアスと別れて、私は教会へ向かった。
あぁ、楽しみだ。
彼との話が今から待ち遠しい。
こんな気持ちで教会に入るのは、初めてだと思う。
今日もたくさんの人々が教会を訪れた。
悲しい話ばかりを聞いて、慰めて、癒してを繰り返す。
最後には笑顔で帰っていくけど、やっぱり疲れる。
それでも、終われば彼と話が出来ると思って、最後まで聖女らしく振舞った。
「先ほどのご婦人で最後です」
「わかりました」
お付きの騎士が後片付けを始める。
普段なら片づけが終わるまで待って、騎士たちと一緒に城へ戻る。
今日は少しでも早く帰りたくて、私は一人で戻ろうと思っていた。
すると、教会の扉が開く。
「やぁ、ユイノア」
「ユーレアス様!」
姿を見せたのは彼だった。
「どうしてここに?」
「いや何、街を歩いていたら偶然見つけてね。少しばかり観察していたんだよ」
「そ、そうだったんですね」
見られていたなんて気づかなかった。
急に恥ずかしくなって、私の頬が熱くなる。
「みんな笑顔だった。頑張っているね」
「ありがとうございます」
褒められてドキッとする。
この胸の高鳴りに、名前はあるのか知りたい。
ブクマ、評価はモチベーション維持につながります。
少しでも面白いと思ったら、現時点でも良いので評価を頂けると嬉しいです。
☆☆☆☆☆⇒★★★★★
よろしくお願いします。