34.デッドリードラゴン
墓地を呑み込み夜空を汚す。
朽ちかけの両翼で羽ばたき、死臭を周囲へまき散らす。
空飛ぶ公害にして汚染物。
人はそれを恐れ、忌み嫌い、記憶からも遠ざけた。
しかし、目の前にしてしまえば認めざるを得ない。
その姿を見てしまえば、それが一体何の屍であるのかを。
「ドラゴンの……アンデッド?」
「デッドリードラゴン」
ユーレアスがぼそりと口にした。
聞いたことのない名前だけど、ドラゴンではあるみたいだ。
それより今、私たちは空中にいる。
下は割れた地面で、目の前には巨大なドラゴンだ。
「大丈夫」
ユーレアスが青い炎を生み出す。
それが形を変化させ、巨大な鳥へと変身した。
私たちは青い鳥の背に乗り、巨大なドラゴンと向き合う。
「どうだぁ? すっげーだろ?」
シリスは高々と叫ぶようにそう言った。
確かに凄い迫力だ。
それと……やっぱり臭い。
言いたくないけど、あのドラゴンの上に乗っていて、鼻がおかしくならないのかな。
「デッドリードラゴン……かつてドラゴンだったものの成れの果て。しかもこれの基になったのは、グレートドラゴンか?」
「ご明察! 手に入れるのに苦労したんだぜ~ さぁ、さっさとやり合おうぜ?」
シリスは戦う気満々だ。
すでに勝ち誇ったような表情をしている。
ドラゴンが強大な力を持つことは、世界でも共通の事実だ。
彼の乗っているドラゴンがどれほどかわからないけど、その表情から自信が溢れている。
対してユーレアスは、表情を変えずに彼を見つめる。
「いいだろう。でも、その前に彼女を下ろしてもいいかい?」
「ユーレアス?」
「あぁん? 何わざわざ俺に確認してんだ? そんなもん良いわけ……いや、そうだな。いいぜ」
「だと思ったよ。君がやりたいのは、彼女の魂を汚すことだ」
つまり、殺すことじゃない。
ユーレアスはそう言って、炎の鳥をもう一匹生み出し、私を残して飛び移った。
「ごめんね、ノア。出来るだけ離れていてほしい」
「ユーレアス……大丈夫なんだよね?」
「もちろんさ。まさか、僕が負けると思っているのかい?」
ユーレアスは笑っている。
いつも見せる優しい笑顔で、私を見つめる。
「思わない」
「うん。信じてくれてありがとう」
「信じてるよ。だから勝って!」
「仰せのままに」
私を乗せた鳥が離れていく。
彼らの戦いが見えるギリギリで停留して、戦いの始まりを待つ。
「準備はいいかよ」
「見ての通りさ」
「そうかよ。んじゃ――消し飛べ」
ドラゴンが漆黒の火球を放つ。
ユーレアスは鳥を羽ばたかせ回避。
地面の割れ目に衝突した火球は、大爆発を起こし、爆風は私の所まで届く。
「はっは! 爽快だなーおい!」
「あ~もう、めちゃくちゃやってくれるね」
「何だ? 羨ましいのかよ」
「ははっ、残念ながらそれはないよ」
ユーレアスは鳥に乗ったまま向き合う。
シリスは彼の鳥と自分のドラゴンを見比べて、クスリと笑って言う。
「そんな貧相な使い魔しかねーくせして、強がんじゃねーよ」
「おっと、甘く見られたものだね」
「あぁん?」
「僕はこれでも七百年以上生きている。世界を救ったことだってある。そんな僕が――」
青い鳥は煌めくように燃え上がり、広がり、大きくなる。
「ドラゴンの魂くらい、持っていないわけがないじゃないか」
青い炎は形と大きさを変化させ、青いドラゴンを作り出した。
大きさ、迫力共にシリスのドラゴンのそん色がない。
ユーレアスの従僕は、彼がかつて刈り取った魂をストックして生み出されたもの。
その姿形は、元になった魂に寄る。
つまり、彼が生み出した青いドラゴンは、かつて彼が倒した相手。
私が知らないずっと昔に、彼はドラゴンすら刈り取っていたんだ。
「何だよお前、思ったより楽しめそーだな」
「僕は楽しむつもりはないよ。さっきも同じことを言った気がするけど、忘れちゃったのかな? おじいちゃん」
「はっは! だったら労わってんだ!」
ユーレアスのドラゴンが青い炎を、シリスのドラゴンが漆黒の炎を放つ。
二つの炎がぶつかり合い、混ざり合って、周囲が熱で溶けていく。
吹き荒れる風も熱くなる。
「真似してんじゃねーよ!」
「こっちのセリフだね」
炎は相殺し合って、今度は体当たりをし合う。
これでも同時で、同威力。
どちらも後ろへ吹き飛び、空中で体勢を整える。
続けて炎を放つが、これまた同時でぶつかり合い爆発する。
「すごい……」
私の口から漏れたのは、素直な感想だった。
こんな光景を見せられれば、誰だって同じ気持ちになるだろう。
シリスが何者なのかとか。
ユーレアスや冥王様との関係はとか。
そういう頭の中のごちゃごちゃが、衝撃で全部吹き飛んでいってしまった。
気付けば魅入っている。
まるで、物語の中に入り込んだようだ。
「ふんっ!」
「オラァ!」
二人はドラゴンの背から跳びあがり、空中で刃を交わす。
一瞬で斬り合い、互いの身体にかすり傷を残して、自分のドラゴンの背へと戻る。
すかさず尻尾や羽で攻撃するが、どれもタイミングが被って当たらない。
互いに拮抗した実力を見せつけ合う。
ふと、二人の表情に目を向けた。
シリスは楽しそうに笑っている。
ユーレアスは、とても悲しそうな表情をしていた。
ブクマ、評価はモチベーション維持につながります。
少しでも面白いと思ったら、現時点でも良いので評価を頂けると嬉しいです。
☆☆☆☆☆⇒★★★★★
よろしくお願いします。




