25.廃都の光送り
エレナの冒険記に記されていた情報は、地図と手帳にメモしてある。
その情報によると、トンネルを抜ける中間地点には、特別頑丈に造られたスペースがあるらしい。
徒歩でトンネルを潜る場合、次に日の光を浴びるのは半日後だ。
中間地点のスペースは、歩き疲れた人たちの休憩所として使われていたのだろう。
到着して、馬車を停める。
ユーレアスの炎とフィーの光が周囲を照らす。
「うん、思ったより広いね」
「朝になるまで一休みだ」
五年も旅をしていると、こういう環境での野宿にも慣れてくる。
馬車の後ろで布団をかぶり、硬い座席にタオルを丸めて枕代わりにする。
これでも結構気持ちよく寝られるようになった。
シャワーがないのが不満だけどね。
「……」
とはいっても、すぐ眠れるわけじゃない。
フカフカの布団のようにはいかないな。
「ユーレアス」
「眠れないのかい?」
「うん」
ちょっと恥ずかしいけど、あれをお願いしよう。
「頭を撫でてほしいな」
「ご所望とあらば」
旅を始めたばかりの頃、眠れない夜は、いつも彼に頭を撫でてもらっていた。
頭を撫でられると安心して、いつの間にか眠ってしまう。
彼の手が、お父様の手の感じと似ている所為かもしれない。
ああ……やっぱり良い感じだ。
この時間が好き。
たまらなく幸せで、とても心地良い。
何気なく瞼をあけ、私を撫でるユーレアスに目を向ける。
彼はニコニコして……というよりニヤニヤしていた。
「何……その顔」
「別に何も。ただ、やっぱりまだまだ子供だな~ってね」
「うぅ~」
その通りだから言い返せない。
普段はもう大人だと言っている自分が、今は子供らしく頭を委ねているんだから。
わかっているけど、この時間が好きで抗えない。
ユーレアスはずるい。
本当にずるい……でも、大好きだから仕方がない。
「おやすみ、ノア」
意識が落ちる直前に、彼は私に微笑みかけた。
翌日。
朝の日差しがない目覚めは、あまり気持ち良くないと実感した。
簡単に朝食だけ済ませたら、早々に出発する。
トンネルは残り半分くらい。
徒歩なら六時間はかかるけど、馬車ならもっと早く着く。
「別に夜までに到着すればいいのだろう?」
「そうだけど、トンネルの中って暗くて狭いし、早く出たいよ」
「それは僕も同感だね。じゃあちょっと急ごうか」
馬車を加速させ、トンネルを進む。
そうして進んでいくと、出口の光が見えてきた。
「ユーレアス」
「うん、出口だね」
話によると、トンネルを出てすぐに廃都が見えるそうだ。
期待に胸を膨らませ、出口の光に入り込む。
そして――
差し込む太陽の光で一瞬閉じた瞼。
ゆっくり開けると、広がっていたのは歴史を感じる街並みだった。
中央に建てられた時計塔が、午前九時を示している。
「ここがユーラスの都……凄いね。五百年も経ってるはずなのに」
「そうだね。とても綺麗に残っている」
何度も異常気象には見舞われているはずだ。
五百年という年月は、生半可な時間じゃない。
それでも都は原型をとどめていた。
どころかシンボルである時計塔は、未だに時間を刻み続けている。
私たちは馬車をゆっくり走らせ、廃都の中を進んでいく。
所々壊れている建物はあれど、ほとんどが比較的綺麗な状態で残っているようだ。
ちょこっと部屋を拝見すれば、当時の生活感がそのまま残っている場所もチラホラ見受けられた。
「どうしたの? さっきから何か考え事?」
「う~ん、何だろう? ここのほうが懐かしい感じがするなぁって」
「来たことはないんだよね」
「うん。ユーラスって名前も初耳だったし」
トレントでも似たような話をしていた。
そういえば、トレントにも少し似ている気がする。
「まぁいいさ。それより場所は、時計塔の天辺でいいね?」
「うん。あと時間は午前零時」
「月も必要なんだっけ?」
「そう書いてあったよ。空は雲も少ないし、たぶん大丈夫かな」
「異常気象がこないことを祈ろう。隠れ家に続けてまた運試しだ」
時間が来るまでの間、街並みを見て回る。
夕日が先に山脈の陰に隠れてから、ビューポイントの時計塔へ入った。
中の階段は痛んでいる様子もない。
ここだけ造りが特別なのだろう。
螺旋階段を上っていくと、最上階の展望台に出る。
この時計塔は、一年に一度だけ鐘の音が鳴る。
午前零時の決まった時間。
時計の短針と長針が重なって、十二の数字を指示したとき。
それに呼応するように、亡くなった人たちが残した魂の光が、地上から天へと昇っていく。
「今更だけど本当なのかな? 魂ってもう残っていないんでしょ?」
「うん、確実にないよ。僕の眼は一つの残魂も捉えていないから。だけど……」
ユーレアスは月を見つめる。
今夜は満月で、周囲に明かりもないから綺麗に見える。
「人の魂には不思議な力があるんだ。時折、僕やイルでも想像がつかない奇跡を起こすこともあるんだよ」
「女王様でも……」
「うん。だから、期待して待とう」
そうして時間が迫る。
思い出すのは、エレナの冒険記に残っていた記録。
地上から天に昇る光が、街と夜空を覆い、鐘の音が遠く響く。
そんな奇跡のような光景を、彼女はこう名付けた。
「――光送り」
今、私たちの目の前で広がっている。
「始まったね」
「うん」
街から白い光が無数に浮かび上がっていく。
それらは天へと昇り、淡い雪のように消えてしまう。
鐘の音は時計塔を揺らす。
「綺麗……」
この光景を表現する言葉は、それ以外に思いつかない。
廃都を照らす光たちが、まるで踊っているように見えて、心が楽しくなる。
フィーも楽しそうに踊っているから、光の精霊と関係があるのかもしれない。
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