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5.幼き日の憧れ

 倒れた男たちの身体が、青い炎に包まれていく。

 炎の勢いは徐々に強くなって、身体はクズすら残さず消滅する。


「うん、これで良し」


 彼は清々しい表情を見せ、私たちのほうへ歩み寄る。


「怪我はーしてないかな」

「あ、ああ、私は大丈夫だ。それよりユイノアを!」

「ん? あーそっちの子は魔法で麻痺させられているのかな?」


 身体がしびれたままの私は、地面に倒れ込んでいた。

 彼は私に歩み寄りながら、腰のポーチに手を入れる。


「えーっと、確かこの辺に~」


 ごそごそと何かを探している。

 目の前に到着した頃、その何かを発見した様子。


「あった! さぁ、これを飲んで」


 彼が取り出したのは、透き通った緑色の液体が入った小瓶だった。

 色からしてただの水ではなさそう。

 うつ伏せになっていた私を、彼はそっと抱きかかえて仰向けにする。


「大丈夫。魔法の効果を解除するポーションだよ」


 彼は私の口にポーションを流し込んだ。

 口の中に広がる苦みに、私は思わず顔をしかめる。


「ごめんね? 苦かったかな」

「だ、大丈夫です! あっ、しゃべれる?」

「うん。効果は保証するよ」


 身体が動く。

 さっきまでの痺れはなくなり、起き上がれるようになった。

 私はゆっくりと両脚で立つ。


「ユイノア!」

「お父様!」


 お父様が勢いよく私を抱きしめた。

 私もお父様も、もう駄目かと思っていた。

 生きていることに驚きと嬉しさを感じながら、互いの熱を確かめ合う。


「良かった。本当に良かった」

「私も……お父様ぁ」


 お父様の涙が私の頬を流れて、私の涙はお父様の服を濡らす。

 涙を流したのはいつぶりだろう。

 お父様が私に涙を見せたのは、この時が初めてかもしれない。

 それくらい嬉しくて、ホッとしていた。


「うんうん。素晴らしい親子の絆だ」


 そんな私たちを眺めて、ニコニコと微笑んでいる。

 抱き寄せた私から離れて、お父様が彼に言う。


「旅の人、本当にありがとう。貴方のお陰で命を救われた」

「いえいえ、これも単なる偶然。僕が通りかからなければ、普通に殺されていましたから」


 さらっと怖いことを言う。

 表情がにこやかで変わらないのも怖い。

 でも、その笑顔を見ているだけで安心する。

 不思議な感覚に戸惑いながら、私は彼を見つめていた。


「もしよければお礼をさせていただけないだろうか? この先に私たちの国がある」

「ん? それってエストワール王国のことかな? あーさっき言ってた国王様って、つまりそういうことか」

「いかにも。私はエストワール国王リチャードだ。こっちは娘のユイノア」


 お父様が私を紹介して、私はこくりと頷く。


「そうか~ これは無礼な振る舞いをしてしまった。知らなかったとは言え、数々の無礼を謝罪します」

「止めてください。貴方は命の恩人だ。不遜などとは思っていません。どうか先ほどと同く気楽に接してください」

「王様がそうおっしゃるのであれば、その通りにしましょう。では、そちらも敬語は止めてもらえるかな? 王様に敬われるなんてむず痒い」

「そう言ってくれると助かる」


 さっそく打ち解けたように見える。

 つい先ほど会ったばかりでも、まるで知人のようだ。

 お父様が続けて言う。


「して、先ほどの話はどうか?」

「お礼とかの話かな? 僕は別に、そんなものがほしかったわけじゃないからな~ でもまぁ、ちょうどエストワール王国に行く途中だったし」

「ならぜひ来てくれ! 可能な限り最大限のもてなしをしよう」

「はははっ! それは楽しみだね」


 楽しそうに笑う。

 ふと、彼は馬車の周囲へ目を向けた。

 視線の先にあるのは、倒れている騎士たち。

 ピクリとも動かない。

 もうすでに……


「ごめんね。もう少し早く来ていれば救えたのに」


 彼の顔からは笑顔が消えていた。

 悲しそうに呟いて、彼らに右手をかざす。


「勇敢な魂たちよ。次の目覚めまで、冥界でやすんでいてくれ」

 

 私には、彼が何をしているのかわからない。

 しばらくじっと彼らに手をかざしていた。


「さて、じゃあ行こうか」

「あ、あの!」

「ん? 何かな?」

「その……貴方のお名前は?」

「ああ、名乗っていなかったね? 僕はユーレアス、世界中を巡る旅人だよ」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「おぉ~ すごいご馳走だね」

「遠慮なく食べてくれ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 ユーレアスは豪快に料理を頬張る。

 私はそんな彼を見つめながら、好きだった物語を思い出していた。


「ユーレアス殿、この後はどうするつもりで?」

「う~ん、長旅だったし少しゆっくりしたいかな」

「であれば城に泊っていくと良い。部屋は用意しよう」

「いいのかい? 助かるな~」

「もちろんだとも。命を救われた礼としては、まったく足りないがな」


 話の途中で、一人の兵士がやってくる。

 兵士はお父様の耳元で何かを言い、お父様は頷く。


「すまない、急用が出来てしまった。ユーレアス殿とユイノアは食事を続けてくれ」

「はい」

「うん。全部食べちゃってもいいのかい?」

「ははっ、構わんよ」

 

 お父様は部屋を出て行った。

 二人きりになった私とユーレアス。

 彼は構わず食事を続ける。


 ずっと気になっていたことがある。

 彼の名前と、野盗が最後に言い残した一言。

 大好きだった物語が、一つの出来事のように重なる。

 誰もいなくなった今、尋ねるチャンスだと思った。


「ユーレアス様」

「ん? 何かな?」

「あの……死神というのは、もしかしてブレイブ物語の……」


 そう言うと、ユーレアスはピクリと反応した。

 食事の手を止め、ポリポリと頬をかく。


「ブレイブ物語……懐かしい名前だ。まさか七百年以上経っても残っていたのか」

「じゃ、じゃあやっぱり!」

「うん、よく気付いたね。その物語には僕もいるよ」


 彼がそう答えて、私の身体は震えた。

 胸の奥底から何かが飛び出しそうなほど衝撃を受けた。

 あの頃の思い出が、憧れが、再び熱を持った瞬間だ。

 

ブクマ、評価はモチベーション維持につながります。

少しでも面白いと思ったら、現時点でも良いので評価を頂けると嬉しいです。


☆☆☆☆☆⇒★★★★★


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