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42.甘い想いを込めて

 私が初めて料理をしたのは、旅をし始めて一年くらい経った頃だと思う。

 ユーレアスは料理が得意だったから、普段は彼に任せていた。

 いつしか彼に任せっきりになっていて、それが恥ずかしくて今日は自分が作ると言ったんだっけ。

 見よう見まね、本でみた知識もあったし、出来ると思っていた。

 だけど、私の料理を食べたユーレアスは……


「……うん、やっぱり料理は僕がするよ」


 と微笑みながら言った。

 自分で食べてみてハッキリしたけど、私の料理は驚くほど不味かった。

 それ以来、何度か挑戦しているものの、まったく上達していない。

 

「その……恥ずかしいけど、一人じゃ絶対失敗するから」

「それなら任せてください! 私がみっちりサポートしてあげます!」

「本当?」

「はい! 魔道車で助けてもらったお礼もまだですし」


 テトラちゃん……なんていい子なんだろう。

 たぶん私より年下なのに、料理も出来てしっかり者だ。

 この子は絶対に将来良いお嫁さんになると思った。


「何の話をしているんだい?」

「うわっ! ユーレアス戻ってたの?」

「うん、今もどったところだよ。そんなに驚かれるとは思わなかったな」

「ごめん。ちょっとテトラちゃんと話してたから」

「ふぅ~ん、結局何の話を?」


 そう言ったユーレアスに、テトラがバサッと手をかざす。

 困惑するユーレアス。

 テトラはニコリと微笑んで言う。


「男子禁制のお話なので聞いちゃダメです」

「え、あ……はい」


 すごい。

 普段なら負けずにぐいぐいくるユーレアスが引き下がった。

 本当に将来有望だな。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日の朝。

 私はテトラの所に料理の勉強をしに行く。

 ユーレアスが途中までついてきたけど……


「ダメです! ここから先は女の子しか入れませんから!」

「そ、そうなのかい? じゃあ僕は何をしていれば……」

「適当に寛いでいてください。あとお母さんが雪かきの人手が足りないと言っていました」


 つまり手伝ってこいという意味か。

 テトラの圧に気圧されて、ユーレアスもたじたじだ。

 彼が意外と気の強い女性に弱いのか。


「行きましょう! ノアさん」

「うん。よろしくお願いします」


 彼女のお母さんにお願いして、店の厨房を借りられることに。

 お店の開店は夕方で、仕込みは昼から始まるらしい。

 それまでの時間は自由に使ってもいいとのこと。

 親子そろって本当にありがたいと思いながら、私は目の前の材料に目を向ける。


「えっと、何を作ればいいのかな?」

「そうですね。難しいものは避けたいので……クッキーとかにしましょうか! チョコレートもありますから」

「クッキーだね。焼くまでたどり着ければ……うん、いけると思う」


 一時間後――


「……ノアさん」

「はい」

「本当に苦手なんですね」

「ご、ごめんなさい」


 目の前にあるのはクッキー……になる予定だった黒い塊。

 焦げたのもあるけど、形から崩れてしまっている。

 シンプルで簡単だと思ったらそんなことはない。

 すっごく難しい。


「ここからです! 一から教えますから!」

「お、お願いします」


 その日から、テトラによる猛特訓が開始された。

 正直これなら魔物と戦うほうがいくらか楽だと思える。

 何度やっても上手くいかなくて、焦がして、こぼして、ぬらして……

 厨房を汚してしまう申し訳なさは、翌日には考える余裕もなくなっていた。


 バレンタイン前日の夜。

 私にとっては運命の日の翌日。

 何とか頑張ったけど、チャンスは一度だけ。

 緊張の所為か眠れない。

 そんな私に、ユーレアスが言う。


「ノア」

「な、何?」

「何をしているか知らないけど、無理しない程度に頑張ってね」

「……うん」


 頑張るよ。

 なんたって、ユーレアスに渡すためだから。

 

 そして翌日。

 厨房に行くと、テトラが準備をして待っていた。

 今日までお世話になりっぱなしだ。

 でも、全ては今日のため。

 教わった通りの手順で作る。

 丁寧に、気を抜かず、慎重に手を動かす。


「大事なのは気持ちを込めることですよ!」

「うん」


 精一杯の気持ちを込める。

 好意も、感謝も、全部詰め込めるだけ。

 そうしてようやく――


「できた!」

「これなら良いですね! 合格です」


 後は渡すだけだ。

 緊張しながら、私はユーレアスを呼び出した。

 テトラが陰で見守っている。


「ユーレアス、これ……貰ってくれるかな?」

「これは?」

「クッキーだよ。一応、私が作ったの」

「ノアが? そうか、テトラちゃんとこの練習をしていたんだね」


 私はこくりと頷く。


「この国ではね? 今日、好きな人に甘いお菓子をプレゼントするんだって。だから、その……ユーレアスにあげる」

「……うん、凄く嬉しいよ。ありがとう」


 ユーレアスは優しく微笑んでくれた。

 いつも見せてくれる笑顔だ。

 安心するし、今はとにかく恥ずかしい。


「食べても良い?」

「うん」


 運命の瞬間だ。

 味見はしてあるから、問題ないとわかっている。

 それでも緊張してしまう。


「ど、どうかな?」

「美味しいよ」


 一番聞きたかった言葉だ。

 私は嬉しくて、瞳がうるんでいる。

 それから後で思い出したけど、ユーレアスは甘いものが苦手だったはず。

 苦手なのに、何も言わずに貰ってくれて、美味しいと言ってくれた。

 想いがどれほど伝わったのかわからない。

 だけど、少なくとも私は、その事実だけでお腹がいっぱいになった。

ブクマ、評価はモチベーション維持につながります。

少しでも面白いと思ったら、現時点でも良いので評価を頂けると嬉しいです。


☆☆☆☆☆⇒★★★★★


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