37.世知辛い
墓地での戦いから一夜明け。
変わらぬ日常がスタートする。
と、思ってはいるけど、さすがに昨日の今日だから、ユーレアスも疲れているだろう。
「さて、ギルド会館へ行こうじゃないか」
「え、もう行くの?」
「もちろんさ。まだ昨日の報酬をもらっていないからね」
心配していた私だけど、ユーレアスは普段通り。
昨日の出来事などなかったかのように元気で、穏やかに笑っている。
彼にとって昨日の出来事は、日常の一コマでしかなかったのだろうか。
「ん? どうかしたかい?」
「……何でもない。準備するから待っていて」
「うん。じゃあ外で待っているよ」
私は着替えをしたり、荷物の整理をしながら思い出していた。
昨日のユーレアスの表情は、どれも初めて見せるものばかりで、珍しく切羽詰まっている感じがした。
日常の一コマなんかじゃないと思う。
少なくとも私にとってはそうだし、彼にとっても大事なことだったんだと思う。
表情や言葉には見せないだけで、きっと疲れているはずだ。
「よし。今日はお休みだ」
そう提案しよう。
普段なら次の場所へ出発するところだけど、一日くらいのんびり過ごしても良いじゃないか。
ユーレアスにもそういう時間が必要だと思う。
そんなことを考えながら服を着替えて、鏡で身なりを整えた。
「お待たせ」
彼と合流して、一緒にギルド会館へ向かう。
夜遅くで出来なかった依頼の達成報告を、今からしにいく。
ギルド会館に到着すると、受付嬢のミサがいた。
私たちを見るなり、目を見開いて声をかけてくる。
「あっ! 二人ともやっと来たわね!」
「おはよう、ミサさん」
「おはようじゃないわ! 報告が来たわよ。墓地が真っ二つって……どういうことなのか説明して!」
「何と、もう報告がいっているのかい」
今さら思い出したけど、そういえばドラゴンの出現で地面が大きく裂けたんだっけ。
その辺りの説明はユーレアスからしてくれた。
冥界のこととか、伝えられない部分は上手に躱しつつだけど、おおむね嘘はついていない。
「というわけで、やったのは僕らじゃないからね」
「……はぁ、本当に呆れちゃうわ」
「おや? 信じてもらえなかったかな?」
「そうじゃなくて逆よ。昨日の夜頃、飛んでいく大きなドラゴンを見たっていう報告があったの。それをピッタリ一致しているから信じるしかないわ」
ミサはやれやれと頭を抱えている。
ドラゴンなんて早々出会える相手じゃない。
詳しく聞くと、ギルド内でも噂になっているらしい。
その話の途中に、ユーレアスは彼女に尋ねる。
「ミサさん、そのドラゴンが飛んで行った方角はわかるかな?」
「えっ? 確か西の方って聞いているけど、あまり信憑性の高い情報ではないわよ」
「西……なるほど。それだけわかれば十分な収穫だ」
ユーレアスがぼそりつ呟いた。
僅かだけど、彼の表情が強張ったように見える。
「追うつもりなの?」
「まさか。方角が分かった所でもう追えないよ」
「そうだよね」
それを聞いて、どこかホッとしている自分がいる。
昨日の戦いの激しさは、感服と同時に怖くもあったから。
「さてさて! 説明は以上だから、そろそろ報酬をもらえないかな?」
「そうね。まぁ依頼内容は達成しているし」
ユーレアスは報酬を受け取り確認する。
どうやら思ったより少なかったみたいで、ミサに抗議を始めた。
すると、ミサは呆れながら言い返す。
「墓地を壊した分は引いてあるわ」
「なっ! あれは僕じゃないと説明したはずだよ?」
「貴方が直接じゃなくても、貴方とそのドラゴンの戦いで出来たものでしょ?」
「ぐぬっ……それは確かにそうだね」
墓地の修繕にもお金がかかる。
報酬が貰えただけ良しとするべきか。
この世界は世知辛い。
王城にいた頃は感じられなかったことが、旅を通して色々とわかる。
「仕方ないな。では、他の依頼を受けようじゃないか」
「え、ちょっと待って」
「ん?」
「今日はお休みにしよう。昨日の疲れもあるでしょ?」
「僕は別に平気さ。あの程度の戦いなんて、七百年前に比べれば小さなものだからね」
ユーレアスがそう言うと説得力が違う。
だけど、疲れていないとは思えない。
そうでなくとも日頃から休みを取りたがらないし。
野宿の時は私の代わりにずっと起きていて、馬車の運転も彼がしている。
依頼を受けるときだって、基本は彼一人で終わらせようとする。
「駄目だよ。偶には自分を労わらないと」
「う~ん、僕は大丈夫なんだけどなぁ。それにほら、報酬も少なかったし」
「それは明日にしようよ」
「何だか今日のノアはぐいぐい来るね。そんなに僕を休ませて、何か企んでいるのかな?」
「違うよ。私はただ……ユーレアスに休んでほしいだけ」
純粋にそう思っているだけ。
言葉と表情にその意味を込めてみる。
伝わってくれるだろうか。
ドキドキしながら彼の瞳を見つめ続ける。
「はっはっはっ! やれやれ、そんな目をされては断れないな」
「じゃあ」
「うん。仕方がないから、今日は休むよしよう」
ブクマ、評価はモチベーション維持につながります。
少しでも面白いと思ったら、現時点でも良いので評価を頂けると嬉しいです。
☆☆☆☆☆⇒★★★★★
よろしくお願いします。