49.天を舞う教会で
彼が生きた時間は、僕よりも長い。
終わらない時間の中、彼は誰よりも孤独だった。
そんな彼が最後に呟いた言葉には、幾年の想いが込められていただろう。
「さようなら、罪深き魂よ」
いつか僕も、そこへたどり着くかもしれない。
でも、当分は先になるだろう。
なぜなら僕には、彼女がいるから。
「終わったね」
「うん。終わったよ、ノア」
そして、アイラ……
約束を守ってくれて、本当にありがとう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ユーレアス」
「はい」
「私が怒ってる理由の説明はいらないよね?」
「……はい」
戦いを終えた僕たちは、ソラニンの宿屋に戻ってきていた。
馬車もほったらかしだったし、テトラたちも心配していた様子だ。
それにとことん戦って疲れている。
ゆっくり休みたいところだけど、残念ながら彼女が許してくれそうにない。
「やれやれ」
「ユーレアス反省してる?」
「しているとも。もう二度としないさ」
「信用できない」
「えぇ……じゃあどうすれば信用してもらえるのかな?」
ノアが徐に手を差し伸べる。
握れという意味だろう。
僕は彼女の手を握り、正座から立ち上がる。
「冥王様」
「いいよ~」
現れたフクロウが舞い降り、冥界の門を開く。
開かれた門から飛び出した鎖が、僕らを……いいや、魂を掴み取った。
「これは一体? どういうことかな?」
「互いの魂をつなげる鎖だよ。これで繋がれた魂は一心同体。片方が生きている限り死なないし、死んだら一緒に死ぬから」
「なっ……何でそんなことを!?」
「ノアからのお願いよ。貴方と協力してシリスを倒す代わりに、彼女のお願いを叶えてあげたの」
そんな契約をしていたのか。
僕はノアに視線を送る。
彼女はこくりと頷き、続けて言う。
「これでずっと一緒にいられるでしょ?」
「い、いやいや駄目だろ? 永遠を生きるなんて辛いだけだ。そもそも僕の魂と繋げたりしたら、君の美しい魂まで穢れ――」
不意打ちだ。
彼女の唇が、僕の開いた口を閉じさせる。
「大丈夫。私はユーレアスなら……汚されてもいいよ」
「ノア……」
「今ならわかるんだ。ユーレアスの想いが……怖いって言ったでしょ?」
「うん。怖かったよ」
生きる時間の違いが……いずれ僕を一人にする。
それが怖くて、一歩が踏み出せなかった。
彼女はそんな僕の弱さに気づいて、隔たれた壁を平然と跳び越えてきた。
「私はユーレアスが好き、大好き。貴方のためなら何だって出来る。それくらい大好き。ねぇ、ユーレアスは?」
「僕は……好きだよ」
「魂が綺麗だから?」
「それもあるけど、今はそれだけじゃない。ちゃんと君が、ノアが大好きだ。望んでいいのなら、永遠を共にしたいくらい」
ノアの瞳がうるんだように見える。
泣き出しそうな顔をして、彼女は僕の手を強く握る。
「良いよ。私はずっと一緒にいるから、どこにも行ったりしないから」
「……本当かい?」
「当たり前だよ。旅立ってまだ途中なんだよ?」
「それが終わったら?」
「終わったら、また別の楽しいことを考えよう。一人じゃない、二人なら何だって出来るはずだから」
ああ、そうだね。
僕はもう、それを知っている。
教えてもらったから、知っているよ。
「ありがとう、ノア」
僕の瞳からは涙が溢れ出ていた。
涙を流したのはあの日以来か。
いいや、あの日の涙は悲しみが理由だったけど、今回は違う。
これはそう、喜びの涙だ。
嬉しくても涙って出るんだね。
初めて知ったよ。
「丸く収まったわね」
「ありがとうございました。冥王様」
「お礼はこっちのセリフよ。じゃあ私は先に戻るから、あとは二人でごゆっくり」
意味ありげな去り方をしていくイル。
彼女にもお礼は言っておいたほうがいいだろうか。
いや、何となく嫌だな。
「ノア?」
「魂は繋がった……けど」
ノアが僕の身体を強く抱きしめる。
顔を赤らめながら、瞳を見つめて言う。
「今はもっと、全部繋がりたい」
「――ああ、僕もだよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日の早朝。
僕たちは荷造りをして、ソラニンの街をたった。
お世話になったテトラと宿屋にあいさつをして、またいつか会いにくると約束もした。
本当はゆっくり休んでも良かったのだけどね。
「間に合うかな?」
「さぁどうだろうね。私たちの運次第かな」
「それは困ったな。僕らの運は壊滅的だぞ」
「ははっ、そうでもないよ。こうして一緒にいられてるんだから」
ノアが僕の肩によりかかる。
彼女が隣にいるだけで、心が落ち着くようだ。
この先もずっと、二人で旅を続けてく。
そんな僕らが今向かっているのは――
「空に浮かぶ大地」
「ベネディクトゥス」
そこには、世界最古の教会がある。
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