3.広がる亀裂
「はぁ……陛下は何を考えておられるのか」
「うむ。亜人種を受け入れると決定された時もだが、先のことを考えているのか?」
「どうであろうな。聞けば此度の魔王軍には、亜人種も加わっているそうだぞ?」
「なんと! それではわが国も危うい。今一度陛下に進言をせねば」
時折、貴族たちの会話が聞こえてきた。
彼らはお父様を快く思っていない。
亜人種のことも、人間に劣る下級種族としか考えていない。
対してお父様の理想は、全ての人が助け合い自由に暮らせる国を作ること。
そこには種族はもちろん、身分の差も関係ない。
限りなく平等な国を、お父様は築こうとしていた。
だから、お父様の理想を貴族たちは快く思っていない。
権力者である彼らにとって、お父様の理想は己の身分を脅かす愚行でしかなかった。
お父様もそのことを知っていたから、大きく政策を進められずにいた。
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ガタガタと揺れる馬車に、私とお父様が乗っている。
ここは王国の外で、隣国の領土内。
「すまないな、ユイノア。私の仕事に付き合わせてしまって」
「ううん。お父様のお手伝いなら、何でもしたいです」
「そうか。そう言ってくれると嬉しい」
私たちを乗せた馬車は、隣国の王城を目指している。
新たに得た情報によると、魔王軍は徐々に勢力を拡大し、近い国々から侵略を始めているそうだ。
軍事強化には懐疑的だったお父様も、さすがに何もしないわけにはいかない。
貴族たちとも話し合った結果、昨今の事情を踏まえ、隣国との連携を密にしていく方針を固めていた。
それを実行するために、私たちは隣国の王様と謁見する。
「お父様。シャハル国王陛下は、私たちの話を聞いてくれるでしょうか?」
「心配いらないよ。以前から交流のある国だからね」
そうお父様が言っていて、私も安心していた。
だけど……
「申し訳ないが、貴国の提案には賛同しかねる」
「なっ、なぜです?」
「……こんなこと言いたくないのだが、貴国は亜人種の移民を多く受け入れているだろう? そのことを快く思わない者が、わが国には多いのだ」
「そ、そんな……」
予想外の返答に、お父様は困惑していた。
シャハル国王陛下とお父様は、十年来の付き合いらしい。
隣国の王子だった者同士、自然と馬が合ったという話も聞いた。
だけど、互いに国王になってからは交流も減っていたそうだ。
「魔王の話はそちらにも届いているのだろう? ならば、その軍勢に亜人種が加わっていることも知っているのではないか?」
「そ、それは……」
「これ以上は言わなくてもわかるだろう。私としても心苦しいが」
「……わかった。時間を取らせて申し訳ない」
お父様が引き下がり、シャハル国王陛下との話は終わった。
互いにやるせない気持ちがあるのは、端から見ていた私にもわかる。
もしも王子の頃だったら、もっと気持ちを言葉に込めることが出来たのだろうか。
大人を知らない私には、二人の気持ちがわからない。
「……」
「……」
帰り道。
無言のまま馬車は走る。
お父様は悲しそうな表情で外を見つめていた。
私は何か話したいと思いながら、何を言えば良いのかわからず、黙って下を向いている。
こんな時、お母様なら何と声をかけるのだろうか。
そんなことを考えている時だった。
ガタン!
「な、なんだ!?」
馬車が大きく揺れた。
急停車して、お父様が御者に声をかける。
「何があった!」
「陛下! 賊が――っ」
血を吹き出し倒れ込む御者。
護衛の騎士たちが馬車を囲い、私たちを守ろうとしている。
窓の外を見ると、武器を持った野蛮な男たちが、私たちの馬車を取り囲んでいた。
「エストワール王国のリチャード国王。隣は聖女のユイノア姫か」
「貴様たちは何者だ?」
男たちは答えない。
とは言え、見ての通りだから予想はつく。
「目的は何だ?」
「教えたら俺たちに良いことがあるのか?」
「……話す気はないか」
「当然だろ? まぁでも、これから殺す相手だからな。話してやってもいいが……そっちの女は生かして捕らえろって言われてるし、色々面倒だ」
男の口ぶりから、誰かに雇われていることがわかる。
誰かはわからないけど、お父様を殺し、私を捕まえたいらしい。
「陛下お下がりください!」
「待て! この人数ではお前たちでも」
「ご安心を。我々で隙を作ります。その間にお逃げくだされば――」
会話の途中で矢が飛んでくる。
騎士の一人が身を挺して庇い、お父様は無事だった。
「くっ……」
「そんな暇与えると思ったか? 状況を見ろよ」
同行した騎士は五人。
野盗の数は、ぱっと見渡しただけでも二十人はいる。
圧倒的な人数差を前に、騎士たちは奮闘虚しく倒れていく。
そして、残された私とお父様。
「さぁ、とっとと殺して終わらせるか」
「させません!」
「あぁ?」
「待てユイノア!」
お父様を殺させない。
私は光の精霊と契約した聖女。
その力は癒すだけでなく、戦うこともできる。
「私が守ります! お父様は下がって!」
「駄目だユイノア! お前だけでも逃げてくれ」
「うるっせーな~ ちょっと黙ってろよ」
「っ……」
「ユイノア!」
身体がしびれて動かない。
上手く力も入らない。
かすむ視界の先で、魔法陣が展開されているのが見える。
「こっちは殺せないからな~ まっ、でもちょっといたぶっても良いだろ? どうせ必要なのはお前じゃないしな」
「……」
「睨んでも無駄だぜ。そんじゃ先に、こっちを殺しとくか」
そう言って、男はお父様に剣を向ける。
私は必死に身体を動かそうとした。
口も上手く動かなくて、フィーを呼ぶことすら難しい。
このままじゃお父様が殺される。
自分では何もできないから、祈ることしか出来ない。
誰か――助けて。
その祈りは天に――否、死神に届いていた。
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