38.今は嫌いじゃない
私のごり押しが効いたのか、ユーレアスは休むことを認めてくれた。
ギルド会館で報酬を受け取ってから、二人で街を歩く。
「それで休むってどうするの? 宿屋に戻って昼寝でもするかい?」
「良いかもね。でもたぶん、私だけ眠ってユーレアスは起きてるでしょ?」
「おや、バレていたか」
「わかるよ。いつもそうだから」
休むと言っても、寝るのはなしだ。
彼が素直に眠るとは思えない。
「じゃあどうする?」
「そうだね。適当に街を散歩でもしようかな」
「え、散歩でいいのかい?」
「うん。ここへは何度も来てるけど、いっつも依頼を受けてばかりだったでしょ? よく考えたら、あんまり街を見て回る機会もなかったなぁーって」
「ふむぅ、言われてみればそうかな」
特に予定もなく、街をブラブラ歩く。
絶景とか依頼とか、急かされて歩くんじゃなくて、偶にはそういうのも良いと思う。
のんびりと、ゆったりと進む時間を味わいながら、二人で過ごすのも。
「よーし! じゃあさっそくブラブラしようか」
「うん」
それから私たちは、適当に街を歩いて回った。
口に出していった通り目的もなく、ただ何となくで色々な場所に行く。
目に入った物に興味があれば立ち止まり、面白そうな店にも顔を出す。
何だかデートしているみたいだと、私は密かに思っていた。
「あっ、本屋さんなんてあったんだ」
「入ってみるかい?」
「いいの?」
「もちろんさ」
私たちは本屋へ立ち寄った。
こういう場所へ来るのは、グレア大図書館以来になる。
時間も経っているし、新しい本が増えている。
私のお目当ては、もちろん冒険記や架空の物語だ。
「そういえば、本作りのほうは順調かい?」
「うーん、それなりかな」
これまでに旅をした街、絶景を題材にして、私は自分たちの冒険記を書いている。
日記なら書いたこともあるけど、物語風にするのは初めてで、中々難しい。
文法とか情景描写とか、読み手に伝わるように書くのは大変だ。
「本って凄いよね。全部文字しか書いていないのに、目を瞑れば情景が思い浮かぶんだから」
「そうだね。きっとそれは、書き手の想いが文字に詰まっているからだと思うよ」
「書き手の想い……か」
「うん。だからノアも大丈夫。ちゃんと想いのこもった言葉なら、伝えられるはずだからね」
ユーレアスは優しい言葉をニコリと微笑んでかけてくれた。
こういう彼の優しさも、ちゃんと伝えられるだろうか。
本屋さんで時間を潰した後は、近くにあった喫茶店に入った。
「ごめんね、ユーレアス。ずっと私の勉強に付き合わせて」
「別に構わないさ。君がやりたいことを見ているのは、僕としても望むところだからね」
「そう言ってくれると嬉しい」
ゆったりと流れる時間。
紅茶を飲みながら、道行く人々を観察する。
「ユーレアスはちゃんと楽しい?」
「うん。心配しなくても、休みを満喫しているよ」
そう言って彼は微笑む。
紅茶の入ったカップを手に取り、水面に映った自分を見つめる。
「実をいうとね。僕はあまり、のんびり過ごすことが好きじゃなかったんだよ」
「そうなの?」
「うん」
彼は唐突に語り出した。
私は頷きつつ、彼の言葉に耳を傾ける。
「まぁ働くのも好きじゃないけどね。何もせずにダラダラ過ごすのも嫌なんだ」
矛盾していると思った。
依頼を受ける時も、楽が出来るものを選んでいた彼だ。
のんびり過ごす方が好きなのだと、私は思い込んでいた。
「だってさ。のんびりしても退屈だろ? 何せずっと一人で旅をしてきたからね。何もしなければ何も起こらない。退屈な時間が、僕には耐えられなかったんだよ。でも……」
彼は私を見つめて言う。
「今はノアがいるから、楽しいかな」
「ぇ……本当?」
「うん。退屈だと思える時間も、二人なら楽しめるんだね。君と一緒に旅をするようになってからは、こういう時間も楽しいと思えるようになったよ」
彼は紅茶を飲み干す。
私は、彼の言葉が嬉しくて、頬が緩んでいた。
そんな風に思ってくれていたなんて知らなかったから。
今日までの旅の思い出が、一気に湧き上がってくる。
ユーレアスは紅茶のカップを置き、改まって私に言う。
「だからね? いつもありがとう、ノア」
「ううん、ありがとうは私のほうだよ。ユーレアスが一緒だから、私も毎日が楽しい」
「そうかい? なら僕らは、きっと相性が良いんだろうね」
「うん。それは間違いないと思うな」
思いがけない言葉をもらって、私の心はぎゅっと満たされた。
しばらく緩んだ表情が戻りそうにない。
こうして、私たちの休日が終わる。
彼の心が休まったのかはわからないけど、私は当分頑張っていけそうだ。
「今日のこと……本に書かなきゃ」
その日の夜は、いつもよりペンが動いた。
お陰で翌日は寝不足だった。
休めといった本人が寝不足なんて笑えてしまう。
さすがのユーレアスも、これには呆れていた。
「休みが必要なのは、僕じゃなかったようだね」
「ユーレアスの所為だよ」
「え、何で?」
鈍感なのは相変わらずみたいだ。
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